上 下
150 / 250
第十六章 救出作戦(ルーカス/ミランダルート)

150.読唇術

しおりを挟む
頭領オヤジ、ちょっと、よろしいでしょうか……?」


 入口の扉が音も無く開くと、その扉の隙間から、頭領テオドロスを呼ぶ声が聞こえて来た。


「……おぉエニアスか、早かったな。もう、は終わったのか?」


 呼ばれた方の頭領テオドロスは、自分の座る椅子の背もたれに片肘をつき、声のした方へと振り返る。


 ここは、マロネイア家の北門近くにある守衛所。

 エニアス達が、奴隷三人のをしている最中さなか、テオドロスは、早々にこの守衛所の方へとやって来て、ヨルゴスら、守衛の兵士なかま達と一緒に、酒を酌み交わしていたのである。

 途中、遅れてやって来たタロスが参加する頃には、既に宴会の様相を呈していた。

 そんな中、入り口の扉がもう少しだけ開かれ、そこからエニアスの顔が覗く。


「えぇ、滞りなく」


 エニアスはそう声に出して告げた後、他の兵士達に見られない様、細心の注意を払いながら、唇だけを動かして、別の言葉をしゃべり始めたのだ。


(すみません、お伝えしたい事が……)


 もちろん、エニアスは『声』を発していないのだから、話す内容は、タロスを含む他の兵士達に聞こえるはずも無い。しかも、上手く扉の陰を使う事で、エニアスの口元すら見えない様に配慮されていた。


「んん?……」


 しかし、扉の方へと正対するテオドロスからは、エニアスのその口元が良く見える。

 そして、彼の口元を見たテオドロスは、直ぐにその意図を把握した様だ。

 それは、マヴリガータのギルドメンバーが得意とする読唇術で、当然、ギルドの頭領であるテオドロス本人も、習得している技の一つであった。

 そんな中、良い具合に酒の回ったタロスが、扉の向こう側にいるエニアスに向かって、話しかけて来る。


「おい、エニアス。どうせ細かい事は、舎弟にやらせてるんだろ? そんな外にいないで、お前も中に入って来いよ」


 気の早いタロスは、直ぐ横で飲んでいた兵士の一人を捕まえて、早速新しいコップを取りに行かせようとしている。


「いいえ、実は私、かなり汚れておりやして、皆様をご不快にさせる訳には参りやせん。ですから、このままで失礼致しやす」


 遠慮がちながらも、毅然とその申し出を辞退するエニアス。


「ははぁ、なるほどなぁ」


 タロスの方も、エニアス達が何をしていたのかについては、十分に承知している。

 それは、そうだろう。

 奴隷三人の後始末を頼んだのは他の誰でも無い、このタロス本人なのである。

 その所為なのか、タロスはそれ以上無理強いをする事も無く、簡単に引きさがってくれた。


「へぇ。お気遣い、ありがとうございやす」

頭領オヤジ、どうやら、ルーカスの女に何かあった様です)


 タロスに向かって感謝の言葉を述べるとともに、唇だけで事の真相を明かすエニアス。


「そうかぁ……で、どうしたんだ?」

(そうらしいな。俺も今タロスに聞いたんだが、どうやら娘の洗礼は明日らしいぞ)


 当然、テオドロスも同じ事が出来る。早速宴会の最中に仕入れた情報を、エニアスへと伝える。


「へぇ、結構散らかしちまったもんで、もうしばらく、後片付けにお時間いただきたく、ご報告に参りやした」

(そうですか……、どうしやしょう。今、二人が様子を探りに行ってやすが)


 最終的な判断をテオドロスに委ねるエニアス。


「あぁ、そうかい。分かったぜぇ」

(仕方ねぇな。今夜、このまま麻袋に突っ込んで、持って帰るか)


 テオドロスも百戦錬磨の男である。即断即決。計画の『有る無し』に関わらず、ミランダ奪還作戦の実行を指示。


「ありがとう存じやす。頭領オヤジ

(それじゃあ、早速さらって参りやす)


 エニアスの方も、その言葉には全く動揺が感じられない。淡々とその命令を受託するのみ。


「まぁ、あんまり汚して行くのも何だからな、しっかり後片付けして、終わったら、もう一回ここまで呼びに来てくれ。それまでここで、タロス達と飲んでるからよ」

(タロスのヤツは、俺がここで足止めしとくからよ)


 なにしろ、一番の厄介は、タロス本人であろう。あまり時間が掛かってしまっても怪しまれるし、なによりも、一番の手練れだと言って良い。運悪くタロス本人と下手な所で鉢合わせでもしようモノなら、言い訳する間も無く、ジ・エンドである。

 そういう意味では、テオドロスがここでタロスに時間を忘れさせるぐらい酒を飲ませ、『足止め』してくれていると言う事は、大いに作戦の成功を左右する要因の一つと言って良いだろう。


「へい。それじゃあ、小一時間ほど、お時間を頂戴致しやす」


 エニアスは、何気にタイムリミットを宣言した上で、そっとその扉を閉めたのであった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,172pt お気に入り:33

異世界ライフは山あり谷あり

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,208pt お気に入り:1,552

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:520pt お気に入り:387

勇者のお仕事二巻【旅情激闘編】

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

春の訪れ

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,810pt お気に入り:4,186

処理中です...