虹の月 貝殻の雲

たいよう一花

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Ⅰ 強奪

6. 夜更けの語らい(2)

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魔王に先を促され、サライヤは顔を曇らせて兄を見つめた。

「……レイ様は人間界の常識の中で育った方。同意を得るのは、難しいでしょうね……」

兄の沈んだ様子から、答えは予測できたが、サライヤは思い切って問うてみる。

「もう、結婚の申し出を?」

「……ああ。今までに、二回。一回目は冗談だと思われた。二回目は……」

拒絶された、と言おうとして、表現を変える。

「快い返事はもらえなかった」

肩を落とし、悲痛な面持ちで俯く兄を見て、サライヤは胸を痛めた。

「こんなお兄様は見たことがない……。いつも不必要なほど自信に満ち溢れ、暑苦しいほど存在を主張なさっているお兄様が、見る影もない……。失恋の痛手で蒸発して消えておしまいになったらどうしましょう。ああ、なんておいたわしい……」

魔王は眉間に縦皺を寄せて、妹を睨み付けた。

「……おい、声に出ているぞ。そこは心の中でひっそり思うところじゃないのか?」

「あら、声に出てました? ほほほ……」

「ふっ…………」

場を和ませようとしたサライヤの画策も大して役に立たず、やがて二人の間に重苦しい沈黙が下りる。
魔王は溜息をつくと、一転して明るい調子で沈黙を破った。

「茶が冷めてしまったな。……ありがとう、サライヤ。おまえと話すことが出来て良かった」

魔王はサライヤを扉まで送ろうと立ち上がったが、サライヤに立ち去る気配はない。
彼女は先程とは打って変わって、真剣な眼差しで兄を見つめた。

「どうなさるおつもりですの? お兄様?」

「……もう一度、レイに会いに行く。私はあれを、必ず手に入れる」

そう言って、サライヤの瞳を真っ向から見据えた魔王の双眸には、強い光が宿っていた。
その輝きに危険なものを感じて、サライヤは悪い予感に身を震わせた。
兄がこれほど誰かに執着するのを、初めて見る。

「お兄様……何をなさるおつもりですの?」

サライヤは不安におののき、すがるように兄を仰ぎ見た。

――生まれたときから、兄と共にあった。
王としての素質を不足なく揃え、心身共に完璧なまでに光り輝く兄を、サライヤはいつも尊敬し、手本にして生きてきた。

しかし、そんな兄にも欠点はある。

何かの拍子で感情が昂ぶると、たちまち制御不能に陥ってしまうのである。特に即位後は、その傾向に拍車がかかるようになった。
一度兄の逆鱗に触れてしまえば、その激情から逃れるすべはない。
王たるに相応しい強い生命力――ときにそれはあだとなり、周囲の者のみならず、魔王自身をも焼き尽くす。
サライヤの胸中に、不安が広がった。

(もし、またレイ様がお兄様を拒んだとしたら……)

――兄は間違いなく、暴走するだろう。

「お願いです、お兄様。レイ様を傷つけたりなさらないで。わたくしからも、お話ししてみますから……どうか」

震える声で懇願する妹を、魔王は静かに見つめ返した。

「心配するな、サライヤ。レイは私を愛してる。ただ、気付いていないだけなのだ」

(そう、ただ、気付かせればよいのだ……)

魔王はそう思いながら、宿屋での一幕を思い返す。
ふいの口付けに一瞬レイが応えたのを、肌で感じた、あのときを。
柔らかいレイの唇、絡み合う熱い息……思い出すだけで、体が震撼し、心は歓喜に満たされる。
それと同時に、求めるものを得られない飢えが、灼け付くような痛みを伴い、心も体も蝕んでいく。

(二年も待ったのだ……。私はあの者を……)

――狂わんばかりに、求めている。

すでにその狂気は、渦巻く奔流となって、理性を凌駕しようとしていた。
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