【完結】つやめきの半妖には抗えない

いなば海羽丸

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鎮まり給え~衛人~(2-3)

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 昼ごはんはふたりで縁側に座り、スーパーで買ってきたおにぎりを二つずつ、並んで食べた。みんなたいらげてしまうと、冷たい麦茶で食休みをとる。それから、衛人は再び家の掃除に取り掛かった。風呂や台所、洗面所にトイレ。千里も一緒になって手伝ってくれて、家じゅうの掃除は、この一日でほとんど終わってしまった。

 夕方、掃除が終わったあとには、ふたりでアイスを食べた。衛人がさっき、スーパーで買ってきたアイスを「ご褒美タイムだよ」と言って千里にあげると、千里はそれを喜んで食べていた。

「冷たくて、甘くて……、おいしいですねぇ」
「そうだな」
「僕、これなら毎日でも食べられそうです」

 アイスといったって、一本百円もしないソーダアイスだ。決して珍しいものでも、高価なものでもない。しかし、千里はそれを本当に嬉しそうに、そしてあっという間に食べてしまった。まるで、はじめて食べたかのような、その喜びようを見れば、やはり彼はひどく風変りで、少なくとも三十歳の男らしくはなかった。

「じゃあ、また買ってくるよ。今度はもっとたくさん」
「本当ですか……! 楽しみです!」

 けれど、やはり途方もなく可愛らしい。衛人は不思議と、彼に見惚れてしまう。千里とのご褒美タイムはひどく心地よくて、衛人はわずかに甘さが残るアイスの棒をくわえながら、日が暮れかけた縁側にごろんと寝転がる。すると、千里も衛人を真似るようにして並んで寝転がった。

 それから、思いつくままにいろんなことを話した。徳治との思い出や、家族のこと。仕事のこと。大学時代の思い出。千里はそれを楽しそうに相槌を打ちながら聞いていたが、そのうちに母の話になると、途端に悲しげな目をして、衛人の手を取り、そっと握ってくれた。優しい手つきに、衛人の心臓がドキッと跳ねたのは言うまでもない。だが、衛人は必死に平静をよそおった。

「母親のことは、正直言って、もうあまり覚えていないんだ……」
「そうなんですか……」

 衛人の母、蕗子ふきこは、幼い頃に重い病で亡くなっていた。彼女は美人で、亡くなる最期まで美しかったそうだ。――というのも、母の顔を思い浮かべるとき、衛人はもう記憶の中よりも、遺影のほうが先に頭の中に浮かぶ。藤治が時々、酔ったときに決まって話す、思い出話を聞いても、正直なところ、ピンとこない。それほど、衛人は当時、まだ本当に小さかった。だから、亡くなってしまう最期の最期まで美しかったという蕗子の顔を、衛人はもう思い出せない。どちらかというと、知らない、といったほうが正しいかもしれなかった。

 その話を聞きながら、千里はまるで、自分のことのように目を潤ませる。

「今も、つらいですか……」

 そうかれて、頬をゆるめ、かぶりを振った。今日出会ったばかりの他人の思い出話を聞いて、そんな顔をするなんて、彼はあきれるほどに優しい男なのだとわかる。

「小さいときは、寂しいと思ったこともあったよ。でも、大人になってからは、むしろよかったって思うようになった。治療の過酷さが理解できるようになったからね。変に長引かなくて、本当によかったなって」

 蕗子が患っていたのは、急性白血病。いわゆる、血液のがんだった。骨髄移植の話も進んでいたが、適合者がなかなか見つからず、蕗子は本当にあっという間に帰らぬ人となってしまったのだ。

 衛人が母の話をひと通り話し終えると、千里は手をまたきゅっと握り直す。そうして、衛人の腕にすがるようにして、そこにひたいをひたりとつけた。

「衛人さんは、優しいんですね……」
「え――……、いや、べつにフツウだと思うけど……」

 優しいのは衛人じゃない。他人の母親の思い出話に目を潤ませる千里のほうがよほど優しいと思う。心の中でそんなセリフを返しながら、手を握られていることも、照れくさくて声にはできず、代わりにそっけない言葉を返すしかなくなってしまった。だが、それでも千里は、柔らかく微笑ほほえんでくれる。

「優しいですよ。だって、僕にこんなに優しくしてくれる人は、衛人さんがはじめてですし……。お母さんのことだって、きっととても寂しかったはずなのに……」
「千里……」

 ドクン――と、心臓がふるえた。たちまち、体が火照ほてってくる。千里の声と言葉が耳から体内に入り、血液に乗って、全身をめぐっていくような感覚があった。覚えのある、その感覚があまりに心地よくて、泣きたくなる。だが――。

 違う。だめだ。やめろ。

 心臓が高鳴るのと同時に、体じゅうがそう訴えかけ、ドクドクと脈打っている。千里の体温が、触れているところから伝わってきて、彼から視線をらせなくなる。どうしようもなく、かれているのだ。しかし、これだけ体が反応しているのに、心はひどくあらがっていた。

 千里は半妖。人間をたぶらかす妖力を持っている。その妖力は、妖怪からすれば、ごくわずかなのだろうが、人間にとってはきっと、十分すぎるほどの効果がある。だから、衛人が彼に好意を持ったところで、それは本当の恋じゃない。ただ、千里の妖力にあてられているだけ。そもそも、衛人はもう恋をしないと決めていた。感情など、とうに死んでしまったはずなのだ。
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