【完結】恋に花咲け、植物男子!

いなば海羽丸

文字の大きさ
45 / 53
3章・恋するモエ

チトへの想い・2

しおりを挟む
 チトくん、ちょっと困ってたよな……。

 急に抱きしめられるなんて、いくら相手がモエだとしても驚いたのだろう。モエの腕の中で、チトは明らかに困惑していた。あのとき、すぐにチトを離したものの、モエは少し興奮していて呼吸が荒くなっていたから、気味が悪いと思われてもおかしくなかったが、幸いチトは恥ずかしそうに笑って「ビックリした」と笑っただけだった。

 あれから、モエはチトへの想いに気付き、ひたすらに片想いを続けている。正直なところ、同性に恋をしてしまうなんて思ってもみなかったことだが、それを頭で考えたところでどうしようもない。気のせいだとか、魔が差したのかもしれない、と思っても、学校でチトに会えば、納得させられてしまう。彼を好きにならないわけがなかった――と。

 黒縁眼鏡の奥の、純真な眼差しと、植物を見つめるときの、ガラス玉のような澄んだ瞳。柔らかな笑顔。ふわんとした髪。細身でありながら、意外にも筋肉がしっかりついた体も魅力的だ。

 彼の裸体をまじまじと見たことはないが、おそらく文化部とは思えない量の筋肉がついている。それに気付いて、モエは少し前から、彼に負けじと、筋トレとリハビリを再び始めていた。

 べつに好きな子になにかしようというわけではないが、万が一、チトになにかがあって、おぶったり抱きあげたりしようと思ったときに、重くてできない――なんてことになるのは、とてつもなく情けなく、悔しいからだ。

 園芸作業をするようになってわかったことだが、園芸で扱うものは、たいていが重いものばかりだった。小さな苗ポットがびっちり詰まったケースは、そのほとんどが土。長いホースは水が通ると重みが増す。土を耕すのにも、雑草を取るにも、なかなかに筋力を使う。それを毎日、休みなく続けているわけだから、やっていることは筋力トレーニングとほぼ同等だ。そして、それを長年続けてきたチトの体は細くありながらも、弱々しくなく、上半身に関しては特にしっかりしている印象があった。

 わかってるんだけどなぁ……。チトくんがどんなに可愛くても男だってこと……。

 ちゃんとわかっている。チトは同性だ。どんなに強くチトを想っても、誰より彼のそばにいても、おそらく報われる可能性はないに等しい。いや、人間よりも、植物に魅せられているチトに関しては、もしかしたら本当にゼロかもしれない。それがわかっていても、モエは自分の想いを止められなかった。

 会って話す回数が増えれば増えるほど、どんどん彼を好きになってしまうし、思い出が増えるほど、あきらめられなくなる。急激に距離が近づくのも、ふたりきりになるのも、わずらわしいほどにドキドキさせられる。なにか理由をつけては、すぐ彼に触れたくなるし、純真な表情にぼんやりと見惚れてしまうこともしょっちゅうだ。

 もし、チトが異性だったら。もうとうに告白してしまっていたかもしれない。それほどに、モエはチトを好いている。だが、残念なことにモエは男で、チトも男。同性であるということはもちろんだが、モエが彼の友だちである以上、告白なんかできるはずがない。

 俺はチトくんにとって、たったひとりの友だちなんだ……。それなのに、好きだなんて告白したら、絶対悲しませることになる……。

 友だちではなく、下心を持っていたから仲良くしていただけ。そうチトに思わせてしまうかもしれない。モエはそう危ぶんでいた。だから、この気持ちは絶対に伝えられないと思っていたのだ。しかし今、それを打ち明けないままで、チトはモエの選択を違和感なく受け入れるだろうか。長く続けてきた剣道ではなく、ペナルティではじまった園芸を優先することに、納得するだろうか。

 ――聞けば聞くほど、モエくんにとっての剣道は、僕にとっての植物みたいなもんだったって思うんだ。

 チトが言ったことも、感じていることも間違っていない。チトにとって植物が生活の一部であるように、かつてモエにとって、剣道は生活の――いや、人生の一部だった。進路希望も、将来の夢も、それありきで考えていたくらいには要だった。それが単純に植物に変わったのだとチトに話してもいいが、その場合、モエはチトに大嘘をくことになる。

 なるべくなら、チトには嘘をきたくなかった。あの純粋な心で、純真な笑みで、真っすぐな瞳で見つめられて、嘘なんかけない。モエは今、自分にとっての一番大事なものが植物だとは言い切れないのだ。

 とはいえ、植物は好きだ。チトのおかげで最近は興味も湧いている。しかし、剣道とまったく同じ熱量かと言われると、それは違う。剣道と同じ、あるいはそれを超える熱量を含有しているのは、チトへの恋心。これ一択だった。

「はぁー……。どうすっかなぁ……」

 モエは途方に暮れて、停めた自転車の横でうなだれる。そのうちに稽古を終える号令が聞こえてきて、ハッと顔を上げた。今は悶々もんもんとしている場合じゃない。どうしても、今日じゅうに吉川にひと言文句を言わないとモエは気が済まないのだ。

「あれぇ、モエじゃん」

 ほどなくして、剣道場から、先に出てきたのは結城だった。その声に、まだ剣道場の中にいた後輩たちがざわつき始める。モエは顔を引きつらせた。ここで騒ぎを起こすのも、「モエのヤツが戻ってくる気になったらしい」と誤解されるのも面倒だ。モエは結城に言伝ことづてを頼んだ。

「悪いんだけど、吉川に中庭にいるって伝えて。話すことあるからって」
「中庭?」
「うん。頼むわ」

 そう言って、モエは自転車にまたがると、中庭へ向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜

なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」 男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。 ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。 冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。 しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。 「俺、後悔しないようにしてんだ」 その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。 笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。 一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。 青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。 本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。

【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。

キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。 しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。 迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。 手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。 これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。 ──運命なんて、信じていなかった。 けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。 全8話。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

処理中です...