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Ⅲ 誓約
27. 解放
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「レイ……レイ……起きろ」
優しく揺さぶられ、レイは薄っすらと目を開けた。
「ん……」
寝室の窓から、柔らかい朝の光がさし込んでいる。
レイは眩しさに目をすがめ、視界にぼんやりと魔王の姿を捉えた。
魔王はすでにきっちりと服を着込み、身なりを整えている。
「もう……行くのか? 魔王……」
「ああ。……午前中に重要な公務が入っていてな……。レイ、おまえも私と共に、ここを出るか?」
――ここを出る。
レイはその意味を知り、跳ね起きた。
「解放してくれるのか? 今すぐ、俺を」
「ああ。先程<精霊たち>とも話がついた。おまえは彼らに王妃として認められ、保護の対象となった。この先、王宮内を中心とした彼らの活動圏内において、おまえは常時守られる。私と同じように、人外の力によって」
――もう、ここを出ても安心だ、と魔王は独り言を呟きながら、安堵のため息をついた。
その言葉に、レイは昨日サライヤから聞いた話を思い出した。王妃候補を擁立し、裏から権力を手中にしようと企む輩がいることを。
「そうか……俺、命を狙われる可能性があるんだっけ……」
それを聞き、魔王の表情が硬くなる。
「なぜ、それを知っているのだ?」
「あ……!」
レイはしまった、と息を呑んだ。この件について、サライヤは魔王から口止めされていると言っていたのだ。
「なんで知ってるって……そりゃあ、あれだ、俺の推理だ! 俺の観察眼の鋭さは、すごいだろう!」
「……サライヤがもらしたのか」
「違う、違う! 俺の推理だと言っただろうが!」
魔王は微苦笑を浮かべた。
「焦らずともよい。サライヤを責めはせぬ。……あれにはずいぶん助けられた。思いのほか心労もかけたようで、すまなく思っている」
レイはハッとして、険しい表情で魔王に詰め寄った。
「おい、魔王、サライヤは病気で臥せっていると言ったな。でも昨日俺に会いに来たときは元気だった。……サライヤに、何をしたんだ!?」
魔王はチラリとレイを一瞥したあと、視線をそらせた。
「あれは嘘だ」
「! なっ……嘘だと? どういうことだよ!」
魔王はため息をついたあと、事情をかいつまんで話した。
昨日、レイの元を去ったあと、サライヤは人間の料理人一家が王宮内に招かれているのを知った。更にその一家がレイの知人だと報告を受け、魔王の意図に気付いたサライヤは、凄まじい剣幕で兄をなじった。辟易した魔王は、計画の妨げとなるサライヤを、魔導術を使って眠らせてしまったのだった。
サライヤが無事だと聞いて、レイは胸をなでおろした。
「眠らせた……だけか? ひどいことをしなかったろうな?」
昨日の朝に見せた、魔王の常軌を逸した様子を思い出し、レイの顔が不安げに曇る。
レイの心中を推し量った魔王が、苦笑を浮かべた。
「心配するな。ただ眠らせただけだ。もうとうに目を覚ましているだろう。……今頃、封印扉の向こうで、烈火のごとく怒り狂って私を待ち構えているはずだ……」
「……なんで? 中に入ってくればいいじゃないか……。サライヤは、封印扉の解呪方法を知ってるんだから……」
「私は合言葉を変更した。あれに邪魔されるのを防ぐために……」
「つまり……サライヤとの約束を破ったのか」
そうだ、と頷く魔王に、レイのあきれた声が降り注ぐ。
「それじゃ、彼女に平謝りして、罰を受けるほかないな。覚悟しておけ、魔王」
魔王は渋面を作り、縋るようにレイを見つめた。
「レイ……私の弁護を……」
「するわけないだろう。自業自得だ。それから、ここを出たら、すぐにロワンたちを解放してもらうぞ。……もう人質は必要ないだろ」
「人質など、最初からおらぬ。言ったはずだ。彼らは私に招待され、自らの意思で来たと。これは嘘ではない」
「信じ難いな……。ロワンが『踊るイルカ亭』を離れるとは思えない」
疑惑のこもった目で睨み付けられ、魔王は弁解するように先を続けた。
「……少し前に、ラルカの街で大火があってな……彼らも被害にあって、困っていた。私はそれを、利用したのだ……」
「!! 大火……焼け出されたのか?! ロワンの宿屋は……」
「全焼したそうだ。宿屋の密集していた通りは、焼け野原となったと聞いている」
「全焼……!」
レイはロワンの悲嘆を思い、言葉を詰まらせた。そして嫌な発想にとりつかれ、一瞬ためらったのちに口を開いた。
「魔王……まさか……あんたが火を……」
途端に魔王が気色ばむ。
「そこまで外道な振る舞いはしておらぬ! ただ彼らの不運を、利用しただけだ」
一旦話を区切ると、魔王は悩ましげに、重いため息をついた。
「……おまえの……私への信頼を取り戻すのも、苦労しそうだな……」
レイは唇を引き結び、厳しい表情で魔王を睨み付けた。
「それも、自業自得だ。あんたは……ロワンの子を使って、俺を脅迫した……」
レイの脳裏に、戦慄と共に昨夜の内庭の情景が甦る。
枯れてゆく植物たち、そのただなかで、狂気に燃える男。そして結界に閉じこもるレイに向かって、冷淡な声で告げた、その言葉。
『子供は弱い……。特に人間の子供は、些細な刺激で死んでしまう。だから……守ってやらねばな?……そうだろう、レイ……。怒りに駆られた私を止められるのは、おまえだけだ。……この意味が、分かるな……レイ?』
魔王の双眸は、口先だけの脅しとは思えない殺気を孕んでいた。
だからこそレイは、即座に結界を解き、狂気の渦中へと我が身を投じたのだ。
「あんたはっ……子供の命を手玉にとって、俺を好き放題……」
その先は言葉にならず、レイは苛烈な目で魔王を睨み付けた。
その視線を受け、魔王は悲痛な表情を浮かべた。
「すまない……。おまえに与えた苦痛を思うと、私は我が身を八つ裂きにしても足らぬ。だが、信じてくれ。私はおまえを得るために彼らを利用したが、危害を加えるつもりはなかった。レイ、どうか信じてくれ」
――本当に、そうだろうか。
レイは訝し気に眉をひそめた。
今までも、時折感じていた。
魔王にどこか、異質な闇に包まれた不可解な部分があることを。
ふとした拍子に感じるその気配を、レイは無意識に、気付かないふりをしてきた。それは危険を回避するために本能が鳴らした警鐘だった。
しかし魔王と生涯を共にする決意をした今となっては、この男の身の内に巣食う闇から、目を逸らし続けることはできそうになかった。
真実を求め、レイは魔王の赤い双眸を覗き込んだ。
その輝きの奥に、何か得体の知れない別の生き物が潜んでいるような気がして、レイは思わず身をすくませた。
「レイ……私が、恐ろしいか……?」
レイの怯えに気付いた魔王が、泣き笑いのような表情で問う。
ためらいがちにレイの頬に触れてきたその手は、とても温かかった。その温もりを確かめるように、レイは魔王の手を握りしめた。
「ああ……恐ろしいよ……」
正直に告白し、魔王の胸に顔をうずめる。
「けど……仕方ないよな……。俺はあんたと一緒に生きていくと、決めたんだから。誰にも、魔王の隣に座る権利を譲りたくないと、強く思ったんだから……。怖いところもあんたの一部なら、それごと受け入れるほか、ないだろ」
「レイ……!」
レイの率直な言葉は、飾り立てたどんな愛の言葉より、魔王の心を揺さぶり、熱くさせた。
ますます愛しさが募り、魔王はレイの体を強く抱きしめた。そしてそのまま寝台に押し倒そうとして、レイの言葉に我に返る。
「魔王、時間、いいのか? 重要な公務があるとか言わなかったか?」
「! くそっ……!」
魔王は舌打ちしてレイから体をもぎ離した。その様子にレイが相好を崩す。
「あんたでもそんな言葉、使うんだな。新しい発見だ」
「……おまえの言葉遣いが移ったのだ」
魔王は決まり悪げに寝台から下りると、傍らの小卓に積まれた衣類をレイに差し出した。
「私と今すぐここから出るなら、これを着ろ」
それはレイが、博士との旅の途中で攫われた日に、身に着けていた服だった。シャツやズボン、マントなど、すべてが揃っており、洗濯され、きちんとたたまれている。他にも、どこにしまわれていたのか、剣や剣帯をはじめ、皮袋に入れて持ち歩いていた荷物のすべてが、揃って置かれていた。
レイは懐かしそうにそれらを手に取った。
あれからもう、何年も経った気がする。実際は、ひと月も過ぎていないというのに。
まさかこんな形で――魔王の申し出を受け、王妃になると決意して――この<最果ての間>から出ることになるとは、予想外の展開で、自分で決意しておきながら、信じ難い。
(俺が王妃……。何かの冗談みたいだ。実感わかないなぁ……。だいたい、俺まだ礼儀作法も……)
レイの戸惑いを見透かしたように、魔王が口を開いた。
「当分の間、おまえが私の妻となったことを秘す。<最果ての間>のことは一切口にするな。おまえは今日、外からこの王宮に到着し、いつものように賓客として滞在することとなる。その間に、サライヤから必要なことを学んでくれ」
「ああ……分かった……」
レイはもぞもぞと服を着替えながら、沈んだ表情で声を落とした。
「でも俺……家に帰らないと。兄さんがどんなに心配するか……」
依頼の旅は、予定通りでいけば、あと20日ほどで終了する。それを過ぎても帰らなければ、フリューイは半狂乱になってレイを捜し始めるだろう。
レイはすっかり旅装束に戻り、履きなれたブーツの留め具をすべてはめ終わると、懇願するような目で魔王を見上げた。
「いつ、俺を家に帰してくれる?」
「……案ずるな、レイ。私もおまえの家族には、近いうちに礼を尽くした挨拶に向かうつもりだ。その機会については、ここを出てから考えるとしよう。――用意はできたか? では、行くか」
「待てよ。シルファを連れて行かないと」
「ああ……そうだったな」
レイはひとつ魔王に頼み事をすると、一人で居間に向かい、長椅子の上で横たわっているシルファに声をかけた。
「シルファ……シルファ?」
人形は目を閉じたまま、ピクリとも動かない。
レイの胸中に、不安がよぎる。
「シルファ!」
優しく揺さぶられ、レイは薄っすらと目を開けた。
「ん……」
寝室の窓から、柔らかい朝の光がさし込んでいる。
レイは眩しさに目をすがめ、視界にぼんやりと魔王の姿を捉えた。
魔王はすでにきっちりと服を着込み、身なりを整えている。
「もう……行くのか? 魔王……」
「ああ。……午前中に重要な公務が入っていてな……。レイ、おまえも私と共に、ここを出るか?」
――ここを出る。
レイはその意味を知り、跳ね起きた。
「解放してくれるのか? 今すぐ、俺を」
「ああ。先程<精霊たち>とも話がついた。おまえは彼らに王妃として認められ、保護の対象となった。この先、王宮内を中心とした彼らの活動圏内において、おまえは常時守られる。私と同じように、人外の力によって」
――もう、ここを出ても安心だ、と魔王は独り言を呟きながら、安堵のため息をついた。
その言葉に、レイは昨日サライヤから聞いた話を思い出した。王妃候補を擁立し、裏から権力を手中にしようと企む輩がいることを。
「そうか……俺、命を狙われる可能性があるんだっけ……」
それを聞き、魔王の表情が硬くなる。
「なぜ、それを知っているのだ?」
「あ……!」
レイはしまった、と息を呑んだ。この件について、サライヤは魔王から口止めされていると言っていたのだ。
「なんで知ってるって……そりゃあ、あれだ、俺の推理だ! 俺の観察眼の鋭さは、すごいだろう!」
「……サライヤがもらしたのか」
「違う、違う! 俺の推理だと言っただろうが!」
魔王は微苦笑を浮かべた。
「焦らずともよい。サライヤを責めはせぬ。……あれにはずいぶん助けられた。思いのほか心労もかけたようで、すまなく思っている」
レイはハッとして、険しい表情で魔王に詰め寄った。
「おい、魔王、サライヤは病気で臥せっていると言ったな。でも昨日俺に会いに来たときは元気だった。……サライヤに、何をしたんだ!?」
魔王はチラリとレイを一瞥したあと、視線をそらせた。
「あれは嘘だ」
「! なっ……嘘だと? どういうことだよ!」
魔王はため息をついたあと、事情をかいつまんで話した。
昨日、レイの元を去ったあと、サライヤは人間の料理人一家が王宮内に招かれているのを知った。更にその一家がレイの知人だと報告を受け、魔王の意図に気付いたサライヤは、凄まじい剣幕で兄をなじった。辟易した魔王は、計画の妨げとなるサライヤを、魔導術を使って眠らせてしまったのだった。
サライヤが無事だと聞いて、レイは胸をなでおろした。
「眠らせた……だけか? ひどいことをしなかったろうな?」
昨日の朝に見せた、魔王の常軌を逸した様子を思い出し、レイの顔が不安げに曇る。
レイの心中を推し量った魔王が、苦笑を浮かべた。
「心配するな。ただ眠らせただけだ。もうとうに目を覚ましているだろう。……今頃、封印扉の向こうで、烈火のごとく怒り狂って私を待ち構えているはずだ……」
「……なんで? 中に入ってくればいいじゃないか……。サライヤは、封印扉の解呪方法を知ってるんだから……」
「私は合言葉を変更した。あれに邪魔されるのを防ぐために……」
「つまり……サライヤとの約束を破ったのか」
そうだ、と頷く魔王に、レイのあきれた声が降り注ぐ。
「それじゃ、彼女に平謝りして、罰を受けるほかないな。覚悟しておけ、魔王」
魔王は渋面を作り、縋るようにレイを見つめた。
「レイ……私の弁護を……」
「するわけないだろう。自業自得だ。それから、ここを出たら、すぐにロワンたちを解放してもらうぞ。……もう人質は必要ないだろ」
「人質など、最初からおらぬ。言ったはずだ。彼らは私に招待され、自らの意思で来たと。これは嘘ではない」
「信じ難いな……。ロワンが『踊るイルカ亭』を離れるとは思えない」
疑惑のこもった目で睨み付けられ、魔王は弁解するように先を続けた。
「……少し前に、ラルカの街で大火があってな……彼らも被害にあって、困っていた。私はそれを、利用したのだ……」
「!! 大火……焼け出されたのか?! ロワンの宿屋は……」
「全焼したそうだ。宿屋の密集していた通りは、焼け野原となったと聞いている」
「全焼……!」
レイはロワンの悲嘆を思い、言葉を詰まらせた。そして嫌な発想にとりつかれ、一瞬ためらったのちに口を開いた。
「魔王……まさか……あんたが火を……」
途端に魔王が気色ばむ。
「そこまで外道な振る舞いはしておらぬ! ただ彼らの不運を、利用しただけだ」
一旦話を区切ると、魔王は悩ましげに、重いため息をついた。
「……おまえの……私への信頼を取り戻すのも、苦労しそうだな……」
レイは唇を引き結び、厳しい表情で魔王を睨み付けた。
「それも、自業自得だ。あんたは……ロワンの子を使って、俺を脅迫した……」
レイの脳裏に、戦慄と共に昨夜の内庭の情景が甦る。
枯れてゆく植物たち、そのただなかで、狂気に燃える男。そして結界に閉じこもるレイに向かって、冷淡な声で告げた、その言葉。
『子供は弱い……。特に人間の子供は、些細な刺激で死んでしまう。だから……守ってやらねばな?……そうだろう、レイ……。怒りに駆られた私を止められるのは、おまえだけだ。……この意味が、分かるな……レイ?』
魔王の双眸は、口先だけの脅しとは思えない殺気を孕んでいた。
だからこそレイは、即座に結界を解き、狂気の渦中へと我が身を投じたのだ。
「あんたはっ……子供の命を手玉にとって、俺を好き放題……」
その先は言葉にならず、レイは苛烈な目で魔王を睨み付けた。
その視線を受け、魔王は悲痛な表情を浮かべた。
「すまない……。おまえに与えた苦痛を思うと、私は我が身を八つ裂きにしても足らぬ。だが、信じてくれ。私はおまえを得るために彼らを利用したが、危害を加えるつもりはなかった。レイ、どうか信じてくれ」
――本当に、そうだろうか。
レイは訝し気に眉をひそめた。
今までも、時折感じていた。
魔王にどこか、異質な闇に包まれた不可解な部分があることを。
ふとした拍子に感じるその気配を、レイは無意識に、気付かないふりをしてきた。それは危険を回避するために本能が鳴らした警鐘だった。
しかし魔王と生涯を共にする決意をした今となっては、この男の身の内に巣食う闇から、目を逸らし続けることはできそうになかった。
真実を求め、レイは魔王の赤い双眸を覗き込んだ。
その輝きの奥に、何か得体の知れない別の生き物が潜んでいるような気がして、レイは思わず身をすくませた。
「レイ……私が、恐ろしいか……?」
レイの怯えに気付いた魔王が、泣き笑いのような表情で問う。
ためらいがちにレイの頬に触れてきたその手は、とても温かかった。その温もりを確かめるように、レイは魔王の手を握りしめた。
「ああ……恐ろしいよ……」
正直に告白し、魔王の胸に顔をうずめる。
「けど……仕方ないよな……。俺はあんたと一緒に生きていくと、決めたんだから。誰にも、魔王の隣に座る権利を譲りたくないと、強く思ったんだから……。怖いところもあんたの一部なら、それごと受け入れるほか、ないだろ」
「レイ……!」
レイの率直な言葉は、飾り立てたどんな愛の言葉より、魔王の心を揺さぶり、熱くさせた。
ますます愛しさが募り、魔王はレイの体を強く抱きしめた。そしてそのまま寝台に押し倒そうとして、レイの言葉に我に返る。
「魔王、時間、いいのか? 重要な公務があるとか言わなかったか?」
「! くそっ……!」
魔王は舌打ちしてレイから体をもぎ離した。その様子にレイが相好を崩す。
「あんたでもそんな言葉、使うんだな。新しい発見だ」
「……おまえの言葉遣いが移ったのだ」
魔王は決まり悪げに寝台から下りると、傍らの小卓に積まれた衣類をレイに差し出した。
「私と今すぐここから出るなら、これを着ろ」
それはレイが、博士との旅の途中で攫われた日に、身に着けていた服だった。シャツやズボン、マントなど、すべてが揃っており、洗濯され、きちんとたたまれている。他にも、どこにしまわれていたのか、剣や剣帯をはじめ、皮袋に入れて持ち歩いていた荷物のすべてが、揃って置かれていた。
レイは懐かしそうにそれらを手に取った。
あれからもう、何年も経った気がする。実際は、ひと月も過ぎていないというのに。
まさかこんな形で――魔王の申し出を受け、王妃になると決意して――この<最果ての間>から出ることになるとは、予想外の展開で、自分で決意しておきながら、信じ難い。
(俺が王妃……。何かの冗談みたいだ。実感わかないなぁ……。だいたい、俺まだ礼儀作法も……)
レイの戸惑いを見透かしたように、魔王が口を開いた。
「当分の間、おまえが私の妻となったことを秘す。<最果ての間>のことは一切口にするな。おまえは今日、外からこの王宮に到着し、いつものように賓客として滞在することとなる。その間に、サライヤから必要なことを学んでくれ」
「ああ……分かった……」
レイはもぞもぞと服を着替えながら、沈んだ表情で声を落とした。
「でも俺……家に帰らないと。兄さんがどんなに心配するか……」
依頼の旅は、予定通りでいけば、あと20日ほどで終了する。それを過ぎても帰らなければ、フリューイは半狂乱になってレイを捜し始めるだろう。
レイはすっかり旅装束に戻り、履きなれたブーツの留め具をすべてはめ終わると、懇願するような目で魔王を見上げた。
「いつ、俺を家に帰してくれる?」
「……案ずるな、レイ。私もおまえの家族には、近いうちに礼を尽くした挨拶に向かうつもりだ。その機会については、ここを出てから考えるとしよう。――用意はできたか? では、行くか」
「待てよ。シルファを連れて行かないと」
「ああ……そうだったな」
レイはひとつ魔王に頼み事をすると、一人で居間に向かい、長椅子の上で横たわっているシルファに声をかけた。
「シルファ……シルファ?」
人形は目を閉じたまま、ピクリとも動かない。
レイの胸中に、不安がよぎる。
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