愛など要らない金さえあれば/愛が無いならせめて体だけでも/と最初は思っていた。

たいよう一花

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第21話 破れ、血に染まり、ひび割れる/4

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 レネは衝動に突き動かされるまま、投げやりな言葉を放った。
 自分への嫌悪感と、羞恥心、どれだけグレイに恋慕しても報われることのない虚しさ、耐えがたい苦痛と疲労、倦怠感……そのすべてが混ざりあって、レネはもう、すべてを壊して終わらせたい、と痛切に思った。

「……俺が、この体を好きに使って何が悪い? あなたの大切な幼なじみを救った金を、罵倒するのか? あれは俺が、合法的な取引で得た真っ当な金だ。性的嗜好が絡むため公言できるような類いではないが、罪は犯していない。今回の取引にしたって、顧客の恥ずかしい需要を満たしてやるために、この体を使って供給したというだけ」

 いつもの丁寧な口調とは打って変わった、レネの乱暴な口ぶりとその冷たい声音に、グレイはハッとして息を呑んだ。

「レネ、違うんだ、罵倒など、とんでもない。おまえには感謝している。俺は金の出所を非難しているのではない。おまえが心配なのだ。こんな……こんな……」

 グレイは言葉を詰まらせ、うつむいた。その時、床の隅に置かれた血の付いた衣類が目に入る。先程レネが脱いだ物だ。グレイの目に、再び怒りの色が浮かび上がった。

「おまえをこんな目に合わせた奴を、俺は殺してやりたい」

 それを聞いて、レネの体にまたもやぞくりと、歓喜の震えが走る。しかしそれをおくびにも出さず、レネは冷たく言い放った。

「ハハッ……ありがとう。俺を破滅させてやりたい、というわけだ。グレイが奴を殺せば、俺の魔道具師としての成功はすべて無に帰す。悪評により仕事の依頼は激減、生きていくのも困難になるだろうな。おめでとう、俺を破滅させる作戦大成功だ」

「違う、違うんだ、レネ! おまえを破滅させるなど、望むはずがないだろう⁈」

「どけ。部屋に薬を取りに行く。邪魔だ」

 ヘーゼル色のレネの瞳には、怒りと苛立ちが浮かんでいる。かつて一度も向けられたことのない苛烈な視線に射貫かれたグレイは、為すすべもなく大きな体を隅に寄せてレネを通した。

 グレイが後を付いてくるのを無視しながら自室に入ったレネは、戸棚の引き出しを開けた。その中から塗り薬の入った容器を取り出すと、蓋を開ける。
 その薬は、一年ほど前に知り合いになった、ある有名なアイテム生成士からもらった物だ。彼の名前はチェレステ。生成士が集う会合で偶然隣の席になった彼は、レネの手首にミミズ腫れが出来ているのを見て、持っていたこの薬を容器ごとくれたのだ。その時の手首の傷もまた、変態的な性癖を持つある顧客から縄で縛られてできた傷だった。見ればそれが特異な状態で出来た傷だとわかるが、チェレステは何も訊かずに薬を分けてくれた。

 会合が終わった後にその薬を塗ってみて、レネは驚いた。あっという間に、それこそ瞬く間に、傷が治ったのである。それは明らかに、特級クラスの効果を持つ軟膏だった。生成は困難を極めるだろうし、販売すれば相当な値が付くだろう。チェレステはそれを容器ごと、一切の見返りを要求せずにレネにくれたのである。

 不思議に思ったレネは、チェレステの評判を調べてみて更に驚いた。最近生成士業界を騒がせている男爵家の五男とは、彼のことだったのである。チェレステは並外れた才能を持っていて、数々のコンテストで賞を独占している。そして最近、公爵家に望まれて婿入りしていた。夫である公爵家嫡男は、彼にベタ惚れだということだ。

 これほど輝かしい業績を持ったアイテム生成士だというのにそれを驕りもせず、チェレステは庶民のレネが話しかけても全く嫌な顔をしなかった。それどころか生成の話題で大いに盛り上がり、連絡先まで交換してくれたのだ。彼の気さくで優しい人柄を思い出す度、嫉妬や羨望よりも先に、感銘と温かい感情がレネの胸に広がる。あんな人間も存在しているのだな、と。

(この薬を大事にしまっておいて、良かった……)

 レネは軟膏を掬い取りながら、改めてチェレステに感謝した。この薬が手元にあるから、あのいやらしい老人の鞭打ちにも耐えられたのだ。
 レネは貴重な薬を傷に塗り込もうと、そっと指先を尻に当てた。

「……っ!」

 痛みに顔をしかめるレネを見て、戸口で様子を見守っていたグレイが走り寄ってくる。

「レネ、俺に塗らせてくれ。頼む」
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