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2章・チト
友だちのために・2
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「へえ。そうなんですか……」
「高校剣道の四大大会のひとつでね、参加校が一番多いんだ。モエも去年出てるから、話せばわかると思うんだけど」
そんな大事な大会があったとは知らなかったが、そもそも、モエは自ら望んで剣道部を退部しているわけで、戻れと言っても、彼に戻る気はないはずだ。チトはモエの口から、剣道部にいた頃の話を聞いている。彼が戻りたいと思っているような雰囲気はまったくと言っていいほどなかった。
「でも、モエくんは退部してるし……、それに、もう剣道はやめたって言ってたし……」
「アイツがそんなにカンタンに剣道をやめちゃうはずないって、オレはずっと信じてるんだ。先生には、ちゃんと根回ししてあるから大丈夫。モエが行きたいって言えば、ソッコーで手続きして、連れてってくれるって」
チトは思う。吉川はきっと、最後にモエと一緒に大会に出たいのだろう。だが、モエの思いと、吉川の思いはどうも食い違っている気がした。吉川は今「モエがカンタンに剣道をやめちゃうはずがない」――と言ったが、モエの話を聞けば、それは大きく違う。
モエはカンタンに剣道をやめたのではない。足のケガに悩み、決断に苦しんで、何度も何度も思い直して踏ん張って、それでも言うことを聞かなくなってしまった自分の足に我慢ができずに、剣道から離れるという決断をしたのだ。
しかし、おそらく吉川の認識は違う。たかが足のケガ。たかがちょっと感覚が狂って、今まで通りには飛べなくなっただけのこと。だから、やめてしまうなんてもったいない――と、思っているのかもしれない。
「なぁ、頼むよ、チト。なんかあいつ、チトのことすげえ気に入ってるみたいだったしさ。チトの言うことだったら聞くと思うんだ」
「それは、どうでしょう……。僕が言っても、モエくんは変わらないと思いますけど……」
「大丈夫。チトの言葉だったら、アイツは聞くよ。オレはこのまま、アイツに選択を間違ってほしくないんだ。だから、この通り頼む。モエの目、覚まさせてやって」
悪気はないのだろうが、その言い方にはちょっとカチンときた。まるで、モエが今、チトと一緒に園芸作業をしているのを見て、道を間違っている――とでも言うようだ。チトは思わず言い返す。
「モエくんの気持ちはどうなんですか? モエくんは今、園芸をやりたいって言ってくれてるんですよ」
チトから見ても、モエは園芸に興味を持ってくれている。剣道のことなんか、最近は話題にもならない。それを考えれば、答えは明らかだった。しかし、吉川は穏やかに言う。
「申し訳ないんだけど、チトは、モエとまだ最近会ったばっかりだろ。だから、わかんないと思う。オレはアイツと知り合って、つるむようになって、もう6年になるから、アイツのことはよくわかるんだよ。アイツが本当に剣道が大好きだったってこと」
「それは……、僕だって聞いてますよ……」
悔しさあまり、口を尖らせた。モエのことは、チトよりも自分のほうが付き合いが長い分、ちゃんと理解している。それを言われてしまうと勝ち目がなかった。それに実際、吉川の言ったことは、間違いではないだろう。吉川はチトの知らないモエをたくさん知っているだろうし、チトよりもうんと長い時間、モエと過ごしてきたはずだ。しかし、それでも。今のモエをより深く知っているのは自分だ。チトはそう思った。
「だけど、今、モエくんは――……」
「チトは知らないだろ。アイツがどんだけ剣道にのめり込んでたか」
チトの言葉を遮って、吉川は言う。そうして、チトに教えてくれた。モエがどれほど真っすぐに、熱心に、剣道に打ち込んでいたのか。どれほど、彼に情熱があったか。驚いたのは、剣道部にいた頃、モエがチトと同じように、植物日記ならぬ、部活ノートというものをつけていたという話だ。
ただし、部活ノートをつけるのは、あくまで部員の決まりごと。自主的なものではなかったらしいが、モエはそれとはべつに、「剣道ノート」という日誌のようなものをつけていたという。
「家に帰ってからも、モエは自分の戦い方とか、技の分析をしていたんだと思う。オレ、見たことがあるんだ。アイツの部屋にものすごい量のノートが山積みになってんの」
それにはさすがに、チトも声を失った。この前、モエの家へ遊びに行ったときには、剣道に関するものは見当たらなかったが、まだそれはどこかに仕舞ってあるのだろうか。吉川は続ける。
「アキレス腱のケガがあって、モエはいろいろ思うところがあって剣道部を辞めちゃったけど、でも、今も本当は、心の底では、剣道をあきらめきれてないんじゃないかって、オレは思ってる」
剣道部だった頃のモエの話を聞けば、吉川の言うことにも、納得せずにはいられなかった。ただ、だからと言って、このひと月半ほど、一緒に植物に触れてきた時間を「逃げ」だったなんて思いたくない。チトはぎゅっと奥歯を噛み締めた。
「高校剣道の四大大会のひとつでね、参加校が一番多いんだ。モエも去年出てるから、話せばわかると思うんだけど」
そんな大事な大会があったとは知らなかったが、そもそも、モエは自ら望んで剣道部を退部しているわけで、戻れと言っても、彼に戻る気はないはずだ。チトはモエの口から、剣道部にいた頃の話を聞いている。彼が戻りたいと思っているような雰囲気はまったくと言っていいほどなかった。
「でも、モエくんは退部してるし……、それに、もう剣道はやめたって言ってたし……」
「アイツがそんなにカンタンに剣道をやめちゃうはずないって、オレはずっと信じてるんだ。先生には、ちゃんと根回ししてあるから大丈夫。モエが行きたいって言えば、ソッコーで手続きして、連れてってくれるって」
チトは思う。吉川はきっと、最後にモエと一緒に大会に出たいのだろう。だが、モエの思いと、吉川の思いはどうも食い違っている気がした。吉川は今「モエがカンタンに剣道をやめちゃうはずがない」――と言ったが、モエの話を聞けば、それは大きく違う。
モエはカンタンに剣道をやめたのではない。足のケガに悩み、決断に苦しんで、何度も何度も思い直して踏ん張って、それでも言うことを聞かなくなってしまった自分の足に我慢ができずに、剣道から離れるという決断をしたのだ。
しかし、おそらく吉川の認識は違う。たかが足のケガ。たかがちょっと感覚が狂って、今まで通りには飛べなくなっただけのこと。だから、やめてしまうなんてもったいない――と、思っているのかもしれない。
「なぁ、頼むよ、チト。なんかあいつ、チトのことすげえ気に入ってるみたいだったしさ。チトの言うことだったら聞くと思うんだ」
「それは、どうでしょう……。僕が言っても、モエくんは変わらないと思いますけど……」
「大丈夫。チトの言葉だったら、アイツは聞くよ。オレはこのまま、アイツに選択を間違ってほしくないんだ。だから、この通り頼む。モエの目、覚まさせてやって」
悪気はないのだろうが、その言い方にはちょっとカチンときた。まるで、モエが今、チトと一緒に園芸作業をしているのを見て、道を間違っている――とでも言うようだ。チトは思わず言い返す。
「モエくんの気持ちはどうなんですか? モエくんは今、園芸をやりたいって言ってくれてるんですよ」
チトから見ても、モエは園芸に興味を持ってくれている。剣道のことなんか、最近は話題にもならない。それを考えれば、答えは明らかだった。しかし、吉川は穏やかに言う。
「申し訳ないんだけど、チトは、モエとまだ最近会ったばっかりだろ。だから、わかんないと思う。オレはアイツと知り合って、つるむようになって、もう6年になるから、アイツのことはよくわかるんだよ。アイツが本当に剣道が大好きだったってこと」
「それは……、僕だって聞いてますよ……」
悔しさあまり、口を尖らせた。モエのことは、チトよりも自分のほうが付き合いが長い分、ちゃんと理解している。それを言われてしまうと勝ち目がなかった。それに実際、吉川の言ったことは、間違いではないだろう。吉川はチトの知らないモエをたくさん知っているだろうし、チトよりもうんと長い時間、モエと過ごしてきたはずだ。しかし、それでも。今のモエをより深く知っているのは自分だ。チトはそう思った。
「だけど、今、モエくんは――……」
「チトは知らないだろ。アイツがどんだけ剣道にのめり込んでたか」
チトの言葉を遮って、吉川は言う。そうして、チトに教えてくれた。モエがどれほど真っすぐに、熱心に、剣道に打ち込んでいたのか。どれほど、彼に情熱があったか。驚いたのは、剣道部にいた頃、モエがチトと同じように、植物日記ならぬ、部活ノートというものをつけていたという話だ。
ただし、部活ノートをつけるのは、あくまで部員の決まりごと。自主的なものではなかったらしいが、モエはそれとはべつに、「剣道ノート」という日誌のようなものをつけていたという。
「家に帰ってからも、モエは自分の戦い方とか、技の分析をしていたんだと思う。オレ、見たことがあるんだ。アイツの部屋にものすごい量のノートが山積みになってんの」
それにはさすがに、チトも声を失った。この前、モエの家へ遊びに行ったときには、剣道に関するものは見当たらなかったが、まだそれはどこかに仕舞ってあるのだろうか。吉川は続ける。
「アキレス腱のケガがあって、モエはいろいろ思うところがあって剣道部を辞めちゃったけど、でも、今も本当は、心の底では、剣道をあきらめきれてないんじゃないかって、オレは思ってる」
剣道部だった頃のモエの話を聞けば、吉川の言うことにも、納得せずにはいられなかった。ただ、だからと言って、このひと月半ほど、一緒に植物に触れてきた時間を「逃げ」だったなんて思いたくない。チトはぎゅっと奥歯を噛み締めた。
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