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衛人の覚悟~衛人~(9-2)
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「はい……。俺はこの先、千里を食わしてってやらないといけないんです。だから、目とか、手とか、足とか……、そういうもんはあげられません。仕事するのに、支障が出ますから。でも寿命なら……」
「千里と過ごす時間は、うんと短くなるかもしれぬぞ。それでもよいのか」
「いいです……。それで、妖力を返してくれるなら……」
千里を助けられるなら……、寿命なんか要らない。これっぽっちも惜しくない。
どれほど、命を取られるのかは知らない。しかし、残りの人生をみんな取られてしまったとしても、衛人は構わなかった。
もし、千里が元気になっても、衛人の寿命が尽きてしまったら、千里はひどく悲しむだろう。再び家を失い、生きる道は困難になるかもしれない。だが、彼はもうひとりではないのだ。健康な体で生きてさえいれば、必ず道は見つかる。今はタヌキもいるし、きっと九尾やレンや、この山にいる化け狐たちが、同志となった千里を守ってくれるはずだ。今の状態では、どのみち、千里は長くない。レンの言う通り、あの状態で、長生きはできないだろう。
俺がいなくなっても、千里はきっと大丈夫だ。元気でさえいれば……。
次第に弱っていく彼を見て、なにもできないまま、指を咥えて見ていることだけは、衛人は我慢できなかった。ただ、早く。とにかく早く妖力を取り戻して、千里に元気になってほしかった。以前のように、庭ではしゃいでほしかった。元気な声で、名前を呼んでほしかった。その声を聞きたかった。
「九尾さま……! お願いします!」
それからしばらく、九尾はなにも言わなかった。境内は、あいかわらず無数の野狐たちの提灯で照らされ、土下座をして、地面だけを見つめている衛人の視覚の隅で、影を揺らしている。そして、不気味なほど静かだった。胸ポケットにいるタヌキは、心配そうに衛人を見つめている。
ドクン、ドクン……と心臓が高鳴り、体じゅうに冷や汗が滲んだ。体が丸ごと、心臓になったような気分だった。それからしばらくの間、沈黙が続いたが、そのうちに「面を上げなさい」と九尾が言う。衛人はおそるおそる顔を上げた。
「衛人、おまえは良い若者だ。気に入ったぞ……」
ぞわっとするような優しい声と口調。そして、不気味なほどににこやかな笑顔を見せて、九尾は続ける。
「それでは、望み通り。お前の寿命と引き換えだ。千里の妖力を返そう」
そう言うと、九尾は左手をそっと衛人の額に当てた。そこにわずかな熱と光を感じたあと、手や足の指先が急激に冷たくなっていく。命を吸い取られているせいだろうか。しかし、それでも衛人に恐怖感はなく、むしろ安堵感に満ちていた。これで、千里を助けられる。妖力を持ち帰れば、きっと彼はすぐに元気を取り戻すはずだ。
それからしばらくして、九尾は満足そうに笑みを浮かべ、手を離した。額にはすでに熱の余韻はなく、手や足の指先にも、一瞬で体温が戻ってくる。衛人は思わず手を何度か握っては開き、それをくり返してみる。だが、手にも足にも異変は感じなかった。
「おぉ、やはり……。見なさい、衛人。これがお前の寿命。命のかけらだよ」
九尾に言われて、思わず息を呑む。彼の手の平の上には、黄金色に輝く光の球体が浮かんでいる。だが、それはただ、黄金色――とひと言で言い表すにはあまりに言葉足らずで、あまりに稚拙な感覚があった。神々しい輝きは早朝の太陽のようでもあり、暗い夜空に浮かぶ満月のようでもあった。
「すげえ……」
「美しいだろう。私も、もうここ何十年と見ておらんよ。これほどまでに美しい命のかけらは」
「え……?」
「さぁ、約束だ。受け取りなさい」
九尾はそう言うと、くるりと手を返すようにして、金色の球体となった衛人の命のかけらを一瞬で消してしまうと、今度はぐっと拳を握ったまま、衛人に近づく。
「手を」
九尾に催促され、衛人は立ち上がり、慌てて手を出す。すると、彼は衛人の手の中へそっと転がすように、紫色に輝く光の球体を手渡した。千里の妖力だ。衛人はやっと戻ってきた千里の妖力を胸に抱きしめ、安堵のあまり、その場で膝から崩れ落ちた。
やっと、戻ってきた……。千里、お前の妖力、ちゃんと取り戻せたぞ。
心の中で、千里にそう告げる。すると、それまで胸ポケットで大人しくしていたタヌキが、もう辛抱たまらなくなったと言わんばかりに胸ポケットから飛び出して、懐いた小動物のように、衛人の腕と肩を伝い、頭の上に這い上がる。そうして、声を張り上げた。
「おおい、九尾さまよう!」
「どうした、タヌキよ」
「衛人の寿命をいったい、どれだけ取っちまったんだよ。衛人はあとどれぐらい生きられる?」
「どれぐらい……。それは重要なことか?」
「重要だ! 衛人はただの人間で、なにもされなくたって、あと数十年ぽっちしか生きられねぇ。せっかく好き合ってるヤツがいんのに、あっという間に死んじまっちゃあ、あんまりかわいそうだ!」
タヌキ……。
「千里と過ごす時間は、うんと短くなるかもしれぬぞ。それでもよいのか」
「いいです……。それで、妖力を返してくれるなら……」
千里を助けられるなら……、寿命なんか要らない。これっぽっちも惜しくない。
どれほど、命を取られるのかは知らない。しかし、残りの人生をみんな取られてしまったとしても、衛人は構わなかった。
もし、千里が元気になっても、衛人の寿命が尽きてしまったら、千里はひどく悲しむだろう。再び家を失い、生きる道は困難になるかもしれない。だが、彼はもうひとりではないのだ。健康な体で生きてさえいれば、必ず道は見つかる。今はタヌキもいるし、きっと九尾やレンや、この山にいる化け狐たちが、同志となった千里を守ってくれるはずだ。今の状態では、どのみち、千里は長くない。レンの言う通り、あの状態で、長生きはできないだろう。
俺がいなくなっても、千里はきっと大丈夫だ。元気でさえいれば……。
次第に弱っていく彼を見て、なにもできないまま、指を咥えて見ていることだけは、衛人は我慢できなかった。ただ、早く。とにかく早く妖力を取り戻して、千里に元気になってほしかった。以前のように、庭ではしゃいでほしかった。元気な声で、名前を呼んでほしかった。その声を聞きたかった。
「九尾さま……! お願いします!」
それからしばらく、九尾はなにも言わなかった。境内は、あいかわらず無数の野狐たちの提灯で照らされ、土下座をして、地面だけを見つめている衛人の視覚の隅で、影を揺らしている。そして、不気味なほど静かだった。胸ポケットにいるタヌキは、心配そうに衛人を見つめている。
ドクン、ドクン……と心臓が高鳴り、体じゅうに冷や汗が滲んだ。体が丸ごと、心臓になったような気分だった。それからしばらくの間、沈黙が続いたが、そのうちに「面を上げなさい」と九尾が言う。衛人はおそるおそる顔を上げた。
「衛人、おまえは良い若者だ。気に入ったぞ……」
ぞわっとするような優しい声と口調。そして、不気味なほどににこやかな笑顔を見せて、九尾は続ける。
「それでは、望み通り。お前の寿命と引き換えだ。千里の妖力を返そう」
そう言うと、九尾は左手をそっと衛人の額に当てた。そこにわずかな熱と光を感じたあと、手や足の指先が急激に冷たくなっていく。命を吸い取られているせいだろうか。しかし、それでも衛人に恐怖感はなく、むしろ安堵感に満ちていた。これで、千里を助けられる。妖力を持ち帰れば、きっと彼はすぐに元気を取り戻すはずだ。
それからしばらくして、九尾は満足そうに笑みを浮かべ、手を離した。額にはすでに熱の余韻はなく、手や足の指先にも、一瞬で体温が戻ってくる。衛人は思わず手を何度か握っては開き、それをくり返してみる。だが、手にも足にも異変は感じなかった。
「おぉ、やはり……。見なさい、衛人。これがお前の寿命。命のかけらだよ」
九尾に言われて、思わず息を呑む。彼の手の平の上には、黄金色に輝く光の球体が浮かんでいる。だが、それはただ、黄金色――とひと言で言い表すにはあまりに言葉足らずで、あまりに稚拙な感覚があった。神々しい輝きは早朝の太陽のようでもあり、暗い夜空に浮かぶ満月のようでもあった。
「すげえ……」
「美しいだろう。私も、もうここ何十年と見ておらんよ。これほどまでに美しい命のかけらは」
「え……?」
「さぁ、約束だ。受け取りなさい」
九尾はそう言うと、くるりと手を返すようにして、金色の球体となった衛人の命のかけらを一瞬で消してしまうと、今度はぐっと拳を握ったまま、衛人に近づく。
「手を」
九尾に催促され、衛人は立ち上がり、慌てて手を出す。すると、彼は衛人の手の中へそっと転がすように、紫色に輝く光の球体を手渡した。千里の妖力だ。衛人はやっと戻ってきた千里の妖力を胸に抱きしめ、安堵のあまり、その場で膝から崩れ落ちた。
やっと、戻ってきた……。千里、お前の妖力、ちゃんと取り戻せたぞ。
心の中で、千里にそう告げる。すると、それまで胸ポケットで大人しくしていたタヌキが、もう辛抱たまらなくなったと言わんばかりに胸ポケットから飛び出して、懐いた小動物のように、衛人の腕と肩を伝い、頭の上に這い上がる。そうして、声を張り上げた。
「おおい、九尾さまよう!」
「どうした、タヌキよ」
「衛人の寿命をいったい、どれだけ取っちまったんだよ。衛人はあとどれぐらい生きられる?」
「どれぐらい……。それは重要なことか?」
「重要だ! 衛人はただの人間で、なにもされなくたって、あと数十年ぽっちしか生きられねぇ。せっかく好き合ってるヤツがいんのに、あっという間に死んじまっちゃあ、あんまりかわいそうだ!」
タヌキ……。
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