幻想彼氏

たいよう一花

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Act 1

29. 二人で浜辺を歩く

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まだ泳ぐには早い季節のため海岸沿いにはひと気が無く、波の音だけが漂っていた。まるで二人だけのプライベートビーチのようだ。砂を吐くほどロマンチックな雰囲気で、皓一は背中がむず痒くなってきた。照れくさすぎて、つい茶化したくなってしまう。

「あ~……なんだ、糖度高すぎて血糖値スパイクが起こりそうだな。海辺の散策がこれほど危険とは思わなかったぞ」

「確かに危険だな。俺はドキドキし過ぎてエネルギー消費が半端ないぞ。腹が空いてきたから捕縛している恋人(スイーツ)を摂取して血糖値を上げないと倒れそうだ」

真也の絶妙な返しに、皓一はクスクス笑いながら言った。

「あほだろ、おまえ。何か食いに行こうか。ホテルに着く前に車で通ったとこらへん、店がいっぱい並んでて賑やかだったな。おまえ、何食べたい?」

そう聞きながら、あれ……?と、皓一は不思議に思った。

(真也の好物、何だっけ……? 和食、洋食、中華……。どれが一番好きなんだっけ? 嫌いな食材、料理……あったっけ?)

真也の方は皓一の好きな居酒屋メニューを記憶していたことを思い出し、皓一は頭を傾げた。

(そういえば、俺は真也のことを、あまり知らない……)

5年も付き合ってきたのに、不思議だった。真也を自分の分身のように身近に感じるのに、彼の過去のことをほとんど知らないのだ。どういう生い立ちだったのだろう。

(確か両親は5~6年前くらいに亡くしているはずだ。俺と知り合うちょっと前に……。真也は一人っ子で、資産家だった両親の莫大な遺産を一人で引き継いだんだよな。真也の親御さんって、どんな感じだったんだろう。やっぱり美男美女だったんだろうか……。きっと大きな洋館みたいなとこに住んでたんだろうな。そうそう、イメージとしては貴公子みたいな犬がいてさあ……。あれ、真也って犬と猫、どっちが好きだっけ?)

そんな風に皓一がグルグル想像していると、真也が繋いだ手をギュッと握りしめて問いかけてきた。

「俺は、何でもいい。おまえは何が食べたい? ホテルのレストランも各ジャンル揃っていたはずだ。それともB級グルメの食べ歩きでもするか? 表通りに色々あるはずだ」

「お、俺は……おまえの食べたいもの、食べたい。なあ、何が一番好きか、教えてくれよ……」

(真也のこと、知りたい。もっと、もっと知りたい……)

ひたむきにそう思った皓一は、懇願するような目で真也を見上げた。その視線を受け止めながら、真也は柔らかく微笑んで、囁いた。

「おまえと食事出来るなら、それが何であれ俺にとっては最高のご馳走だ」

「何だよそれ、大昔の洋画に出てくるジェントルマンの模範解答みたいな……くそ甘いセリフ……」

来た道を引き返し、ホテルの方向へと歩きながら、皓一は思い切って訊いてみることにした。

「真也……あのさ……。おまえ、犬と猫、どっち派? 飼ったことある? 手帳を選ぶときさ、何色にする? 目玉焼きにかけるのは、しょうゆ、ソース、塩コショウ、ケチャップ? あ、マヨネーズも有りだよな? 子どもの頃、どんな遊びが一番好きだった? そ、それと……思い出すのが辛くないなら、教えてくれ。おまえのご両親、どんな人だった?」

真也は微笑んで皓一の怒涛のような質問群を静かに聞いていたが、皓一の言葉が途切れてもしばらく無言だった。皓一は真也の返答を待たずに慌てて、再び口を開いた。

「ごめっ……俺、いっぺんに訊き過ぎだよな。悪い、無理して答えなくていいから!」

「いや、何から答えようか迷っただけだ、気にするな。順番通りいくぞ? 犬も猫も嫌いじゃないが飼ったことはない。手帳は色より機能で選ぶ。目玉焼きは食べたことが無い。子どもの頃好きだった遊びは、数字パズルだ。両親は…………」

真也は一瞬、言葉を途切らせたのち、続けた。

「おまえに話せるような、両親とのいい思い出がない……」

皓一は心臓をギュッと掴まれたような痛みを感じ、不躾な質問をしたことを後悔した。

「ごめん! 俺っ……舞い上がり過ぎて……。配慮が足りなかった。ほんとごめん……」

泣きそうな顔をする皓一を、真也はそっと抱き寄せ、沁み込むような優しい声で言った。

「謝らなくていい。何でも訊いてくれ。遠慮することはない。ただ、過去のことには答えられないこともある、それは勘弁してくれ。……過去に思いを馳せるより、俺は今、この瞬間を大切にしたいんだ。おまえと一緒にいられる、この時間を。おまえは俺の奇跡だよ。おまえに出会って初めて……」

真也は震える息を吐き出すと、続けて言った。

「初めて、生まれてきて良かったと思った」

再び、きゅううぅっ、と、皓一の胸が痛んだ。先程の胸の痛みと違い、愛されているという幸福感からくる甘美な痛みも追加されていた。
それにしても、なんて悲しいことを言うのだろう……と思いながら、皓一は真也を抱きしめ返した。愛のない家庭だったのだろうか。子ども時代に何があったのか訊きたいが、悲しい過去なら掘り起こさずにそっとしておく方がいい。そう思うともう、何も訊けなかった。
皓一は真也の胸元に顔を埋めたまま言った。

「真也、俺にとっても、おまえとの出会いは奇跡だよ。……なあ、初めて会った日のこと、覚えてるか」

「もちろんだ。……ラーメン屋……」

「そう、ラーメン屋。おまえ、いきなり路上で俺に訊いてきたんだったよな。この辺でうまいラーメン屋、知ってますかって……」

「……ああ…………。そう……だな…………」

真也の目が、どこか遠くを彷徨っているような様子で焦点を失くす。それに気付いた皓一が、真也に問いかけた。

「ん、どうした、真也?」

真也はハッとして、物思いから覚めたような表情をして皓一を見ると、にっこり笑って言った。

「いや……何でもない。ラーメン、食べたくなってきた」

「おお、いいぞ。……待てよ……この辺、ラーメン屋あるのかな……雰囲気的に無さそうだよな……」

「探しに行こう、皓一。宝探しだ。路地に小道、裏通り。家の間を縫うような情緒あふれる階段を上りきった先に、意外な発見があるかもしれないぞ? 俺たちはブラブラ街歩き、得意だろ?」

真也の提案に、皓一は目を輝かせた。

「ああ、行こう!」

(そうだ、いつもそうやって、見知らぬ町を探検してた。――真也と、二人で)

皓一はワクワクと胸を躍らせながら、真也と目を見交わして笑い合った。

(ああ……どうしてだろう? 何度もこうやって一緒に歩いたはずなのに、初めてのような気がする。…………手を、繋いでるせいかな?)

皓一は無意識に、繋いだ手にギュッと力を込めた。店の立ち並ぶ通りに出れば、人通りは多くなる。手を、離さなくてはいけない。
皓一の手をギュッと握り返し、真也が呟いた。

「離したくないな……」

「! ……俺も、今そう思ってた」

頬を染めて恋人を見上げた皓一の目を、真也は柔らかく微笑んで受け止めた。
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