先輩に特殊性癖を探られています!!

シロツメクサ

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準備

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『じゃあ、明日13時に。楽しみにしてるね』

 生乾きの髪をタオルで拭き取りつつ、スマホの画面を睨みつけて思わず深いため息を吐き出した。それは胸がいっぱいで、とか恋の甘酸っぱさとかそういうものとは無縁の、ガチ目の憂鬱が滲んだ重いやつだ。
 あの衝撃の告白から優に二日経っているのに、未だに現実のこととは思えない。

 何年か前の誕生日に買ってもらった、ダメになると評判の大きいクッションに背中から思い切り体重をかければ、気分の重さを反映したように面白いくらい身体が沈み込んでいく。
 上向いた視線が暖かい色で部屋を照らすシーリングライトをとらえて、そろそろカバーを外して掃除しないとな、なんてぼんやり思い浮かぶのも現実逃避の一環かもしれない。

 中学から与えられたこの六畳間の自室は、好きを詰め込んだ私の城だ。柱がパステルブルーのロフトベッドと、その下に収納された勉強机。丸いジュートのラグの上には大きい紺色のクッションを置いて、そのすぐ傍にはスライド式の本棚がある。クローゼットに備え付けられた鏡には曇り一つない。
 ひとつひとつはありふれたものかもしれないけれど、どれも大切に手入れをして、長く使っているものだ。選ぶにも買うにも私だけの大事な思い出があるそれらは、囲まれているだけでいつも癒しをくれるのだけれど、今日はちょっとパワーが足りない。

「どうしてこんなことに……」

 そう呟く声には、物語の佳境でヒーローが死んでしまい、絶望に陥るヒロインくらいの悲壮感が漂っていたと思う。

 これでも、私は粘った。当然のように新村先輩に連絡先を聞かれたとき、いやお断りします本当に勘弁してください、とそれはもう必死になって言い募った。しかし、彼は悲しげに眉を下げるなりこう宣いやがったのだ。

『そっか……八雲さんが困るだろうから休日にアプローチを掛けようと思ったけど、そうなると校内で頑張るしかなくなっちゃうな。俺は牽制にもなるし別に構わないけど。誰かに聞かれたら、君に振られたけどどうしても諦め切れなくて、って口を滑らせてしまうかもだけどいい?』

 いいわけがない。シンプルに生命の危機だし二度と夜道を歩けなくなる。というか諦めるべきは間違いなくアプローチのほうなのに、どうして私がわがままを言っているみたいな扱いをされないといけないのか。
 しかし、脅迫されている以上そんなことを言えるはずもなく。あえなく押し切られた私のスマホには、数多の女子が喉から手が出るほど欲しがっているであろう、新村先輩の連絡先がしっかりと収められてしまっていた。もう本当に夢であってほしい。

 何となく彼のイメージにそぐわない綺麗な夕焼けの写真のアイコンは、さっきまでのやり取りで家族友人を差し置いて一番上に来てしまっている。
 最初の挨拶以降、せめてもの抵抗として私は簡素な返信しかしていないのだけれど、彼は歯牙にも掛ける様子はなく、あれよあれよという間に日曜日の約束を取り付けられてしまった。

 最寄りから少し離れた駅のブックカフェ。彼の提案で決められたそれは、一人で行くなら心躍ったのだろうけど。

「行きたくないよぉ……」

 漏れ出した泣きそうな声は紛うことなき本心だった。カフェで一対一なんて、じっくり腰を据えて話しましょうと言われているようなもの。彼と向き合って座って長時間おしゃべりだなんて、想像するだけで胃がキリキリしてくる。まだ着いてすらないけどもう帰りたい。

 しかし、こちらは脅されている身。すっぽかした日には翌日から私の高校生活は幕を閉じるわけで、そもそも選択肢などない。酷く重い気分でのそのそとクッションから身体を起こした私は、観念して明日の準備に取り掛かった。
 ブックカフェなら、店舗によっては書籍の販売もしているはずだ。もしそれで明日いい出会いがあったら少しは救われるんだけどな、と縋るように心の中で呟いて、カバンに荷物を詰めつつ本棚の方に目を向ける。

 先週掃除と虫干しを終えた本達は、ブックコートフィルムに包まれた色とりどりの背表紙を誇らしげに並べ立てている。紙魚避けに差したラベンダーの精油の香りがほのかに鼻をくすぐって、ささくれ立っていた心が少しだけ解れた。
 手元にある本は勿論どれも選りすぐりのお気に入りだけれど、その中でも一番、きっと生涯の一冊と呼べるものには、物語のイメージに合わせた特別なブックカバーを纏わせている。
 そうは言っても中学の時家庭科の授業で自作したものだけれど、製作前の説明からもうこの本のことしか頭に浮かばなくて、先生に引かれてしまうくらい鬼気迫る勢いで仕上げたものだ。

 何度目かも分からないけれど、もう一回読み返したい。ふらりと青地のブックカバーに指先を伸ばしかけて、明日の準備をしていたところだったとはっと我に返った。
 日曜日なんて、普段だったら本屋さんを覗くくらいで、あとは課題さえ済ませれば朝から晩まで本を読んでいるところなのに。ぐぬぬ、と悔しさに呻きながらもなんとか指先を下ろし、私は準備の続きに取り掛かった。

……ああもう本当に、明日なんて来なければいいのに!
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