48 / 53
4章・恋するチト
約束の日・2
しおりを挟む
「はぁ……」
なんだか、あまり期待できる連絡ではなさそうだ――と、チトはネガティブになりながら、一度、深呼吸をして、通話ボタンを押す。そうして、覚悟した。モエが謝って、剣道部に戻るという報告を受けることを。
「はい……、モエくん?」
だが、スマホを耳に当てて、モエの名を呼んだ瞬間。聞こえてきたその声に、漠然とした期待がまた膨らみ始めた。
「チトくん、ごめーん……! ちょっと、これには深いワケがあって!」
「え……?」
「す、すぐ着くから待ってて!」
「うん……。あ、あの……」
通話が切れてしまった。チトはあいかわらず不安感を拭えないまま、ふわふわした期待感をも覚えて、その場に立ち、きょろきょろと周囲を見回す。すると、しばらくして。
「ん……?」
あれは――……。
スパースロー映像か、あるいは選挙カーのお出ましかと思うほど、ゆっくりとしたスピードで駅前のロータリーに入ってきた1台の車に目が留まった。ワゴンタイプの、赤い軽自動車だ。運転席に座っているのは見覚えのある女性だったが、しかし。まるで絶叫マシンにでも乗っているかのようなひどい形相で、思い当たる人物なのかどうか、自信が持てなかった。やがて、唖然とするチトのすぐ目の前まで車はやってきて、後部座席の窓が開いた。
「チトくん、ほんとにごめん!」
窓から顔を出したのは、モエだった。その顔と声に、チトの胸の鼓動は一気に高鳴りはじめる。
「モエくん……! あっ、えっと……」
「姉ちゃんの車、おっそくてさ……!」
モエはそう言うと、「ねえちゃん! ありがと、もう停めていいよ!」と運転席に向かって言ってから、慌てたように後部座席から降りてくる。やはり。運転しているのは、モエの姉、茗子のようだったが、それにしても、あのスピードでモエの家から走ってきたのだろうか。
「あ、あの、モエくん――」
モエはリュックを右肩に掛けて、チトのそばへ駆けてくると、その勢いのまま、チトの肩をがしっと掴んだ。チトは思わず身構える。
「チトくん、ほんっとにごめんな! すげえ遅れちゃった!」
「あ、うん……。僕は大丈夫だけど……」
「遅刻した理由は、電車の中で話すよ。とりあえず、行こ」
「う、うん……」
そう返事をしたあと、チトはわけがわからないまま、モエに手を引かれて駅の改札へ向かう。チトは彼の背中を見つめて、頬を緩ませた。遅刻した理由がなんだっていい。姉の茗子の車のせいなのか、寝坊なのか。なんだってよかった。ただ今、モエが目の前にいてくれるということは、それが彼の選んだ答えだということ。モエはチトとの約束を選んでくれたのだ。チトはそれだけで、とても嬉しかった。
***
ところが、それからモエは電車の中で、ほとんどチトと言葉を交わそうとしなかった。大好きなモエとのはじめての旅に心浮かれるチトは、叔父夫婦がどれほど素敵な山野草店を営んでいるかを話し、そもそも山野草とはどんなものがあるのか、叔父の店にはどんな植物があるのか、月下美人の今の状態なども話したが、モエはなにやら表情が硬い。それを見れば、また不安になった。やはりモエは、九州遠征へ行きたかったのではないか――と。
再び不安を抱えながら、チトはモエといくつか電車を乗り継ぎ、蘇我駅で高速バスに乗り込んだ。平日のせいか、まだ発車時間まで時間があるせいか。バスの中はこのシーズンにしては意外にもがらんとしていた。
「空いてて、よかったね。このバス、すごく混むこともあるから……」
「そうだね」
チトとモエは、バスの一番後ろの、端の席に座る。空いているのはいいのだが、こう会話が続かないうえに周囲まで静かだと、とてつもなく気まずい。
次はなにを話そうか――とチトは頭を巡らせた。だが、そうするうち、モエは溜まりに溜まっていたものをみんな吐き出すような、重いため息を吐いたあと、静かに話し出した。
「なぁ、チトくん……。俺さ」
「うん?」
「チトくんにいっこだけ、嘘吐いてることがあるんだよね」
「うそ……?」
モエがチトに嘘を吐いている。それを聞いて、チトはたちまち不安になる。モエの言う嘘がどんなものかは思い当たらないが、モエの声色や口調から、それが小さな嘘ではないことは明確で、きっとそれが今日、遅刻した理由なのだろうと察したのだ。
「嘘って、なに……?」
それの見当もつかないまま、おそるおそる訊ねた。すると、モエは突然にチトの手を取り、ぎゅうっと握る。少し汗ばんだ彼の手の平の熱が伝わってきて、心臓がまた、うるさくなる。
「チトくんは剣道と園芸、本当にやりたいのはどっちなのか、ちゃんと考えろって言ってくれたけどさ。俺にとって、一番大事なのはどっちでもないんだよ」
「どっちでもない……。って、どういうこと……?」
「なにから説明していいのかわかんないけど……、俺はね、植物よりもチトくんに興味があるの。だから、植物のこと知りたいって思ったのも、園芸部に入りたいって思ったのも、みんなチトくん目当てっていうか……。チトくんと一緒にいたいから……、なんだよ」
「植物よりも、僕に……」
一生懸命に話してくれているのに、チトには彼の言葉の意味がよくわからなかった。つまりモエは実は、植物にはそんなに興味がなかった、ということなのだろうか。しかし、そうとも思えず、チトの脳内には疑問符が浮かぶ。モエは続けた。
「そう。俺は今ね……、剣道でも植物でもなくて、チトくんに一番ハマってんだよ」
なんだか、あまり期待できる連絡ではなさそうだ――と、チトはネガティブになりながら、一度、深呼吸をして、通話ボタンを押す。そうして、覚悟した。モエが謝って、剣道部に戻るという報告を受けることを。
「はい……、モエくん?」
だが、スマホを耳に当てて、モエの名を呼んだ瞬間。聞こえてきたその声に、漠然とした期待がまた膨らみ始めた。
「チトくん、ごめーん……! ちょっと、これには深いワケがあって!」
「え……?」
「す、すぐ着くから待ってて!」
「うん……。あ、あの……」
通話が切れてしまった。チトはあいかわらず不安感を拭えないまま、ふわふわした期待感をも覚えて、その場に立ち、きょろきょろと周囲を見回す。すると、しばらくして。
「ん……?」
あれは――……。
スパースロー映像か、あるいは選挙カーのお出ましかと思うほど、ゆっくりとしたスピードで駅前のロータリーに入ってきた1台の車に目が留まった。ワゴンタイプの、赤い軽自動車だ。運転席に座っているのは見覚えのある女性だったが、しかし。まるで絶叫マシンにでも乗っているかのようなひどい形相で、思い当たる人物なのかどうか、自信が持てなかった。やがて、唖然とするチトのすぐ目の前まで車はやってきて、後部座席の窓が開いた。
「チトくん、ほんとにごめん!」
窓から顔を出したのは、モエだった。その顔と声に、チトの胸の鼓動は一気に高鳴りはじめる。
「モエくん……! あっ、えっと……」
「姉ちゃんの車、おっそくてさ……!」
モエはそう言うと、「ねえちゃん! ありがと、もう停めていいよ!」と運転席に向かって言ってから、慌てたように後部座席から降りてくる。やはり。運転しているのは、モエの姉、茗子のようだったが、それにしても、あのスピードでモエの家から走ってきたのだろうか。
「あ、あの、モエくん――」
モエはリュックを右肩に掛けて、チトのそばへ駆けてくると、その勢いのまま、チトの肩をがしっと掴んだ。チトは思わず身構える。
「チトくん、ほんっとにごめんな! すげえ遅れちゃった!」
「あ、うん……。僕は大丈夫だけど……」
「遅刻した理由は、電車の中で話すよ。とりあえず、行こ」
「う、うん……」
そう返事をしたあと、チトはわけがわからないまま、モエに手を引かれて駅の改札へ向かう。チトは彼の背中を見つめて、頬を緩ませた。遅刻した理由がなんだっていい。姉の茗子の車のせいなのか、寝坊なのか。なんだってよかった。ただ今、モエが目の前にいてくれるということは、それが彼の選んだ答えだということ。モエはチトとの約束を選んでくれたのだ。チトはそれだけで、とても嬉しかった。
***
ところが、それからモエは電車の中で、ほとんどチトと言葉を交わそうとしなかった。大好きなモエとのはじめての旅に心浮かれるチトは、叔父夫婦がどれほど素敵な山野草店を営んでいるかを話し、そもそも山野草とはどんなものがあるのか、叔父の店にはどんな植物があるのか、月下美人の今の状態なども話したが、モエはなにやら表情が硬い。それを見れば、また不安になった。やはりモエは、九州遠征へ行きたかったのではないか――と。
再び不安を抱えながら、チトはモエといくつか電車を乗り継ぎ、蘇我駅で高速バスに乗り込んだ。平日のせいか、まだ発車時間まで時間があるせいか。バスの中はこのシーズンにしては意外にもがらんとしていた。
「空いてて、よかったね。このバス、すごく混むこともあるから……」
「そうだね」
チトとモエは、バスの一番後ろの、端の席に座る。空いているのはいいのだが、こう会話が続かないうえに周囲まで静かだと、とてつもなく気まずい。
次はなにを話そうか――とチトは頭を巡らせた。だが、そうするうち、モエは溜まりに溜まっていたものをみんな吐き出すような、重いため息を吐いたあと、静かに話し出した。
「なぁ、チトくん……。俺さ」
「うん?」
「チトくんにいっこだけ、嘘吐いてることがあるんだよね」
「うそ……?」
モエがチトに嘘を吐いている。それを聞いて、チトはたちまち不安になる。モエの言う嘘がどんなものかは思い当たらないが、モエの声色や口調から、それが小さな嘘ではないことは明確で、きっとそれが今日、遅刻した理由なのだろうと察したのだ。
「嘘って、なに……?」
それの見当もつかないまま、おそるおそる訊ねた。すると、モエは突然にチトの手を取り、ぎゅうっと握る。少し汗ばんだ彼の手の平の熱が伝わってきて、心臓がまた、うるさくなる。
「チトくんは剣道と園芸、本当にやりたいのはどっちなのか、ちゃんと考えろって言ってくれたけどさ。俺にとって、一番大事なのはどっちでもないんだよ」
「どっちでもない……。って、どういうこと……?」
「なにから説明していいのかわかんないけど……、俺はね、植物よりもチトくんに興味があるの。だから、植物のこと知りたいって思ったのも、園芸部に入りたいって思ったのも、みんなチトくん目当てっていうか……。チトくんと一緒にいたいから……、なんだよ」
「植物よりも、僕に……」
一生懸命に話してくれているのに、チトには彼の言葉の意味がよくわからなかった。つまりモエは実は、植物にはそんなに興味がなかった、ということなのだろうか。しかし、そうとも思えず、チトの脳内には疑問符が浮かぶ。モエは続けた。
「そう。俺は今ね……、剣道でも植物でもなくて、チトくんに一番ハマってんだよ」
1
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
妖精です、囲われてます
うあゆ
BL
僕は妖精
森で気ままに暮らしていました。
ふと気づいたら人間に囲まれてました。
でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。
__________
妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精
なんやかんやお互い幸せに暮らします。
【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜
なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」
男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。
ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。
冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。
しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。
「俺、後悔しないようにしてんだ」
その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。
笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。
一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。
青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。
本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。
【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。
キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。
しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。
迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。
手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。
これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。
──運命なんて、信じていなかった。
けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。
全8話。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる