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第1話 契約結婚
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「契約結婚? 俺と?」
突然の申し出に、グレイは少なからず驚いた。
目の前には知人から紹介された一人の男がいる。ダークブルーの髪が印象的な、細身の男だ。研究者のような白衣を着ているせいでお堅い雰囲気が漂っているが、彼の態度や物腰は非常に柔らかく、眼鏡の奥から覗く切れ長の目は、にっこりと細められていた。
「ええ。俺と、結婚していただけませんか。正式に聖誓を交わし、双夫となってもらいたいんです。もちろん、かりそめの関係であることは俺たちだけが知る秘密として口外を避け、対外的にはお互い一目ぼれして結婚したという体裁で、普通に仲睦まじい結婚生活を送っていただきます」
「それは夜の営みも込み、ということか?」
「ええ、そうです。俺の作った魔道具を実際に試して、性能を確かめたいので。もちろん報酬は十分にお支払い致します。一年契約で、まとめてこの額を前払い致しますが、いかがでしょう」
彼はスッと、数字の書かれた紙切れをグレイに見せた。そこには、グレイの年収の五年分に相当する金額が書かれている。
「‼ この大金を、一括前払いで⁈」
「ええ。お渡しする準備はできています。実はここだけの話、俺の特別な魔道具を求める顧客の大半は、貴族様でしてね……、製品開発のために十分な金銭的援助をいただいております。ああ、大丈夫ですよ、薄汚い金じゃありません。これは正当な報酬で、俺は一切、違法行為に手を染めてはいません」
「俺みたいなオッサンでいいのか? おまえ、俺よりずいぶん年下だろう? もっと若い奴を……」
「……あなたが、いいんです」
一瞬、彼の目に真剣な光が灯った。しかしそれはすぐに消え去り、元の柔らかい笑みが戻ってくる。彼は静かな口調で、続けて言った。
「口が堅くて真面目という評判のあなたが、ぴったりなんです。それにあなたは、まだ三十一歳ですよね? 見たところオッサンというには程遠く、体力は十分にあるご様子ですし、まだ性欲も衰えていないでしょう?」
「ああ……まあ」
「それなら何も問題ありません。俺が貴族様からの依頼で開発している魔道具は、『大人の玩具』というその性質から、非常にデリケートな扱いが必要です。外部に情報を漏らしたくないんですよ。秘密裏に製作を進めているため、人を雇って製品を試すこともできない。自分でやる必要があるんです。でも、『夫婦生活』用のアイテムは、一人じゃ試せない。〈結びの甘露〉が必要になるので……」
〈結びの甘露〉とは、正式に結婚したカップルだけが神殿から分けてもらえる特殊な蜜液だ。転売や譲渡を防ぐ魔法が施されているので、一般には出回っていない。使いたければ誰かと結婚するしかない。
「それで契約結婚を、ということか。表向は普通の結婚をしたように見せかけて、俺とその、大人用アイテムの効果を試したい、というわけだな? 結婚すれば、〈結びの甘露〉も手に入るから」
男はグレイが理解したことを見て取って、話を続けた。
「はい、その通りです。……ああ、そうそう、アクシデントでもない限り、苦痛はありません。俺が作っているのは、基本、快楽を引き出すためのアイテムですから。まあ、そうはいっても不安はあるでしょうし、まずは一か月だけ試してみませんか。それだけでも、前金でこれだけお支払い致します」
そう言って彼は、再び紙片に数字を書き込んだ。それを見て、またもやグレイは驚く。その金額は、庭師を生業とするグレイの年収に相当する金額だったからだ。
「たった一カ月で、この報酬を⁈ 本気か⁈」
「はい。俺と結婚してセックスしてもらうわけですから、このぐらいは当然です。いかがでしょう、受けていただけませんか? 真面目なあなたには、愛が無いのに結婚するなんて、ためらわれる申し出かと思われますが……」
「いや。愛など要らない。金が貰えるのなら」
そう断言したグレイは、のちにその言葉を撤回することになる。
しかし今はまだ、それを知らない。
突然の申し出に、グレイは少なからず驚いた。
目の前には知人から紹介された一人の男がいる。ダークブルーの髪が印象的な、細身の男だ。研究者のような白衣を着ているせいでお堅い雰囲気が漂っているが、彼の態度や物腰は非常に柔らかく、眼鏡の奥から覗く切れ長の目は、にっこりと細められていた。
「ええ。俺と、結婚していただけませんか。正式に聖誓を交わし、双夫となってもらいたいんです。もちろん、かりそめの関係であることは俺たちだけが知る秘密として口外を避け、対外的にはお互い一目ぼれして結婚したという体裁で、普通に仲睦まじい結婚生活を送っていただきます」
「それは夜の営みも込み、ということか?」
「ええ、そうです。俺の作った魔道具を実際に試して、性能を確かめたいので。もちろん報酬は十分にお支払い致します。一年契約で、まとめてこの額を前払い致しますが、いかがでしょう」
彼はスッと、数字の書かれた紙切れをグレイに見せた。そこには、グレイの年収の五年分に相当する金額が書かれている。
「‼ この大金を、一括前払いで⁈」
「ええ。お渡しする準備はできています。実はここだけの話、俺の特別な魔道具を求める顧客の大半は、貴族様でしてね……、製品開発のために十分な金銭的援助をいただいております。ああ、大丈夫ですよ、薄汚い金じゃありません。これは正当な報酬で、俺は一切、違法行為に手を染めてはいません」
「俺みたいなオッサンでいいのか? おまえ、俺よりずいぶん年下だろう? もっと若い奴を……」
「……あなたが、いいんです」
一瞬、彼の目に真剣な光が灯った。しかしそれはすぐに消え去り、元の柔らかい笑みが戻ってくる。彼は静かな口調で、続けて言った。
「口が堅くて真面目という評判のあなたが、ぴったりなんです。それにあなたは、まだ三十一歳ですよね? 見たところオッサンというには程遠く、体力は十分にあるご様子ですし、まだ性欲も衰えていないでしょう?」
「ああ……まあ」
「それなら何も問題ありません。俺が貴族様からの依頼で開発している魔道具は、『大人の玩具』というその性質から、非常にデリケートな扱いが必要です。外部に情報を漏らしたくないんですよ。秘密裏に製作を進めているため、人を雇って製品を試すこともできない。自分でやる必要があるんです。でも、『夫婦生活』用のアイテムは、一人じゃ試せない。〈結びの甘露〉が必要になるので……」
〈結びの甘露〉とは、正式に結婚したカップルだけが神殿から分けてもらえる特殊な蜜液だ。転売や譲渡を防ぐ魔法が施されているので、一般には出回っていない。使いたければ誰かと結婚するしかない。
「それで契約結婚を、ということか。表向は普通の結婚をしたように見せかけて、俺とその、大人用アイテムの効果を試したい、というわけだな? 結婚すれば、〈結びの甘露〉も手に入るから」
男はグレイが理解したことを見て取って、話を続けた。
「はい、その通りです。……ああ、そうそう、アクシデントでもない限り、苦痛はありません。俺が作っているのは、基本、快楽を引き出すためのアイテムですから。まあ、そうはいっても不安はあるでしょうし、まずは一か月だけ試してみませんか。それだけでも、前金でこれだけお支払い致します」
そう言って彼は、再び紙片に数字を書き込んだ。それを見て、またもやグレイは驚く。その金額は、庭師を生業とするグレイの年収に相当する金額だったからだ。
「たった一カ月で、この報酬を⁈ 本気か⁈」
「はい。俺と結婚してセックスしてもらうわけですから、このぐらいは当然です。いかがでしょう、受けていただけませんか? 真面目なあなたには、愛が無いのに結婚するなんて、ためらわれる申し出かと思われますが……」
「いや。愛など要らない。金が貰えるのなら」
そう断言したグレイは、のちにその言葉を撤回することになる。
しかし今はまだ、それを知らない。
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