侍乙女婚活譚 ~拙者より強い殿方を探しています~

十三岡繁

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第3話  旗本奴

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「残念です。長男ではなく独身で剣の腕も立つ。しかしあなたでは私には勝つことができないでしょう……」
「いかにも私は次男で独身ですが、それが勝負とどの様に関係するというのか?」
「論より証拠。いざ、かかって参られよ」

 累の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、沖田の木刀の剣先が累を襲う。そう、坂本無限流の真髄はこの初動の素早い突き技にある。しかしその剣先は宙を刺しただけで、次の瞬間に累の木刀は沖田の右胴を見事横から捉えていた。そうしてそのまま木刀は振り抜かれる。剣道で言えば突き抜き胴とでも呼ぶべき動きであった。

 木刀で胴を打たれただけの沖田であったが、その衝撃は凄まじく体は床へと沈みこむ。これが真剣であったなら沖田の胴は真っ二つに斬られていた事であろう。

「見事な突きでした。それを避けられるものはそうはいないでしょう。婿としても条件的には申し分ない」
 そう言って累は膝をついている沖田の方を見る。
「……しかしながら貴方の面相がどうにも……どうにも拙者の好み的にはなし寄りのなしでござった。そうなると負けるわけには行きません。そういう時はいつもの数倍の集中力を発揮してしまうのです」

 累はそう言ってから道場主坂本重三郎の方を見て片目をつぶって見せた。

 坂本重三郎は苦笑いをするしかなかった。

●●●●●●●●●●●●●●●●

  中沢累は古河藩(現在の茨城県)の剣術指南役である中沢直光の娘としてこの世に生を受けた。男兄弟はいなかったので、女ながらに幼少の頃より父から剣術を叩きこまれて来た。しかし家を継ぐための婿を取る前に父親は病死してしまう。今は残された累の母親の実家の支援などでお屋敷は残っているものの、このままではお家は完全に断絶となってしまう。

 父親の遺言は二つあった。決して中沢家の血を絶やさぬこと、そうして婿に迎えるのは娘の累を超える剣技の持ち主でなければいけないという事だ。父亡き後もお家再興を目指して累は婿探しを続けていた。しかし地元古河藩には目ぼしい者はいない。そこで江戸の町に行けば人間も多い事から直ぐにそような人物にも巡り合えるだろうと思いたったのだ。江戸では父親が若い頃に修行をした、両国の緒方道場に厄介になっていた。
 
 屋敷に戻ると座敷で緒方一刀斎が待っていた。累も座敷に入るとその向かいに座り、女中のお絹さんが入れてくれた茶を啜っていた。
「で、いかがだったかな坂本道場は? 規模は小さいながらも中々に腕の立つ若者がいると聞いておる」

「はい、緒方先生、大変に素晴らしい剣技をお持ちの方がいらっしゃいました。しかし私の……求めている殿方ではありませんでした」

「まぁ着いた早々、すぐに道場破りに行くというのには面食らったが、手合わせできた様なら幸いだった。しかし坂本道場のものではやはり相手にはならなかったようだのう……」

「私はまだ勝ったとも負けたとも申しておりませんが……」

「いくら木刀での勝負と言えども、打ち身一つ負っている様には見えんよ。大方一太刀も浴びずに勝負は着いたのだろう。流石は中沢の娘という事か……」
「父上はそんなにも強かったのですか?」
「お主も幼少より手合わせをしていたならお分かりだろう。今日やり合ったものとも全く比べ物にならなかったのではないか? しかし中沢もまた無理難題をお主に残したものだのう。あやつぐらい腕の立つものなど、この広い江戸にも果してどれくらいいるものか……しかも、ただ強いというだけではなく長男でなく、独身ともなれば更に人数は絞られる」

「……それで、あの大変申し上げにくいんですが、できれば面相も心持ち優れたお方でないと、私も俄然力が入ってしまうというかその……」

「うむ、まぁ年頃の娘であればそこもまた仕方のない部分があるかもしれんな。自分が一生を添い遂げる婿なのだからな。しかしそうなるとますます人間が絞られてしまう。これは表の人間だけではどうにも選びようが無いような気がするな」

「表とおっしゃいますと?」
「何事も表があれば裏がある。武術を追い求めるものは、町道場など表立って剣技を研鑽しているものだけではないという事じゃよ。むしろそういう者達の中にこそ本物の強者がおるものだ」
「そう言った殿方にはどこに行けばお会いできるのでしょうか?」
「まずは御公儀ならば御庭番だろう。しかし彼らは隠密だから、正体も分からないし会いようがない。他には……名うての浪人が集まると言えば掛け試合あたりだろうか、しかし強ければなんでもいいというわけでもなかろう?」

「私も女ながら浪人と言えば浪人の様な立場ですから、偏見はございません。……そうですか、掛け試合ですか……」
「いや、大規模な掛け試合の胴元となると博徒が絡んでおるだろう。到底全うとは言えまい。やはりまずは地道に町道場を訪ねて回るしかないのではないか?」

「そうですね。まずは目ぼしいところをまわらせて頂こうかと思います。その中で仕事の口が見つかれば必ずや先生に下宿代も払わせて頂きます」
「ああ、金の事なら心配するな。他でもない中沢の娘さんだ。儂にとっては孫弟子にも等しい。今はこの広い屋敷に儂以外は女中のお絹が一人いるだけだ。家の事などを手伝ってもらえればそれで十分だ」

「お申し出はうれしいのですが、そういうわけにも行きません。ただ、今手元には持ち合わせがあまりございませんので、もう少々お待ちください。……ところで一刀斎様はもうお弟子はおとりにならないんですか?」
「ああ、もう道場を閉めてから三年は経つ。若い頃の無理がたたってあちこちにガタが来ておる。折角この屋敷にも稽古場があるのに、相手をしてやれず申し訳ないな。おお、そう言えば儂の弟子で江戸で道場を開いているものもおるぞ。そこに独身で長男ではない強者がいるかどうかは分からないが、道場主はお前さんの父上とは兄弟弟子に当たるので、色々と昔の話が聞けると思う。儂の場合は師匠と弟子なのでそこまで込み入った話は知らんからのう。うむ、そこであれば道場破りの体を取る必要もあるまい」
「ああ、父の兄弟子の斎藤殿ですね。話は常々父より聞き及んでおりました」


 翌日累は緒方一刀斎から教えてもらった、父親の兄弟子である斎藤伝次郎が開いているという道場に向かって歩いていた。場所は緒方の屋敷から二里(8Km)ほど離れたところだ。ゆっくり歩くと一亥(約二時間)はかかる。昨日は江戸に到着して両国のあたりをうろついただけなので、江戸の町をじっくりと見るのはそれが初めてだった。江戸時代は人口の八割以上がが農民である。武士も町民もそれぞれ1割以下であるが、流石に江戸の町は大きくて、町民で溢れている。古河藩から出てきたばかりの累は、これほど多くの町民が一つ所で暮らしているのを見たことが無かったので、いささか面を喰らってしまった。
 しかしその江戸の町であっても道中には人気の少ないところもある。あらかた目的の道場も近いと思ったところで、まだ明るいうちだというのに町娘が数人の若者にしつこく誘われているのに遭遇した。

 若者たちは腰に帯刀しているので武士なのだろう。しかし武士とは言ってもかなり派手な服装をしている。古河藩で生まれ育った累もその噂は聞いていたが、これが旗本奴と呼ばれる輩なのかと思った。旗本とは将軍家直属の幕臣であるが、聞くところによれば彼らは派手な服装をしては徒党を組み、悪さばかりしているらしい。
 表通りではあるので、数は少ないが町行く人の姿もある。しかし全員が関わらないように見て見ぬふりをしている。

「ほぉ、そなた達が噂に聞く旗本奴とやらか。初めて見るが確かにかぶいておるのう。しかしそこの御婦人は嫌がっている様にも見えるぞ?」
 累は彼らに聞こえるようにわざと大きな声でそう言った。

 その言葉に男たちの中でも一番体格のいい男が反応した。
「何だお前は! 男の様ななりをしているがその長い髪……化粧もしているな。紅などさしおって、お前女だろう。女のくせに武士の様な格好でお前の方がよほどかぶき者だろうが」 
「うむ、武士ではあるが女性としての魅力というものも常に意識をしておかねばならぬからな。しかし江戸という所の男は、大勢集まらねば意中の女に声を掛けられぬほどの腑抜けぞろいなのかな?」 
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