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家路につく~衛人~(13ー3)
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そもそも、那須町に伝えられている九尾の狐の伝説から考えれば、殺生石が割れることも、封印が解けてしまうのも、あまりポジティブなニュースではない気がする。だが、千里はかぶりを振った。
「九尾さまのことですから、レンが話していた通り、人里で悪いことをしたり、暴れまわったりすることはないと思いますよ」
「そうかな……」
「大丈夫です、衛人さん。九尾の狐衆のみんなが、悪いことを企んでいるはずがありませんよ」
千里にそう言われて、ひとまずは納得する。たしかに、九尾の狐は、妖というよりももっと神々しい雰囲気があったし、九尾を師として仰ぐレンは、多少、意地悪なところがあっても、悪ではなかった。彼の下で動く大勢の野狐たちも、不気味でありながらも行儀がよく、個々をみれば、愛らしさもあったように思える。それにおそらく、タヌキもレンも、九尾の封印が解かれることはすでに予見していたのだろうから、衛人が心配するほどの問題はないのかもしれない。
「まぁ、大丈夫ならいいんだけど……」
「大丈夫ですって、きっと。もしかしたら、九尾さまは自由に動けるようになって、衛人さんのお家を見に来られるかもしれませんね」
「ええッ!」
千里が穏やかな笑みでそう言ったのには、思わず声を上げてしまった。千里はふふ、と笑みをこぼす。
東京の自宅アパートに九尾が来るのだけは勘弁してほしいものだ。そもそも、あの部屋には、客人を迎えるようなスペースはなく、千里を連れて帰るのだって、アパートの狭さと古さに驚かれないだろうか、と危ぶんでいるほどだった。このうえ、九尾やレンたちに遊びに来られても、座布団すら出す場所がない。ましてや、あの大所帯でぞろぞろやってきて、騒ぎになるのも困りものだ。ただし、そう思う一方で、彼らにまた会えると思えば、なんだか心が浮き立つのもまた、事実だった。
「来るんなら、みんなにはちゃんと、静かにしてもらわなくちゃな……。せめて、近所迷惑にならないように!」
「そうですね。特に、レンとタヌキさんは、夢中になると声が大きくなるから」
千里はそう言って、また、ふふっと笑みをこぼす。その笑みに見惚れて、衛人の頬も緩んだ。そうして、思う。九尾たちが遊びにやってきたとしても、あまり長居をされるのは、やはり困る。なにしろ、衛人と千里はまだ、新婚ほやほやなのだから。
「だけど、こっちは新婚なんだからさー。ちょっとは遠慮してほしいよなぁ」
冗談めかして笑みを含ませ、そう言った。すると、千里は不意に両手を伸ばして、衛人の手を取り、きゅっと握る。
「……千里?」
「だ、大丈夫ですよ……。もし、九尾さまたちがいらっしゃったら、夜だけは……、衛人さんを独り占めさせてもらえるように、僕、みんなにちゃんと言いますから……」
恥じらいからか、顔を背けたまま、千里は言った。これまでにも増して積極的な彼に、たちまち心臓が高鳴ってしまう。握られた手からは、じんわりと彼の熱が伝わってくる。衛人はごくん、と生唾を飲み込んだ。
今、妖力が戻り、連日、衛人の精気を摂取しているせいだろうか。千里の妖艶な雰囲気は、以前よりも増している気がする。――とはいえ、こんな公共の場では、誘惑されたとしても衛人にはなにもできやしないが、千里の想いにはどうしても応えたいところだ。
「千里」
衛人が呼ぶと、千里はゆっくりと顔を上げる。それを確かめて、衛人は握られた手をそのまま口元へ近づけ、千里の手の甲に、触れるだけのキスを落とした。
「衛人さん……?」
「早く帰って……、ゆっくりしような」
そう言った瞬間。衛人の心の内が、千里にも届いたのだろう。千里の瞳はきらりと光り、その顔には、ゾクゾクするほどに、艶めいた笑みが浮かんだ。
~完~
「九尾さまのことですから、レンが話していた通り、人里で悪いことをしたり、暴れまわったりすることはないと思いますよ」
「そうかな……」
「大丈夫です、衛人さん。九尾の狐衆のみんなが、悪いことを企んでいるはずがありませんよ」
千里にそう言われて、ひとまずは納得する。たしかに、九尾の狐は、妖というよりももっと神々しい雰囲気があったし、九尾を師として仰ぐレンは、多少、意地悪なところがあっても、悪ではなかった。彼の下で動く大勢の野狐たちも、不気味でありながらも行儀がよく、個々をみれば、愛らしさもあったように思える。それにおそらく、タヌキもレンも、九尾の封印が解かれることはすでに予見していたのだろうから、衛人が心配するほどの問題はないのかもしれない。
「まぁ、大丈夫ならいいんだけど……」
「大丈夫ですって、きっと。もしかしたら、九尾さまは自由に動けるようになって、衛人さんのお家を見に来られるかもしれませんね」
「ええッ!」
千里が穏やかな笑みでそう言ったのには、思わず声を上げてしまった。千里はふふ、と笑みをこぼす。
東京の自宅アパートに九尾が来るのだけは勘弁してほしいものだ。そもそも、あの部屋には、客人を迎えるようなスペースはなく、千里を連れて帰るのだって、アパートの狭さと古さに驚かれないだろうか、と危ぶんでいるほどだった。このうえ、九尾やレンたちに遊びに来られても、座布団すら出す場所がない。ましてや、あの大所帯でぞろぞろやってきて、騒ぎになるのも困りものだ。ただし、そう思う一方で、彼らにまた会えると思えば、なんだか心が浮き立つのもまた、事実だった。
「来るんなら、みんなにはちゃんと、静かにしてもらわなくちゃな……。せめて、近所迷惑にならないように!」
「そうですね。特に、レンとタヌキさんは、夢中になると声が大きくなるから」
千里はそう言って、また、ふふっと笑みをこぼす。その笑みに見惚れて、衛人の頬も緩んだ。そうして、思う。九尾たちが遊びにやってきたとしても、あまり長居をされるのは、やはり困る。なにしろ、衛人と千里はまだ、新婚ほやほやなのだから。
「だけど、こっちは新婚なんだからさー。ちょっとは遠慮してほしいよなぁ」
冗談めかして笑みを含ませ、そう言った。すると、千里は不意に両手を伸ばして、衛人の手を取り、きゅっと握る。
「……千里?」
「だ、大丈夫ですよ……。もし、九尾さまたちがいらっしゃったら、夜だけは……、衛人さんを独り占めさせてもらえるように、僕、みんなにちゃんと言いますから……」
恥じらいからか、顔を背けたまま、千里は言った。これまでにも増して積極的な彼に、たちまち心臓が高鳴ってしまう。握られた手からは、じんわりと彼の熱が伝わってくる。衛人はごくん、と生唾を飲み込んだ。
今、妖力が戻り、連日、衛人の精気を摂取しているせいだろうか。千里の妖艶な雰囲気は、以前よりも増している気がする。――とはいえ、こんな公共の場では、誘惑されたとしても衛人にはなにもできやしないが、千里の想いにはどうしても応えたいところだ。
「千里」
衛人が呼ぶと、千里はゆっくりと顔を上げる。それを確かめて、衛人は握られた手をそのまま口元へ近づけ、千里の手の甲に、触れるだけのキスを落とした。
「衛人さん……?」
「早く帰って……、ゆっくりしような」
そう言った瞬間。衛人の心の内が、千里にも届いたのだろう。千里の瞳はきらりと光り、その顔には、ゾクゾクするほどに、艶めいた笑みが浮かんだ。
~完~
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毎回更新を心待ちにして、とても楽しく、時に切ない気持ちで拝読しました。
半妖の千里くんの、誰彼構わず魅了してしまう体質(妖力)と美しい姿。本人にはそれが武器ではなく悩みということで、初めはおどおどしてるのがまず可愛くてたまらなかったです。
そんな千里くんがしっかりと強くなっていくのを応援しながら読んでいました!
また衛人さんも優しく我慢強く(笑)、色々な縁を結びながら、千里くんと共にあることについて考えていける素敵な人で……。
二人にはいつまでもしあわせでいてほしいです。
物語全体に常に温かさが感じられ、誰かと誰かが出会い、縁を持つこと、逆にそれが途切れることもあるのだということに触れられる作品だと思います。
素敵な作品を有難うございました!
桜木いとか さま
このたびはとっても素敵な感想をいただきまして、本当にありがとうございます……!
不定期であるにもかかわらず、更新を心待ちにしてくださっていたこと、また、このお話を楽しんでいただけていたこと、すごくすごく嬉しく、また感謝してもし足りません。
本当にありがとうございます!
千里は半妖で、フツウの人にははない魅力や能力があり、本人はそれを煩わしく思っているわけですが、違う視点から見れば(芸能人とかアイドルとか、そういう職業の方にとっては)、おっしゃるとおり、強力な武器になるものですよね。
感想をいただいて、改めて、自分にとっての長所、能力、魅力というものは、短所や悩みと紙一重で、どちらにもなり得るものだなぁ、と感じました。
そんな自分について悩みながらも、恋をして成長していく千里を書きたかったので、応援してくださって本当に嬉しい気持ちです!
また、衛人にはずいぶんこらえてもらったうえに、試練まで与えてしまい、書きながらちょっと申し訳ないような気持ちにもなりましたが、彼の誠実さを感じていただけて嬉しいです!
そして、物語全体にも温かさを感じてくださったというお言葉……。胸がいっぱいになりました。
縁や出会いって、本当に不思議なものですよね。ときに途切れてしまっても、その途切れた縁が新しい縁を連れてきてくれたりもしますし、私も生きていて、全部運命だなぁって思うことばかりで、そして感想をいただいたたった今も、そういうものを感じて、じいんとしております……。
嬉しいあまりにちょっとなにを言っているのかわからなくなってきてしまいましたが、今回、感想をいただけたこと、本当に励みになりました。衛人と千里のお話を書いて本当によかったです。
最後まで読んでいただき、またこんなに素敵な感想までいただいて、本当に本当にありがとうございました……!
いなば海羽丸