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第4話 兄弟弟子
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「何だと、このアマ!!」
そういうと男は左腰に刺した本差しの黒い柄の部分に右手を掛ける。しかしその瞬間一陣の土埃と共に累の体は男のすぐ横まで移動していた。そうして男の刀に掛けた右腕の上に、自分の刀の白い柄の部分をあてがって動きを封じた。
「ふむ。近くで見ても無し寄りの無しだな……ここで抜刀されるという事は果し合いを申し込まれたと受け取って良いのかな? 他の方々が見届け人という事で宜しいか?」
累は男の顔に向けた視線はそらさずにそう言った。男の柄にかけた右腕は震えている。すぐさま男は身を引いて、刀からも右手を外した。
「フン、今日は興ざめだから見逃してやる。 覚えていろよ!」
「貴殿の様な者たちの中にも腕の立つものはいるのだろう。私は今両国の緒方道場跡に居候している。果たし状ならいつでも歓迎するので是非お持ち頂きたい。……できれば独身で長男以外で頼む」
男たちはそれには返答せず、舌打ちをしてその場から立ち去って行った。男たちが立ち去ると先ほど絡まれていた町娘が累に声を掛けてきた。
「お侍さん……で宜しいんでしょうか? お助けいただきありがとうございました」
「人を斬ると研ぎに出さないといけなくなるので、何事も無くて良かったですよ。あの連中はここいら辺の者なんですか?」
「刀の柄の所に赤い紐がくくられていましたので、あれは赤柄組の者ですね。根は悪い方々では無いんですが、女好きが集まっていてそのあたりはたちが悪いんです。まぁ中にはキャーキャー騒いでいる町娘もいるんですけどね。そういうのは逆に嫌みたいです。お侍さんも器量良しなので気をつけられた方がいいですよ」
「ご忠告有難うございます。お互い器量が良いというのも困りものですね」
そう言って累は高笑いをした。
「しかしあの程度の輩であればご心配には及びません。……ところでこのあたりで天流剣術道場というのをご存知ありませんか?」
「ああ、それでしたらすぐそこですからご案内いたします」
そう言って娘は自分の後を付いてくるように累に言った。娘は黄色に縦に線模様の入った着物を着ていた。髪には赤や白の飾りがついたかんざしを挿している。累は娘の後ろ姿を見ながら自分の地味な服装と見比べて、やはりあのような格好の方が殿方からは人気が出るのかもしれないなと思った。
●●●●●●●●●●●●●●●●
累は昨日の坂本無限流道場と同じく天流剣術道場でも奥座敷に案内されていた。
「お父上、中沢殿には誠に残念なことで御座いましたな」
道場主でもあり師範でもある斎藤伝次郎は累に向かってそう言った。
「父とは緒方道場を出た後も交流があったのでしょうか?」
「中沢殿が住まわれる古河藩とでは、近いとはいってもそれなりに距離はある。そうそう簡単に行き来も適いませんからな、書面でやり取りする程度でした。しかしそれでもあなたが生まれ育っている事は知っておりましたし、立派に成長された姿を見て拙者も感無量です……まだあなたが子供の頃、中沢殿からうちには娘が一人いるだけなので、二人もいるならお前の所から一人婿によこしてくれないかと、嘘か本気か分からない様な申し出もございました」
そう言って斎藤は笑った。
「それで斎藤殿は何とご返信を」
累は笑い返す事もなく、真面目な顔で食い気味に問いかける。累の反応に斎藤は少し驚いたが、
「いや、まぁそういう事あるかもしれないなと返したら中沢殿から、但しうちの娘を超える剣技の持ち主でないといけないので、よく鍛錬しておいてくれとも言われました。下の子はなかなか熱心に稽古に励んでおりますが、上の息子の方は才はあるものの遊び惚けております。二人とも武術では、とてもあなたの相手にはならないでしょうな」
「まだ何もしていないのに、私の力がお分かりになるのですか?」
「手合わせなどせずとも、歳を重ねれば相対した人物の所作を見ただけで、どれほどの実力を持っているのかは伺い知ることができます。あなたは私を前にして、いつでも動けるように体全体で筋肉の緊張は解いておりませんな。もっと楽にして頂いて結構ですよ」
斎藤はそう言ってからまた笑った。
「そういう斎藤殿も先ほどから何度切りかかっても避けられるところしか想像できませんね。一切の警戒を解いているようには見えませぬ。私の様な年頃の娘を前にしてそれはいささか失礼ではありませんか」
そう言って累も笑った。
その時だった、突然障子を開けて道場の方から来たであろう若者が入ってきた。
「父上、道場破りです!!」
「おお、新之助か、累殿先ほど話した我が家の次男坊です」
斎藤がそう言うと新之助は累に軽くお辞儀をしてから、また言葉を続けた。
「とにかく道場破りです。最近噂の元宇都宮藩指南役、堀内鉄舟でしょう。私では相手になりそうもないです」
そういうと男は左腰に刺した本差しの黒い柄の部分に右手を掛ける。しかしその瞬間一陣の土埃と共に累の体は男のすぐ横まで移動していた。そうして男の刀に掛けた右腕の上に、自分の刀の白い柄の部分をあてがって動きを封じた。
「ふむ。近くで見ても無し寄りの無しだな……ここで抜刀されるという事は果し合いを申し込まれたと受け取って良いのかな? 他の方々が見届け人という事で宜しいか?」
累は男の顔に向けた視線はそらさずにそう言った。男の柄にかけた右腕は震えている。すぐさま男は身を引いて、刀からも右手を外した。
「フン、今日は興ざめだから見逃してやる。 覚えていろよ!」
「貴殿の様な者たちの中にも腕の立つものはいるのだろう。私は今両国の緒方道場跡に居候している。果たし状ならいつでも歓迎するので是非お持ち頂きたい。……できれば独身で長男以外で頼む」
男たちはそれには返答せず、舌打ちをしてその場から立ち去って行った。男たちが立ち去ると先ほど絡まれていた町娘が累に声を掛けてきた。
「お侍さん……で宜しいんでしょうか? お助けいただきありがとうございました」
「人を斬ると研ぎに出さないといけなくなるので、何事も無くて良かったですよ。あの連中はここいら辺の者なんですか?」
「刀の柄の所に赤い紐がくくられていましたので、あれは赤柄組の者ですね。根は悪い方々では無いんですが、女好きが集まっていてそのあたりはたちが悪いんです。まぁ中にはキャーキャー騒いでいる町娘もいるんですけどね。そういうのは逆に嫌みたいです。お侍さんも器量良しなので気をつけられた方がいいですよ」
「ご忠告有難うございます。お互い器量が良いというのも困りものですね」
そう言って累は高笑いをした。
「しかしあの程度の輩であればご心配には及びません。……ところでこのあたりで天流剣術道場というのをご存知ありませんか?」
「ああ、それでしたらすぐそこですからご案内いたします」
そう言って娘は自分の後を付いてくるように累に言った。娘は黄色に縦に線模様の入った着物を着ていた。髪には赤や白の飾りがついたかんざしを挿している。累は娘の後ろ姿を見ながら自分の地味な服装と見比べて、やはりあのような格好の方が殿方からは人気が出るのかもしれないなと思った。
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累は昨日の坂本無限流道場と同じく天流剣術道場でも奥座敷に案内されていた。
「お父上、中沢殿には誠に残念なことで御座いましたな」
道場主でもあり師範でもある斎藤伝次郎は累に向かってそう言った。
「父とは緒方道場を出た後も交流があったのでしょうか?」
「中沢殿が住まわれる古河藩とでは、近いとはいってもそれなりに距離はある。そうそう簡単に行き来も適いませんからな、書面でやり取りする程度でした。しかしそれでもあなたが生まれ育っている事は知っておりましたし、立派に成長された姿を見て拙者も感無量です……まだあなたが子供の頃、中沢殿からうちには娘が一人いるだけなので、二人もいるならお前の所から一人婿によこしてくれないかと、嘘か本気か分からない様な申し出もございました」
そう言って斎藤は笑った。
「それで斎藤殿は何とご返信を」
累は笑い返す事もなく、真面目な顔で食い気味に問いかける。累の反応に斎藤は少し驚いたが、
「いや、まぁそういう事あるかもしれないなと返したら中沢殿から、但しうちの娘を超える剣技の持ち主でないといけないので、よく鍛錬しておいてくれとも言われました。下の子はなかなか熱心に稽古に励んでおりますが、上の息子の方は才はあるものの遊び惚けております。二人とも武術では、とてもあなたの相手にはならないでしょうな」
「まだ何もしていないのに、私の力がお分かりになるのですか?」
「手合わせなどせずとも、歳を重ねれば相対した人物の所作を見ただけで、どれほどの実力を持っているのかは伺い知ることができます。あなたは私を前にして、いつでも動けるように体全体で筋肉の緊張は解いておりませんな。もっと楽にして頂いて結構ですよ」
斎藤はそう言ってからまた笑った。
「そういう斎藤殿も先ほどから何度切りかかっても避けられるところしか想像できませんね。一切の警戒を解いているようには見えませぬ。私の様な年頃の娘を前にしてそれはいささか失礼ではありませんか」
そう言って累も笑った。
その時だった、突然障子を開けて道場の方から来たであろう若者が入ってきた。
「父上、道場破りです!!」
「おお、新之助か、累殿先ほど話した我が家の次男坊です」
斎藤がそう言うと新之助は累に軽くお辞儀をしてから、また言葉を続けた。
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