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3章・恋するモエ
チトへの想い・1
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モエは放課後の園芸作業を終えると、チトと校門の前で分かれた。いつもなら、このまま帰路につくのだが、今日はチトを見送ってから、くるりと方向を変え、剣道場へ向かう。どうしても、吉川と話をしなければ気が済まなかった。このまま大人しく帰って、チトの言う通りに、1週間も「剣道か、園芸か」なんて考えられない。むしろ、そんな必要はないのだ。モエの心はとうに決まっている。今、モエの心の中を占めているのは、植物とチトのことだった。
剣道場の入り口へ回ると、まだ剣道部は稽古の真っ最中だった。すでに公式戦を終えた3年生も、夏休みに入ってすぐにはじまる九州遠征に向けて、後輩たちとともに稽古に励んでいる。7月の下旬、毎年行われる九州の大会、玉竜旗大会。高校剣道の四大大会のひとつといわれる大規模な大会だ。
聞いた話ではあるが、本校の剣道部は今年、先月行われたインターハイ県予選でベスト4止まりだったと聞いているから、おそらくは来る玉竜旗大会を最後に、3年生は引退となるのだろう。
――ただし、そんなことはどうでもいい。モエはもう、高校剣道への未練は一切なかった。県内では中堅レベルだと思われる我が校の剣道部に所属していた頃、モエは常に第一線を目指さなければいけなかった。これまで、主将である吉川や、副主将である結城にも負けない努力を積み重ねてきたし、素質だってそれなりにあると確信していた。その大きな要となっていたのが、バネを使った面技だったのだ。
それが、あのアキレス腱のケガ以来、うまく出せなくなった。自分のそれまでの感覚やスピードとは違っているし、威力は薄れ、バネは硬くなってしまって、思うように打てない。それ以外の技で、なんとかカバーしていこうと足搔いて、どうにか吉川や結城に追いつこうとしてきたが、どんなに分析しても、満足できるだけの結果は出なかった。
思い返せば、モエはもうずっとスランプ状態だったのかもしれない。精神状態はギリギリだった。そんなとき、後輩たちの会話を聞いてしまったのだ。以前のような勢いを失ったモエを憐れむ言葉や、同情する声に、それまで必死になって繋ぎとめていたものが、プツン、と切れてしまったのだ。
あれ以来、もう情熱は湧いてこない。辞めたばかりの頃は、剣道場で稽古に励む剣道部の声を聞いて、羨ましいと思ったこともあった。だが、今はもう、そういうこともなくなっている。
モエの心にぽっかり空いた穴は、すでに埋まっていた。そこには今、たくさんの花が植えられているのだ。
俺にとって、今、一番大切なもの……か。
――モエくん、僕たちは今、高3なんだよ! 高校生で剣道できるのも、大会に出るチャンスも、もう最後なんだよ。選べるチャンスがまだあるなら、後悔しないほうを選んでほしい。そうじゃなくちゃ、だめだよ……。
チトの言葉を反芻してみる。だが、何度そうしてみても、思い浮かぶ答えはひとつだ。
俺にとっては、やっぱりチトくん一択なんだよな……。
チトと出会ってから、心にすきま風が吹くような寒さを感じなくなった。チトと出会って、一緒に園芸作業をするようになってから、学校が急に楽しくなった。植物というそれまで知らなかった世界を教えてもらって、その魅力に触れてから、久しぶりに好奇心がくすぐられた。だが、なによりも、チトの言葉に、モエは癒されていたのかもしれない。
飛べないコウモリなんて、カッコ悪い――と、自嘲したモエに、チトは言ってくれた。地面を歩いていても楽しい、と。花や下草はとても美しいのだ、と。なにもなくなってしまった、がらんどうだった自分に、チトは新しい世界を教えてくれたのだ。
でも、そんなこと言って納得してもらえっかなぁ……。
問題はそこだった。モエにとって、今、一番大切なものは、チトであり、チトとの時間だ。植物に触れながら、チトと話す時間。チトが教えてくれる世界。毎日、毎日、宝物が増えていくような心地がしている。植物のことを話して、笑うチトが可愛くて、なにかにつけてすぐ抱きしめたくなるし、触れたくなる。たぶん、植物を触れるよりも多く、彼に触れたいと思っている。それほどモエの中で、チトへの想いは強くなっていた。
チトに恋をしている。それに気付いたのは、チトがはじめて家にやってきた日。自室で彼の植物日記を見たときの反応や、夜に咲く、月下美人という花を見に行く約束をしたときの満面な笑顔。そして――。
――行こう! 僕も……、モエくんと行きたい!
あの瞬間、モエは胸を撃ち抜かれたような衝撃を感じた。可愛かった。最高に可愛かった。モエはチトに猛烈な愛おしさを感じて、思わず彼を抱きしめてしまった。
剣道場の入り口へ回ると、まだ剣道部は稽古の真っ最中だった。すでに公式戦を終えた3年生も、夏休みに入ってすぐにはじまる九州遠征に向けて、後輩たちとともに稽古に励んでいる。7月の下旬、毎年行われる九州の大会、玉竜旗大会。高校剣道の四大大会のひとつといわれる大規模な大会だ。
聞いた話ではあるが、本校の剣道部は今年、先月行われたインターハイ県予選でベスト4止まりだったと聞いているから、おそらくは来る玉竜旗大会を最後に、3年生は引退となるのだろう。
――ただし、そんなことはどうでもいい。モエはもう、高校剣道への未練は一切なかった。県内では中堅レベルだと思われる我が校の剣道部に所属していた頃、モエは常に第一線を目指さなければいけなかった。これまで、主将である吉川や、副主将である結城にも負けない努力を積み重ねてきたし、素質だってそれなりにあると確信していた。その大きな要となっていたのが、バネを使った面技だったのだ。
それが、あのアキレス腱のケガ以来、うまく出せなくなった。自分のそれまでの感覚やスピードとは違っているし、威力は薄れ、バネは硬くなってしまって、思うように打てない。それ以外の技で、なんとかカバーしていこうと足搔いて、どうにか吉川や結城に追いつこうとしてきたが、どんなに分析しても、満足できるだけの結果は出なかった。
思い返せば、モエはもうずっとスランプ状態だったのかもしれない。精神状態はギリギリだった。そんなとき、後輩たちの会話を聞いてしまったのだ。以前のような勢いを失ったモエを憐れむ言葉や、同情する声に、それまで必死になって繋ぎとめていたものが、プツン、と切れてしまったのだ。
あれ以来、もう情熱は湧いてこない。辞めたばかりの頃は、剣道場で稽古に励む剣道部の声を聞いて、羨ましいと思ったこともあった。だが、今はもう、そういうこともなくなっている。
モエの心にぽっかり空いた穴は、すでに埋まっていた。そこには今、たくさんの花が植えられているのだ。
俺にとって、今、一番大切なもの……か。
――モエくん、僕たちは今、高3なんだよ! 高校生で剣道できるのも、大会に出るチャンスも、もう最後なんだよ。選べるチャンスがまだあるなら、後悔しないほうを選んでほしい。そうじゃなくちゃ、だめだよ……。
チトの言葉を反芻してみる。だが、何度そうしてみても、思い浮かぶ答えはひとつだ。
俺にとっては、やっぱりチトくん一択なんだよな……。
チトと出会ってから、心にすきま風が吹くような寒さを感じなくなった。チトと出会って、一緒に園芸作業をするようになってから、学校が急に楽しくなった。植物というそれまで知らなかった世界を教えてもらって、その魅力に触れてから、久しぶりに好奇心がくすぐられた。だが、なによりも、チトの言葉に、モエは癒されていたのかもしれない。
飛べないコウモリなんて、カッコ悪い――と、自嘲したモエに、チトは言ってくれた。地面を歩いていても楽しい、と。花や下草はとても美しいのだ、と。なにもなくなってしまった、がらんどうだった自分に、チトは新しい世界を教えてくれたのだ。
でも、そんなこと言って納得してもらえっかなぁ……。
問題はそこだった。モエにとって、今、一番大切なものは、チトであり、チトとの時間だ。植物に触れながら、チトと話す時間。チトが教えてくれる世界。毎日、毎日、宝物が増えていくような心地がしている。植物のことを話して、笑うチトが可愛くて、なにかにつけてすぐ抱きしめたくなるし、触れたくなる。たぶん、植物を触れるよりも多く、彼に触れたいと思っている。それほどモエの中で、チトへの想いは強くなっていた。
チトに恋をしている。それに気付いたのは、チトがはじめて家にやってきた日。自室で彼の植物日記を見たときの反応や、夜に咲く、月下美人という花を見に行く約束をしたときの満面な笑顔。そして――。
――行こう! 僕も……、モエくんと行きたい!
あの瞬間、モエは胸を撃ち抜かれたような衝撃を感じた。可愛かった。最高に可愛かった。モエはチトに猛烈な愛おしさを感じて、思わず彼を抱きしめてしまった。
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