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妖の訪問~衛人~(4-5)
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「なんだこれ……。千里……、大丈夫か!」
衛人はすぐに、千里のそばへ近づこうとした。ところが――。
「どわ……ッ、いってぇ……ッ」
突然、黒い影が目の前に現れた。――かと思うと、衛人はその影に突き飛ばされ、気付けば草の上に尻もちをついていた。
「衛人さん……!」
千里の焦ったような声と、足音が聞こえる。衛人はすぐに立ち上がろうとしたが、できない。腹の上には、なにかとても重いものがのしかかっている。
「なんだ、これ……。なんか腹の上に乗ってんだけど――……」
「どうも。はじめまして、ご主人」
少年のような声が、おそらく衛人にそう語りかけた。――しかし、声はたしかに少年のようでありながら、その口調にあどけなさはない。冷静で抑揚のない――だが、大切な感情が欠けてしまったような、どこか陰りのある声だった。咄嗟に衛人が身構える。自然と呼吸は浅くなっていった。
なんだ……。なにが起こってる……?
やがて、霧のようなものは夕暮れの風に流されていく。直後、その隙間をぬうようにして、衛人の目の前には、突然、奇妙な顔が現れた。思わず、衛人はヒュッと息を呑む。
「うわッ、な……、なんだよ、お前……!」
「衛人さん……、どこですか!」
「千里、だめだ! くんな!」
現れたその顔を見て、思わず顔が引きつってしまう。衛人の体の上にのしかかっていたのは、頭の上に耳をつけた青年だったのだ。よくよく見れば、彼の背後には、ふわふわとした毛の塊のようなものまでついている。左右に揺れるそれが、彼の尾だということに気付くまでには少し時間がかかった。
「失礼。ビックリさせてしまいましたね。私は妖狐のレンと申します」
「は……?」
「あぁ、えっと……、化け狐です」
化け狐……?
「衛人さぁあん……ッ!」
不意に、千里の声がすぐそばで衛人を叫ぶように呼んだ。すると、次の瞬間。ビュンっと風を切るような音がして、どこからともなく、千里が姿を現し、妖狐のレン――と名乗ったその青年をめがけて飛び込んできた。
「ちょっ――……」
おそらくはつかまえようとしたのだろう。しかし、レンは素早くその場から飛びのいて、身をひるがえし、逃げてしまう。衛人はなんとか千里の体を抱きとめようとしたが、千里のたくましい体は、それなりに体格のいい衛人であっても、受け留めるだけでそれなりのダメージがあった。
「ぐえッ……」
「あ……、衛人さん! ごめんなさい、大丈夫ですか!」
「あぁ、うん。なんとか……」
タックルのごとく、衛人に覆いかぶさった千里は、慌てて起き上がった。衛人はようやく自由を得たが、千里の鋭い眼差しと険しい表情に呆気に取られ、その場に尻もちをついたまま、すぐには立ち上がれない。千里の表情はまるで、鬼の形相だった。
「おやおや……。さすがは半妖だ。出来損ないですねぇ」
白い霧の中で、嘲笑うような声だけが聞こえている。さっき、衛人の腹の上に乗っかっていた青年だろう。化け狐のレン。彼はそう名乗っていたが、これは現実なのだろうか。衛人は半信半疑で目を凝らした。
化け狐……。そんなもんが本当に実在すんのか……?
あり得ない。だが、衛人の前に、まるで衛人を守ろうとするかのように、千里が立っているのを見て、生唾をごくりと飲む。千里の存在が現実にあり得るなら、化け狐がいたっておかしくはないのかもしれない。千里だって、変身したり、妖術みたいなものを使うわけではないが、半妖として、人間には到底真似できない力がある。誰彼構わず、無差別的に恋をさせてしまうという、難儀な妖力が。
信じらんねぇ。でも、信じるしかないよな……。
現に、化け狐と名乗るおかしな存在は目の前に存在している。衛人は立ち上がった。
「衛人さん、ケガは……?」
ようやく立ち上がった衛人に振り返り、千里が心配そうに訊く。衛人は笑みを見せた。手の平を少し擦りむいていたが、大きなケガはしていない。
「俺は大丈夫だよ。それより、いったいどうなってんだ……?」
どうして、この家に化け狐がやってきたのか。どうして千里と戦闘中なのか。半妖の千里にとって、化け狐は敵なのか。まったくなにもわからず、衛人は頭を掻く。そうこうしているうちに、やがて視界は完全に晴れていった。目の前にはさっきの青年――ではなく、化け狐のレンが立っている。
「衛人さんちから出ていけ……! 衛人さんに近づくな!」
千里が声を荒らげた。髪が逆立っているように見えるのは、おそらく気のせいではないだろう。半妖ではあっても、彼は山猫の妖なのだ。ただし、彼が毛を逆立てて怒りをあらわにすれば、相手だって戦闘態勢になるしかない。相手は化け狐だ。千里が弱いとまで思っているわけではないが、明らかに彼は戦うのには向いていなさそうだし、化け狐に敵うほど腕っぷしが強いとも思えない。このままでは千里がケガをするかもしれない――と、衛人は千里の肩に、そっと手を置いた。
「千里、とりあえず落ち着け。俺は平気だし、アイツだって、なんか用事があったのかもしんないじゃん」
言ってから、そんなわけあるか、と自分でツッコミを入れたくなる。そもそも、化け狐が用事があったとしても、たぶん、この家に、ではない。彼の目的はおそらく――。
千里に……だろうな。
衛人はすぐに、千里のそばへ近づこうとした。ところが――。
「どわ……ッ、いってぇ……ッ」
突然、黒い影が目の前に現れた。――かと思うと、衛人はその影に突き飛ばされ、気付けば草の上に尻もちをついていた。
「衛人さん……!」
千里の焦ったような声と、足音が聞こえる。衛人はすぐに立ち上がろうとしたが、できない。腹の上には、なにかとても重いものがのしかかっている。
「なんだ、これ……。なんか腹の上に乗ってんだけど――……」
「どうも。はじめまして、ご主人」
少年のような声が、おそらく衛人にそう語りかけた。――しかし、声はたしかに少年のようでありながら、その口調にあどけなさはない。冷静で抑揚のない――だが、大切な感情が欠けてしまったような、どこか陰りのある声だった。咄嗟に衛人が身構える。自然と呼吸は浅くなっていった。
なんだ……。なにが起こってる……?
やがて、霧のようなものは夕暮れの風に流されていく。直後、その隙間をぬうようにして、衛人の目の前には、突然、奇妙な顔が現れた。思わず、衛人はヒュッと息を呑む。
「うわッ、な……、なんだよ、お前……!」
「衛人さん……、どこですか!」
「千里、だめだ! くんな!」
現れたその顔を見て、思わず顔が引きつってしまう。衛人の体の上にのしかかっていたのは、頭の上に耳をつけた青年だったのだ。よくよく見れば、彼の背後には、ふわふわとした毛の塊のようなものまでついている。左右に揺れるそれが、彼の尾だということに気付くまでには少し時間がかかった。
「失礼。ビックリさせてしまいましたね。私は妖狐のレンと申します」
「は……?」
「あぁ、えっと……、化け狐です」
化け狐……?
「衛人さぁあん……ッ!」
不意に、千里の声がすぐそばで衛人を叫ぶように呼んだ。すると、次の瞬間。ビュンっと風を切るような音がして、どこからともなく、千里が姿を現し、妖狐のレン――と名乗ったその青年をめがけて飛び込んできた。
「ちょっ――……」
おそらくはつかまえようとしたのだろう。しかし、レンは素早くその場から飛びのいて、身をひるがえし、逃げてしまう。衛人はなんとか千里の体を抱きとめようとしたが、千里のたくましい体は、それなりに体格のいい衛人であっても、受け留めるだけでそれなりのダメージがあった。
「ぐえッ……」
「あ……、衛人さん! ごめんなさい、大丈夫ですか!」
「あぁ、うん。なんとか……」
タックルのごとく、衛人に覆いかぶさった千里は、慌てて起き上がった。衛人はようやく自由を得たが、千里の鋭い眼差しと険しい表情に呆気に取られ、その場に尻もちをついたまま、すぐには立ち上がれない。千里の表情はまるで、鬼の形相だった。
「おやおや……。さすがは半妖だ。出来損ないですねぇ」
白い霧の中で、嘲笑うような声だけが聞こえている。さっき、衛人の腹の上に乗っかっていた青年だろう。化け狐のレン。彼はそう名乗っていたが、これは現実なのだろうか。衛人は半信半疑で目を凝らした。
化け狐……。そんなもんが本当に実在すんのか……?
あり得ない。だが、衛人の前に、まるで衛人を守ろうとするかのように、千里が立っているのを見て、生唾をごくりと飲む。千里の存在が現実にあり得るなら、化け狐がいたっておかしくはないのかもしれない。千里だって、変身したり、妖術みたいなものを使うわけではないが、半妖として、人間には到底真似できない力がある。誰彼構わず、無差別的に恋をさせてしまうという、難儀な妖力が。
信じらんねぇ。でも、信じるしかないよな……。
現に、化け狐と名乗るおかしな存在は目の前に存在している。衛人は立ち上がった。
「衛人さん、ケガは……?」
ようやく立ち上がった衛人に振り返り、千里が心配そうに訊く。衛人は笑みを見せた。手の平を少し擦りむいていたが、大きなケガはしていない。
「俺は大丈夫だよ。それより、いったいどうなってんだ……?」
どうして、この家に化け狐がやってきたのか。どうして千里と戦闘中なのか。半妖の千里にとって、化け狐は敵なのか。まったくなにもわからず、衛人は頭を掻く。そうこうしているうちに、やがて視界は完全に晴れていった。目の前にはさっきの青年――ではなく、化け狐のレンが立っている。
「衛人さんちから出ていけ……! 衛人さんに近づくな!」
千里が声を荒らげた。髪が逆立っているように見えるのは、おそらく気のせいではないだろう。半妖ではあっても、彼は山猫の妖なのだ。ただし、彼が毛を逆立てて怒りをあらわにすれば、相手だって戦闘態勢になるしかない。相手は化け狐だ。千里が弱いとまで思っているわけではないが、明らかに彼は戦うのには向いていなさそうだし、化け狐に敵うほど腕っぷしが強いとも思えない。このままでは千里がケガをするかもしれない――と、衛人は千里の肩に、そっと手を置いた。
「千里、とりあえず落ち着け。俺は平気だし、アイツだって、なんか用事があったのかもしんないじゃん」
言ってから、そんなわけあるか、と自分でツッコミを入れたくなる。そもそも、化け狐が用事があったとしても、たぶん、この家に、ではない。彼の目的はおそらく――。
千里に……だろうな。
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