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Ⅱ 幽閉
4. 命がけの諫言
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ひとしきり泣いた後、サライヤは目の前に男の裸体が二つもあることに、うろたえた。辺りを見回し、寝台の上に放り出されていたローブを見つけると、兄に着るよう促す。
「お兄様、レイ様には再生能力を高め、更に養生してもらうため、深い眠りに入るよう、術がかけられています。丸一日ほど、お目覚めにはなりません」
「ああ……そうなのか……」
魔王はふぬけた様子で、妹に言われるまま、のろのろとローブを羽織り、じっとレイに視線を注いでいる。
サライヤは茫然自失状態の兄を痛ましく思いながらも、事態の収拾に向け、次々と指示を飛ばした。
やがてレイは、血と体液で汚れた体をすっかり洗い清められた。清潔な衣類を身にまとい、控えの寝室で良い香りのする寝具に包まれて、安らかな寝息を立てている。
その姿から目を離さす、魔王は妹に静かに問いかけた。
「後は……どうすればよい? サライヤ、教えてくれ」
「レイ様が目覚めたら、彼を解放して差し上げて」
「…………」
再び魔王が口を開くまで、サライヤはじっと待った。
しばらく沈黙していた魔王は、重く沈んだ口調で答えた。
「……レイを、手放すことはできぬ」
予想していた返答に、サライヤは言葉を返す。
「では、どうなさるおつもりですの? 禁呪を使い、抵抗を封じ込め、無理やり攫い……非道な行いで、レイ様を手に掛けた。まだ懲りないと……仰るの?」
サライヤは美しいおもてを歪ませ、怒りを含んだ声で、静かに兄を糾弾した。
「このまま、この寂しい場所に、お日様の申し子のようなレイ様を閉じ込めて、今度は彼の心を、殺してしまうのですか?」
魔王は黙したまま、徐々に熱を帯びていく妹の苦言をじっと聞いていた。
サライヤは尚も厳しく兄に詰め寄った。形の良い唇を震わせ、目には涙を浮かべながら。
「……見損ないましたわ、お兄様。何という見下げ果てた行い! そのような無体な振る舞い、わたくしは到底見過ごすことは出来ません!」
「……私に……歯向かうというのか」
魔王の頭がゆっくりと上がり、射るような視線がサライヤに向けられた。
心臓を鷲掴みにされたような恐怖が、サライヤを襲う。しかしそれにひるみもせず、サライヤは毅然とした態度で言い放った。
「はい。この命を差し出しても、わたくしはお兄様をお諌め申し上げます。みすみす間違った道に、進ませは致しませぬ!」
とうに覚悟はできていた。
燃え上がるような兄の眼に、狂気が宿っているのを見たときから。
兄を深く愛しているからこそ、この身を犠牲にしてでも、止めねばならない。それができるのは自分だけだと、自負していた。
高ぶる感情に身を震わせ、サライヤの目に溜まっていた涙が、堰を切って溢れ出す。
サライヤのその様子をみて、魔王の鋭い視線がゆるんだ。
自分に向けられた妹の揺るぎない愛情と、その決意を肌で感じ取り、魔王は態度を急変させた。
「ああ……サライヤ。頼む、私からレイを取り上げないでくれ! 二度と乱暴はしない! レイを死に至らしめるような狼藉は、二度としないと誓う!」
悔恨の涙をにじませ、妹の手を取り懇願する魔王を、サライヤは悲痛な面持ちで見つめた。
「いいえ、お兄様! できないことを誓ってはなりません! 御身が一番よくご存知のはず! 狂乱の嵐は、王の宿命…………今回は、運が良かったのです。でも、次は、もしかしたら……」
不吉な言葉を、サライヤは飲み込んだ。舌に乗せることさえ、厭わしい。必死の思いで取り戻した命は今、傍らで安らかな寝息を立てている。
サライヤの思いを汲み取り、魔王は苦悶の表情を浮かべた。
「……手を貸してくれ、サライヤ。頼む……。レイは私の<運命の相手>だ。初めて会った瞬間、私には分かった。紛れもなく、この者が私の<魂の半身>だと」
はっとして、サライヤは兄を、食い入るように見つめた。
――そうではないかと、思っていた。
いくら恋に狂っているといっても、兄のレイに対する執着の深さは尋常ではない。しかし、レイが兄の<運命の相手>なら、それも不思議ではなかった。
「お兄様、レイ様には再生能力を高め、更に養生してもらうため、深い眠りに入るよう、術がかけられています。丸一日ほど、お目覚めにはなりません」
「ああ……そうなのか……」
魔王はふぬけた様子で、妹に言われるまま、のろのろとローブを羽織り、じっとレイに視線を注いでいる。
サライヤは茫然自失状態の兄を痛ましく思いながらも、事態の収拾に向け、次々と指示を飛ばした。
やがてレイは、血と体液で汚れた体をすっかり洗い清められた。清潔な衣類を身にまとい、控えの寝室で良い香りのする寝具に包まれて、安らかな寝息を立てている。
その姿から目を離さす、魔王は妹に静かに問いかけた。
「後は……どうすればよい? サライヤ、教えてくれ」
「レイ様が目覚めたら、彼を解放して差し上げて」
「…………」
再び魔王が口を開くまで、サライヤはじっと待った。
しばらく沈黙していた魔王は、重く沈んだ口調で答えた。
「……レイを、手放すことはできぬ」
予想していた返答に、サライヤは言葉を返す。
「では、どうなさるおつもりですの? 禁呪を使い、抵抗を封じ込め、無理やり攫い……非道な行いで、レイ様を手に掛けた。まだ懲りないと……仰るの?」
サライヤは美しいおもてを歪ませ、怒りを含んだ声で、静かに兄を糾弾した。
「このまま、この寂しい場所に、お日様の申し子のようなレイ様を閉じ込めて、今度は彼の心を、殺してしまうのですか?」
魔王は黙したまま、徐々に熱を帯びていく妹の苦言をじっと聞いていた。
サライヤは尚も厳しく兄に詰め寄った。形の良い唇を震わせ、目には涙を浮かべながら。
「……見損ないましたわ、お兄様。何という見下げ果てた行い! そのような無体な振る舞い、わたくしは到底見過ごすことは出来ません!」
「……私に……歯向かうというのか」
魔王の頭がゆっくりと上がり、射るような視線がサライヤに向けられた。
心臓を鷲掴みにされたような恐怖が、サライヤを襲う。しかしそれにひるみもせず、サライヤは毅然とした態度で言い放った。
「はい。この命を差し出しても、わたくしはお兄様をお諌め申し上げます。みすみす間違った道に、進ませは致しませぬ!」
とうに覚悟はできていた。
燃え上がるような兄の眼に、狂気が宿っているのを見たときから。
兄を深く愛しているからこそ、この身を犠牲にしてでも、止めねばならない。それができるのは自分だけだと、自負していた。
高ぶる感情に身を震わせ、サライヤの目に溜まっていた涙が、堰を切って溢れ出す。
サライヤのその様子をみて、魔王の鋭い視線がゆるんだ。
自分に向けられた妹の揺るぎない愛情と、その決意を肌で感じ取り、魔王は態度を急変させた。
「ああ……サライヤ。頼む、私からレイを取り上げないでくれ! 二度と乱暴はしない! レイを死に至らしめるような狼藉は、二度としないと誓う!」
悔恨の涙をにじませ、妹の手を取り懇願する魔王を、サライヤは悲痛な面持ちで見つめた。
「いいえ、お兄様! できないことを誓ってはなりません! 御身が一番よくご存知のはず! 狂乱の嵐は、王の宿命…………今回は、運が良かったのです。でも、次は、もしかしたら……」
不吉な言葉を、サライヤは飲み込んだ。舌に乗せることさえ、厭わしい。必死の思いで取り戻した命は今、傍らで安らかな寝息を立てている。
サライヤの思いを汲み取り、魔王は苦悶の表情を浮かべた。
「……手を貸してくれ、サライヤ。頼む……。レイは私の<運命の相手>だ。初めて会った瞬間、私には分かった。紛れもなく、この者が私の<魂の半身>だと」
はっとして、サライヤは兄を、食い入るように見つめた。
――そうではないかと、思っていた。
いくら恋に狂っているといっても、兄のレイに対する執着の深さは尋常ではない。しかし、レイが兄の<運命の相手>なら、それも不思議ではなかった。
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