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青緑の大地
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サントニアを出た僕は、漁師を雇い、川を舟で移動していた。
「それにしても珍しいな。セイレンブルクに行きたい奴がいるなんて」
漁師がそう訪ねてきた。白色の髪、彼もまたサントニアの民だ。
「はい。セイレンブルクとは一応同盟国だと聞いていたので」
「まあ確かにな。だが、あの国はどちらかというとスウァルテルムの肩を持ってるし、だからうちの民には良い印象を持ってる奴が少ないんだよ」
「そうなんですか……」
サントニアとの同盟国であるセイレンブルクは、なんとスウァルテルムとも同盟関係を持っているらしいのだ。
「向こうの国に行って聞いた話しでは、サントニアを完全に的に回したくはないが、たがらと言って隣国であるスウァルテルムを見捨てるわけにもいかないってことで、今の状況になったらしいぜ。俺としては、戦争が起きなくて済むから嬉しい限りだけどな」
「そうですね」
セイレンブルクは、黒の国スウァルテルムを侵略しないことを条件に、サントニアと同盟を結んでいる。この条件のため、同盟に反対する人々が多数いたが、白の王は二国と同時に敵対することを恐れたのであろう、結局、サントニアはセイレンブルクの要求を飲んだ。
漁師は舟を漕ぐ手を少し緩めこちらを向き、何かを確かめるかのように僕の体を見回した。
「あんたその髪の色……。さっきから思ってたんだが、もしかして異民族との混血か?」
「……はい」
やはり気づかれていたようだ。僕の髪はサントニアにいる多くの民と違って灰色だ。灰色と白では違いが微妙なので気づかれないこともあるが、これだけ近くで見られ続ければ隠しようもない。
「……なるほどな。他の民族との混血ならまだしも、あの民とのとなると、この国で生きていくのは厳しかったかもな……。だが安心しろよ。セイレンブルクでなら、きっと少しはましな暮らしができると思うぜ」
「……あなたは僕のこの髪を見て、なんとも思わないのですか?」
「ああ。確かにサントニアには、異民族を軽蔑してるやつらもたくさんいるし、そうじゃなくても世間の風潮に呑まれて同調しちまってるやつらもいる。でもよ、髪の色とか肌の色とか関係なしに、同じ人として、手を取り合って生きていけるのが一番いいんじゃあねえかなぁ。だってその方が平和だろ?」
「平和、ですか……」
「おうよ。あんちゃんまだ若いから知んねえかもしれねえけど、昔は戦争が絶えなくてな。サントニアの前王がよ、あの民族が気に入らないだのこの民族が気に入らないだのだだこねて、いろんな国滅ぼしやがってさ。確かに国土は広くなったし、国も豊かになった。けどよ、俺たちは人としての大事なものを、誇りを失っちゃったんじゃないかってな」
一息ついて、また彼は話し始めた。
「誇りってもんはさ、誰かを馬鹿にしたり、見下したりして得られるものじゃねえんだ。自分にとって大切な思いを忘れないで、誰かのために生きれて始めて得られるものなんだよ。この国のやつらは、それを忘れちまったんじゃねえかなぁ……ってなんか下らない話しちまったな! わりぃわりぃ、気にしないでくれ」
「いえ、とてもためになりました」
「ためにって……それじゃあ俺が説教してるみたいじゃねえかよ! まったく、これだから若者は堅くていけねえや」
僕の肩をたたきながら笑う漁師さん。よかった、とてもいい人そうだ。場合によっては、この舟を降りるよう脅されるかもとひやひやしたものだから、本当に安心した。
「そういえばおめえ、名前なんて言うんだ? おれはぺリスって言うんだけどな」
「レイオスです」
「レイオスか! よろしくな! また会うかはわかんねえけどよ!」
「はい」
それから他愛ない話をしながらも、ぺリスさんは舟を進ませ、数時間ほどしたころになると向こう岸にたどり着いた。
「よっと。到着だな。こっからは自分の足で歩くことになる」
「はい、ありがとうございました。それではまたいつか」
「おいおい、何を言ってるんだ。ここから先まだまだ歩くだろ? 俺はセイレンブルクに行ったことあるし、案内してやるよ」
「でも、地図持ってるし、案内分のお金も払ってませんし……」
「そんなこたぁいいんだ。ここまできたんだし、せっかくだから最後まで行かせてくれよ」
「そうおっしゃるなら……」
それからまた二時間ほど歩き、ようやくセイレンブルクへの出入り口である青色の門までたどり着いた。
「元気にしとけよ、レイオス」
「ぺリスさんも、どうぞお元気で」
互いに微笑み、握手を交わし合う。
「じゃあな」
別れの言葉をつげると、ぺリスさんはもと来た道を颯爽と帰っていった。短い間だったけど、とてもお世話になったし、不思議と親しくなれたような気がする。
門の前まで行くと、国を出る時にもらっていた、サントニアの民の証であるパスポートを門番に渡した。髪の色で馬鹿にされてきた僕だが、一応正式にはサントニアの民として認められているらしい。
「よし、入っていいぞ」
門が開かれ、街の中の景色があらわになる。青い髪の人や青色の建物が多く、他にも様々な色の人や建物がある。そして何より、街にいても感じられる自然の豊かさ。これが、青緑の国セイレンブルク。聞いていた以上の美しさだ……。
実際に街を歩き回ってみると、果物屋さんに肉屋さんから、喫茶店や武器屋まで、実に多種多様な店が揃っており、ほどほどの賑わいを見せている。
何はともあれ、まず最初は寝床だ。今日泊まれそうな宿はないか探すため、さらに街中を歩き続けた。
しばらく歩き回っていると、少し街から離れたところに宿を見つけたので、今晩はそこに泊まることにした。
「はいどうぞ、夕食よ」
宿の主である年輩の女性が、食事部屋で座って待っていた僕に料理を届けてくれた。
「ありがとうございます」
「そういえばあなだ、サントニアから来たのよね?」
「はい」
宿主は向かいの席に座って会話を続けた。
「どう? セイレンブルクに来てみて」
「街も自然も綺麗で、とてもいい場所だと思います」
「でしょ? サントニアから来た客はみんなそう言ってたわ」
「サントニアから旅行客がくるのですか?」
漁師のぺリスさんが、サントニアの民はセイレンブルクには行きたがらないと言っていたが……。
「そりゃ来るわよ。でもそうね、あの国の領土の広さから考えると、来てる人数はかなり少ないかもしれないわ」
「そうなんですか」
ぺリスさんの言ったことは間違ってるわけではないようだ。
「それじゃあ頂きます」
「どうぞ、召し上がれ」
そう言うと、店主は部屋から戻っていった。
まるごと炙られた川魚に、米を主として、粟や黍を混ぜて作られた主食、それに彩り豊かな山菜料理。どれも味付けは少なめだが、素材本来の味が引き出されており、どこか懐かしい感じさえ覚える。
やはりこの国に来てよかった。サントニアとはすべてが違う。誰も僕を見下した目で見たりはしない。灰色の髪が珍しいのか、時々見られることもあったが、それは単なる好奇心によるものだろう。ずっと人の視線を感じて生きてきた僕には分かる。
食事を終え、自分の部屋に戻った僕はベッドに横たわり、さっそく深い眠りへと沈んでゆく。
清らかな川のせせらぎと、虫たちが奏でる音色が重なり合い、美しく静かな旋律が響いていた。
「それにしても珍しいな。セイレンブルクに行きたい奴がいるなんて」
漁師がそう訪ねてきた。白色の髪、彼もまたサントニアの民だ。
「はい。セイレンブルクとは一応同盟国だと聞いていたので」
「まあ確かにな。だが、あの国はどちらかというとスウァルテルムの肩を持ってるし、だからうちの民には良い印象を持ってる奴が少ないんだよ」
「そうなんですか……」
サントニアとの同盟国であるセイレンブルクは、なんとスウァルテルムとも同盟関係を持っているらしいのだ。
「向こうの国に行って聞いた話しでは、サントニアを完全に的に回したくはないが、たがらと言って隣国であるスウァルテルムを見捨てるわけにもいかないってことで、今の状況になったらしいぜ。俺としては、戦争が起きなくて済むから嬉しい限りだけどな」
「そうですね」
セイレンブルクは、黒の国スウァルテルムを侵略しないことを条件に、サントニアと同盟を結んでいる。この条件のため、同盟に反対する人々が多数いたが、白の王は二国と同時に敵対することを恐れたのであろう、結局、サントニアはセイレンブルクの要求を飲んだ。
漁師は舟を漕ぐ手を少し緩めこちらを向き、何かを確かめるかのように僕の体を見回した。
「あんたその髪の色……。さっきから思ってたんだが、もしかして異民族との混血か?」
「……はい」
やはり気づかれていたようだ。僕の髪はサントニアにいる多くの民と違って灰色だ。灰色と白では違いが微妙なので気づかれないこともあるが、これだけ近くで見られ続ければ隠しようもない。
「……なるほどな。他の民族との混血ならまだしも、あの民とのとなると、この国で生きていくのは厳しかったかもな……。だが安心しろよ。セイレンブルクでなら、きっと少しはましな暮らしができると思うぜ」
「……あなたは僕のこの髪を見て、なんとも思わないのですか?」
「ああ。確かにサントニアには、異民族を軽蔑してるやつらもたくさんいるし、そうじゃなくても世間の風潮に呑まれて同調しちまってるやつらもいる。でもよ、髪の色とか肌の色とか関係なしに、同じ人として、手を取り合って生きていけるのが一番いいんじゃあねえかなぁ。だってその方が平和だろ?」
「平和、ですか……」
「おうよ。あんちゃんまだ若いから知んねえかもしれねえけど、昔は戦争が絶えなくてな。サントニアの前王がよ、あの民族が気に入らないだのこの民族が気に入らないだのだだこねて、いろんな国滅ぼしやがってさ。確かに国土は広くなったし、国も豊かになった。けどよ、俺たちは人としての大事なものを、誇りを失っちゃったんじゃないかってな」
一息ついて、また彼は話し始めた。
「誇りってもんはさ、誰かを馬鹿にしたり、見下したりして得られるものじゃねえんだ。自分にとって大切な思いを忘れないで、誰かのために生きれて始めて得られるものなんだよ。この国のやつらは、それを忘れちまったんじゃねえかなぁ……ってなんか下らない話しちまったな! わりぃわりぃ、気にしないでくれ」
「いえ、とてもためになりました」
「ためにって……それじゃあ俺が説教してるみたいじゃねえかよ! まったく、これだから若者は堅くていけねえや」
僕の肩をたたきながら笑う漁師さん。よかった、とてもいい人そうだ。場合によっては、この舟を降りるよう脅されるかもとひやひやしたものだから、本当に安心した。
「そういえばおめえ、名前なんて言うんだ? おれはぺリスって言うんだけどな」
「レイオスです」
「レイオスか! よろしくな! また会うかはわかんねえけどよ!」
「はい」
それから他愛ない話をしながらも、ぺリスさんは舟を進ませ、数時間ほどしたころになると向こう岸にたどり着いた。
「よっと。到着だな。こっからは自分の足で歩くことになる」
「はい、ありがとうございました。それではまたいつか」
「おいおい、何を言ってるんだ。ここから先まだまだ歩くだろ? 俺はセイレンブルクに行ったことあるし、案内してやるよ」
「でも、地図持ってるし、案内分のお金も払ってませんし……」
「そんなこたぁいいんだ。ここまできたんだし、せっかくだから最後まで行かせてくれよ」
「そうおっしゃるなら……」
それからまた二時間ほど歩き、ようやくセイレンブルクへの出入り口である青色の門までたどり着いた。
「元気にしとけよ、レイオス」
「ぺリスさんも、どうぞお元気で」
互いに微笑み、握手を交わし合う。
「じゃあな」
別れの言葉をつげると、ぺリスさんはもと来た道を颯爽と帰っていった。短い間だったけど、とてもお世話になったし、不思議と親しくなれたような気がする。
門の前まで行くと、国を出る時にもらっていた、サントニアの民の証であるパスポートを門番に渡した。髪の色で馬鹿にされてきた僕だが、一応正式にはサントニアの民として認められているらしい。
「よし、入っていいぞ」
門が開かれ、街の中の景色があらわになる。青い髪の人や青色の建物が多く、他にも様々な色の人や建物がある。そして何より、街にいても感じられる自然の豊かさ。これが、青緑の国セイレンブルク。聞いていた以上の美しさだ……。
実際に街を歩き回ってみると、果物屋さんに肉屋さんから、喫茶店や武器屋まで、実に多種多様な店が揃っており、ほどほどの賑わいを見せている。
何はともあれ、まず最初は寝床だ。今日泊まれそうな宿はないか探すため、さらに街中を歩き続けた。
しばらく歩き回っていると、少し街から離れたところに宿を見つけたので、今晩はそこに泊まることにした。
「はいどうぞ、夕食よ」
宿の主である年輩の女性が、食事部屋で座って待っていた僕に料理を届けてくれた。
「ありがとうございます」
「そういえばあなだ、サントニアから来たのよね?」
「はい」
宿主は向かいの席に座って会話を続けた。
「どう? セイレンブルクに来てみて」
「街も自然も綺麗で、とてもいい場所だと思います」
「でしょ? サントニアから来た客はみんなそう言ってたわ」
「サントニアから旅行客がくるのですか?」
漁師のぺリスさんが、サントニアの民はセイレンブルクには行きたがらないと言っていたが……。
「そりゃ来るわよ。でもそうね、あの国の領土の広さから考えると、来てる人数はかなり少ないかもしれないわ」
「そうなんですか」
ぺリスさんの言ったことは間違ってるわけではないようだ。
「それじゃあ頂きます」
「どうぞ、召し上がれ」
そう言うと、店主は部屋から戻っていった。
まるごと炙られた川魚に、米を主として、粟や黍を混ぜて作られた主食、それに彩り豊かな山菜料理。どれも味付けは少なめだが、素材本来の味が引き出されており、どこか懐かしい感じさえ覚える。
やはりこの国に来てよかった。サントニアとはすべてが違う。誰も僕を見下した目で見たりはしない。灰色の髪が珍しいのか、時々見られることもあったが、それは単なる好奇心によるものだろう。ずっと人の視線を感じて生きてきた僕には分かる。
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