先輩に特殊性癖を探られています!!

シロツメクサ

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 腹の虫が騒ぎ出したのがあまりに恥ずかしくて、もうお金のことはどうとでもなれと先輩に注文を丸投げしたのは、結果的には正解だったらしい。

 珈琲豆の香りが引き立つカフェオレと、熱々のクラブハウスサンド。肉厚なハムと瑞々しいレタスやトマト、とろけたチーズが口の中で織り混ざり、私は思わず頬を押さえた。
 分厚いメガネに阻まれた瞳は、それでも私至上最高に輝いているんじゃないだろうか。

「……お、お、おいしい……!」

「うん。……うん、なによりなんだけど……なんだろ、食べ物にまで嫉妬しそうなの、我ながらやばいな」

 ブラックコーヒーを片手に苦笑した新村先輩が何事か呟いているけれど、食べるのに夢中な私はさっぱり耳に入っていなかった。

 先輩のおすすめでと丸投げしたとき、嬉々としてマスターを呼び出した彼が何やらおしゃれな商品名を伝えていて気が気じゃなかったけれど、こんなに美味しいものが出てくるならお願いしてよかった。お金のことはちょっと怖いけど……うん、お小遣い前借りしてなんとかしよう。
 満たされたお腹を撫でてそんなことを考えつつ、猫舌の私には丁度いい塩梅になった甘いカフェオレをちびちび飲んでいたら、ふと先輩のことを完全に放置して食事に夢中になっていたことに気がついてしまった。

 しまった、怒らせてしまっていたらどうしよう。私、一応脅迫されている立場なのに。ちらりと新村先輩の方を伺えば、彼は気にしたふうでもなく、自分の鞄の中を何やら探っていた。
 どうやら機嫌を損ねたわけではなさそうで安心したけれど、それはそれとして何を探しているのだろう。スマホかなと思っていたら、彼が取り出したのはクリアファイルに入った数枚の紙束で、私は首を傾げた。

「はい、これ八雲さんに」

「えっ」

 しかも当たり前のようにそれを差し出され、困惑を覚えつつもとりあえず受け取って──すぐにそれを深く後悔した。
 せめてファイルが透明じゃなければ見えなかっただろうに、一行目からばっちり目に入ってしまって脳がその文字列の理解を拒否している。絞り出した問いかけは我ながら蚊の鳴くようなか細いものだった。

「あの、一応聞くんですけど、……なんですかこれ」

「ん? 見ての通りだけど。調べた限りの特殊性癖リスト」

「……」

 思わず遠い目をしてしまったけれど、真正面に座っている彼のご尊顔はそうしていても視界に入ってきてしまって虚しい気持ちになる。
 ああ神様、私、今までの人生で一体何を間違ったのでしょうか。とりあえずこの呪物は今すぐに破り捨てても許されるでしょうか。

『加虐性愛、被虐性愛、肥満性愛、病症性愛、性転換性愛──』

 まだまだA4のコピー用紙数枚に及んでびっしりと書き込まれたそれは、こんなことでもなければ絶対に生涯目にすることはなかったはずの単語ばかりで、というか今からでも全然記憶から抹消したい。
 知らない方がいい世界というのは本当に存在するのだなと変なところで納得してしまった。

「とりあえず軽いものからピックアップしてみたんだけど。その中にあるものなら間違いなく俺は応えられるから、それなら八雲さんも教えてくれるかなって」

 香り高いコーヒーを片手に、爽やかな笑顔を浮かべるイケメンというドラマの一幕みたいな絵面だけれども、やっていることは後輩の特殊性癖を探るとかいう最悪の行動だ。ドラマだったら打ち切り待ったなしに違いない。
 もう一体どこから突っ込んだらいいか分からないけれど、私は額を抑えながらどうにか口を開いた。

「……色々言いたいことはあるんですけど、……聞き出すのはおいおい、とか言ってませんでしたっけ……」

「まあ、そうは言っても手っ取り早く済むならそれが一番だよね」

 それで、どうかな? と朗らかな声色で問いかけてくる新村先輩に、どうもこうもないです頭沸いてるんですかと口からまろび出そうになったのを何とか堪える。
 というか、特殊性癖としか伝えていなかったせいもあるのだろうけれど、仮にも花の女子高生である私の嗜好がこれと並列に考えられているのか。うん、やっぱ死にたい。
 もうどっと疲れが湧いてきて、私はろくに目を通すこともしないままそれを新村先輩に突っ返した。

「あの……ちゃんと名前がついているものかは分からないですけど、少なくともこういう物理的なものじゃないというか……。あの時は気が動転しててつい特殊性癖! なんて言っちゃいましたけど、もっとこう、フェチ? 好み、みたいなものっていうか」

 私の疲れ切った声に、新村先輩は少し意外そうに片眉を上げた。

「……ふーん? ってことは、例えば容姿や身体的特徴とは関係ない、性格とかの条件ってこと?」

「いや、性格……とも、関係ない、ですかね……?」

「難しいね、とんちみたいだ」

 コーヒーを音を立てずに置いた先輩は腕を組んで苦笑したけれど、そもそも絶対に当てはまらないって伝えてあるのにどうして探ろうとするのか。
 いや、あまりの事態に聞き流していたけれど、さっきこの中にあるものなら応えられるとか宣っていたような気がする。見間違いでなければ性転換とか何とかの文字が──……いややっぱり深く考えるのはよそう、精神衛生上あまりにもよろしくない。

 彼がファイルをテーブルに置いたまま仕舞わないせいで未だちらちらと目に入る文字列から必死になって目と意識を逸らせば、彼はでも、と少し気が抜けたように言葉を続けた。

「とりあえず、物理的なものじゃないっていう情報は大きいな。流石に小児性愛とかだと難しいから、その場合はまた別の方法を取らないといけないしね」

「……」

 ロリショタコンの場合も想定されていた、しにたい。今日何度目かも分からずそう思い浮かんで、心の慰めにカフェオレを口に含んでみたけれどもうさっぱり味が分からない。
 ああ、こんなお高そうなカフェオレ、次にいつ飲む機会があるかも分からないのに。ため息混じりにソーサーの上にカップを戻した時、ふと彼の言葉の中から聞き捨てならないものを拾いあげてしまった。

「……というか、あの、これ軽めって言いました?」

「うん? これでも部位系とか分泌液系は抜いてきたんだけど。あと欠損──……」

「わー!! わああ!! もういいです!!」

 ばちん、と音を立てて勢いよく耳を塞げば、こめかみにメガネのつるが食い込んで痛んだけれど構っていられない。もう何も聞きたくない知りたくない。
 本当にどうしてそんな何でもない顔でとんでもない単語を口にできるのか。この人、顔が良すぎる代償に羞恥心を悪魔とかに差し出してしまったのだろうか。

……はっ、というか先輩が今日わざわざカフェの個室を選んだのって、まさかこの話を詰めるためなんじゃ……!?

 確かにこんな話題、他人の耳に届く場所で出せるわけがない。最初からカラオケとか二人きりになれる場所を指定しなかったのは、恐らく私が恐怖と警戒のあまり逃げ出さないようにするため。
 そう思い至って慄いていれば、新村先輩はにっと悪い表情で笑った。思わず漏れ出た短い悲鳴は我ながら情けないものだったと思う。のけぞろうとした身体は、あえなくふわふわのクッションに受け止められてしまった。

「に、新村先輩、ちょっと前から思ってましたけど、最初とキャラ違くないですか……!?」

「ん? あはは、だって八雲さんは条件に合った人としか付き合わないんだよね。俺が猫被ってて君に選んで貰えるなら死ぬまでそうしてたけど、そうじゃないなら形振り構ってられないし、もういいかと思って」

 慣れて、と不遜に言い放った新村先輩に、くらりと目眩がした。……これ、さては多分図書室で私を見掛けてうんぬんのくだりも嘘だな。
 ああもう本当に、なんて厄介な人に目をつけられたんだろう。今まで人には言えないものを確かに抱えていたけど、至って真面目に、平々凡々に生きてきたはずなのに!
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