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3章・恋するモエ
チトへの想い・2
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チトくん、ちょっと困ってたよな……。
急に抱きしめられるなんて、いくら相手がモエだとしても驚いたのだろう。モエの腕の中で、チトは明らかに困惑していた。あのとき、すぐにチトを離したものの、モエは少し興奮していて呼吸が荒くなっていたから、気味が悪いと思われてもおかしくなかったが、幸いチトは恥ずかしそうに笑って「ビックリした」と笑っただけだった。
あれから、モエはチトへの想いに気付き、ひたすらに片想いを続けている。正直なところ、同性に恋をしてしまうなんて思ってもみなかったことだが、それを頭で考えたところでどうしようもない。気のせいだとか、魔が差したのかもしれない、と思っても、学校でチトに会えば、納得させられてしまう。彼を好きにならないわけがなかった――と。
黒縁眼鏡の奥の、純真な眼差しと、植物を見つめるときの、ガラス玉のような澄んだ瞳。柔らかな笑顔。ふわんとした髪。細身でありながら、意外にも筋肉がしっかりついた体も魅力的だ。
彼の裸体をまじまじと見たことはないが、おそらく文化部とは思えない量の筋肉がついている。それに気付いて、モエは少し前から、彼に負けじと、筋トレとリハビリを再び始めていた。
べつに好きな子になにかしようというわけではないが、万が一、チトになにかがあって、おぶったり抱きあげたりしようと思ったときに、重くてできない――なんてことになるのは、とてつもなく情けなく、悔しいからだ。
園芸作業をするようになってわかったことだが、園芸で扱うものは、たいていが重いものばかりだった。小さな苗ポットがびっちり詰まったケースは、そのほとんどが土。長いホースは水が通ると重みが増す。土を耕すのにも、雑草を取るにも、なかなかに筋力を使う。それを毎日、休みなく続けているわけだから、やっていることは筋力トレーニングとほぼ同等だ。そして、それを長年続けてきたチトの体は細くありながらも、弱々しくなく、上半身に関しては特にしっかりしている印象があった。
わかってるんだけどなぁ……。チトくんがどんなに可愛くても男だってこと……。
ちゃんとわかっている。チトは同性だ。どんなに強くチトを想っても、誰より彼のそばにいても、おそらく報われる可能性はないに等しい。いや、人間よりも、植物に魅せられているチトに関しては、もしかしたら本当にゼロかもしれない。それがわかっていても、モエは自分の想いを止められなかった。
会って話す回数が増えれば増えるほど、どんどん彼を好きになってしまうし、思い出が増えるほど、あきらめられなくなる。急激に距離が近づくのも、ふたりきりになるのも、煩わしいほどにドキドキさせられる。なにか理由をつけては、すぐ彼に触れたくなるし、純真な表情にぼんやりと見惚れてしまうこともしょっちゅうだ。
もし、チトが異性だったら。もうとうに告白してしまっていたかもしれない。それほどに、モエはチトを好いている。だが、残念なことにモエは男で、チトも男。同性であるということはもちろんだが、モエが彼の友だちである以上、告白なんかできるはずがない。
俺はチトくんにとって、たったひとりの友だちなんだ……。それなのに、好きだなんて告白したら、絶対悲しませることになる……。
友だちではなく、下心を持っていたから仲良くしていただけ。そうチトに思わせてしまうかもしれない。モエはそう危ぶんでいた。だから、この気持ちは絶対に伝えられないと思っていたのだ。しかし今、それを打ち明けないままで、チトはモエの選択を違和感なく受け入れるだろうか。長く続けてきた剣道ではなく、ペナルティではじまった園芸を優先することに、納得するだろうか。
――聞けば聞くほど、モエくんにとっての剣道は、僕にとっての植物みたいなもんだったって思うんだ。
チトが言ったことも、感じていることも間違っていない。チトにとって植物が生活の一部であるように、かつてモエにとって、剣道は生活の――いや、人生の一部だった。進路希望も、将来の夢も、それありきで考えていたくらいには要だった。それが単純に植物に変わったのだとチトに話してもいいが、その場合、モエはチトに大嘘を吐くことになる。
なるべくなら、チトには嘘を吐きたくなかった。あの純粋な心で、純真な笑みで、真っすぐな瞳で見つめられて、嘘なんか吐けない。モエは今、自分にとっての一番大事なものが植物だとは言い切れないのだ。
とはいえ、植物は好きだ。チトのおかげで最近は興味も湧いている。しかし、剣道とまったく同じ熱量かと言われると、それは違う。剣道と同じ、あるいはそれを超える熱量を含有しているのは、チトへの恋心。これ一択だった。
「はぁー……。どうすっかなぁ……」
モエは途方に暮れて、停めた自転車の横でうなだれる。そのうちに稽古を終える号令が聞こえてきて、ハッと顔を上げた。今は悶々としている場合じゃない。どうしても、今日じゅうに吉川にひと言文句を言わないとモエは気が済まないのだ。
「あれぇ、モエじゃん」
ほどなくして、剣道場から、先に出てきたのは結城だった。その声に、まだ剣道場の中にいた後輩たちがざわつき始める。モエは顔を引きつらせた。ここで騒ぎを起こすのも、「モエのヤツが戻ってくる気になったらしい」と誤解されるのも面倒だ。モエは結城に言伝を頼んだ。
「悪いんだけど、吉川に中庭にいるって伝えて。話すことあるからって」
「中庭?」
「うん。頼むわ」
そう言って、モエは自転車にまたがると、中庭へ向かった。
急に抱きしめられるなんて、いくら相手がモエだとしても驚いたのだろう。モエの腕の中で、チトは明らかに困惑していた。あのとき、すぐにチトを離したものの、モエは少し興奮していて呼吸が荒くなっていたから、気味が悪いと思われてもおかしくなかったが、幸いチトは恥ずかしそうに笑って「ビックリした」と笑っただけだった。
あれから、モエはチトへの想いに気付き、ひたすらに片想いを続けている。正直なところ、同性に恋をしてしまうなんて思ってもみなかったことだが、それを頭で考えたところでどうしようもない。気のせいだとか、魔が差したのかもしれない、と思っても、学校でチトに会えば、納得させられてしまう。彼を好きにならないわけがなかった――と。
黒縁眼鏡の奥の、純真な眼差しと、植物を見つめるときの、ガラス玉のような澄んだ瞳。柔らかな笑顔。ふわんとした髪。細身でありながら、意外にも筋肉がしっかりついた体も魅力的だ。
彼の裸体をまじまじと見たことはないが、おそらく文化部とは思えない量の筋肉がついている。それに気付いて、モエは少し前から、彼に負けじと、筋トレとリハビリを再び始めていた。
べつに好きな子になにかしようというわけではないが、万が一、チトになにかがあって、おぶったり抱きあげたりしようと思ったときに、重くてできない――なんてことになるのは、とてつもなく情けなく、悔しいからだ。
園芸作業をするようになってわかったことだが、園芸で扱うものは、たいていが重いものばかりだった。小さな苗ポットがびっちり詰まったケースは、そのほとんどが土。長いホースは水が通ると重みが増す。土を耕すのにも、雑草を取るにも、なかなかに筋力を使う。それを毎日、休みなく続けているわけだから、やっていることは筋力トレーニングとほぼ同等だ。そして、それを長年続けてきたチトの体は細くありながらも、弱々しくなく、上半身に関しては特にしっかりしている印象があった。
わかってるんだけどなぁ……。チトくんがどんなに可愛くても男だってこと……。
ちゃんとわかっている。チトは同性だ。どんなに強くチトを想っても、誰より彼のそばにいても、おそらく報われる可能性はないに等しい。いや、人間よりも、植物に魅せられているチトに関しては、もしかしたら本当にゼロかもしれない。それがわかっていても、モエは自分の想いを止められなかった。
会って話す回数が増えれば増えるほど、どんどん彼を好きになってしまうし、思い出が増えるほど、あきらめられなくなる。急激に距離が近づくのも、ふたりきりになるのも、煩わしいほどにドキドキさせられる。なにか理由をつけては、すぐ彼に触れたくなるし、純真な表情にぼんやりと見惚れてしまうこともしょっちゅうだ。
もし、チトが異性だったら。もうとうに告白してしまっていたかもしれない。それほどに、モエはチトを好いている。だが、残念なことにモエは男で、チトも男。同性であるということはもちろんだが、モエが彼の友だちである以上、告白なんかできるはずがない。
俺はチトくんにとって、たったひとりの友だちなんだ……。それなのに、好きだなんて告白したら、絶対悲しませることになる……。
友だちではなく、下心を持っていたから仲良くしていただけ。そうチトに思わせてしまうかもしれない。モエはそう危ぶんでいた。だから、この気持ちは絶対に伝えられないと思っていたのだ。しかし今、それを打ち明けないままで、チトはモエの選択を違和感なく受け入れるだろうか。長く続けてきた剣道ではなく、ペナルティではじまった園芸を優先することに、納得するだろうか。
――聞けば聞くほど、モエくんにとっての剣道は、僕にとっての植物みたいなもんだったって思うんだ。
チトが言ったことも、感じていることも間違っていない。チトにとって植物が生活の一部であるように、かつてモエにとって、剣道は生活の――いや、人生の一部だった。進路希望も、将来の夢も、それありきで考えていたくらいには要だった。それが単純に植物に変わったのだとチトに話してもいいが、その場合、モエはチトに大嘘を吐くことになる。
なるべくなら、チトには嘘を吐きたくなかった。あの純粋な心で、純真な笑みで、真っすぐな瞳で見つめられて、嘘なんか吐けない。モエは今、自分にとっての一番大事なものが植物だとは言い切れないのだ。
とはいえ、植物は好きだ。チトのおかげで最近は興味も湧いている。しかし、剣道とまったく同じ熱量かと言われると、それは違う。剣道と同じ、あるいはそれを超える熱量を含有しているのは、チトへの恋心。これ一択だった。
「はぁー……。どうすっかなぁ……」
モエは途方に暮れて、停めた自転車の横でうなだれる。そのうちに稽古を終える号令が聞こえてきて、ハッと顔を上げた。今は悶々としている場合じゃない。どうしても、今日じゅうに吉川にひと言文句を言わないとモエは気が済まないのだ。
「あれぇ、モエじゃん」
ほどなくして、剣道場から、先に出てきたのは結城だった。その声に、まだ剣道場の中にいた後輩たちがざわつき始める。モエは顔を引きつらせた。ここで騒ぎを起こすのも、「モエのヤツが戻ってくる気になったらしい」と誤解されるのも面倒だ。モエは結城に言伝を頼んだ。
「悪いんだけど、吉川に中庭にいるって伝えて。話すことあるからって」
「中庭?」
「うん。頼むわ」
そう言って、モエは自転車にまたがると、中庭へ向かった。
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