愛など要らない金さえあれば/愛が無いならせめて体だけでも/と最初は思っていた。

たいよう一花

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第18話 破れ、血に染まり、ひび割れる/1

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 グレイはその夜、一人で夕食を取っていた。
 レネは仕事で遅くなると言って昼過ぎに家を出て行ったきり、帰ってこない。
 一人で侘しく食事をしていると、部屋の隅からじわじわと押し寄せるように、寂しさが募ってくる。テーブルの向かい側にレネの姿がないというだけで、これほどに心理的ダメージを負うとは思ってもみなかった。

「はあ……」

 食が進まない。あれこれとこちらの世話を焼きながら食事を共にするレネの姿を思い浮かべては、グレイは虚しい溜息をついた。

 二人のかりそめの結婚生活が始まって、もう三月みつき余りになる。
 グレイはレネと暮らし始めてから、自分の人生が大きく変わってしまったことを、改めて認識した。
 契約による体の繋がりや、かりそめの双夫そうふ生活は、当初想像していたような心の通わない虚しいものではなかった。
 それどころか、グレイは幸福感で満たされていた。どんどんレネに惹かれ、大きく育ってゆく自分の恋情を、もう自覚するしかなかった。
 この想いを告げれば、レネはどんな反応を示すだろうか。迷惑だと突っぱねられるのが怖くて、グレイはなかなか言い出せなかった。
 契約期間の一年が過ぎてしまうのが恐ろしく、何をしていてもふとそれを思い出して落ち着かない。
 契約ではなく、レネと本物の双夫になりたい――グレイはいつしか、強くそう思うようになった。


 グレイが虚しい気持ちで夕食を取っているその時。
 レネは顧客の一人、アナイアレイト前伯爵に呼び出され、彼の屋敷を訪れていた。

「久しいな、レネよ。さあ、こちらに来い」

 前伯爵は人払いをすると、奥の暗い部屋へレネを招き入れた。

「閣下、ご壮健なご様子、何よりでございます」

「ハハ、死にぞこないの老人と、息子たちに嫌われておるわ」

 彼は三年前に伯爵家当主の座を退き、今は隠居の身だ。衰えぬ性欲を持て余し、時折レネに仕事を依頼してくる。それらはいずれも、前伯爵の歪んだ性癖を満たす性的玩具だ。
 レネは嫌な予感に身を震わせたが、前伯爵に逆らうこともできず、彼の召喚に応じるほかなかった。前伯爵をはじめ、アナイアレイトの一族は国の法的機関の重鎮だ。もし不興を買い敵に回せば、恐ろしい相手となる。

「おいで、レネよ。相変わらず妖艶な目元だな。おまえの色っぽい流し目を見せておくれ。おお、なまめかしさに磨きがかかったではないか。最近結婚したらしいが、そのせいか?」

「そうかもしれません。閣下、本日はどのようなお品をご用立ていたしましょうか? 一通りお持ちしましたので、ご覧になりますか」

「そうだな。見せてもらおう」

 レネは持参したトランクを開けると、ずらりと並んだ卑猥な魔道具を一つずつ手に取って説明を始めた。そのうちの一つを気に入った前伯爵は、それを持ってレネに囁く。

「これを試したいが……おまえの体を借りてもよいか?」

 来た、とレネは身構えたが、それをおくびにも出さず微笑んだ。前伯爵の好きな、なまめかしいミステリアスな雰囲気で。

「閣下、どうかお許しください。今はもう、聖誓せいせいを交わした相手がおりますので。女神様のお怒りを買うわけには参りません」

 女神たちは、正式に結婚した双夫が不貞を働くのを嫌う。神殿で愛を誓い合ったカップルが浮気をした場合、何らかの罰が下ることは実際にあるらしい。
 しかしそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、いやらしい目をした目の前の老人は、不満げに唸った。

「フン。つまらんことだ。あれほどおまえを可愛がってやったのに……もうわしの頼みを聞いてくれんとは」

 老人はレネを引き寄せると、乱暴にベッドに押し倒す。

「閣下、どうか……お願いです、おやめください」

「老い先短いわしからも、お願いだ。わしをたせて、悦ばせておくれ」

 前伯爵は老人とは思えない力強さでレネを組み敷き、服を引き裂いた。
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