侍乙女婚活譚 ~拙者より強い殿方を探しています~

十三岡繁

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第6話 果し状

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「素晴らしい。まるで昔の中沢殿と手合わせをしているようだ。よくぞここまで精進なされたものだ。しかし手加減は無用に願いたい。中沢殿と同じくあれが使えるのであろう」
 斎藤のその言葉を聞いて累は頷くと、大きく息を吸ってからゆっくりと吐きだした。彼女の両の瞳は真紅へと変化していく。
「やはり同じですな」
 斎藤はにやりと笑うと、四方八方から累に打ち込んで行く。しかし今度は昼間の堀内に斎藤がしていたように、木刀も使わずに全てを累に避けられてしまった。そうして最後には累の放った左胴が斎藤を捉えた。斎藤は打たれた脇腹を抑えながらうずくまる。そうして
「お見事!!」
 と、叫んだ。

 手合わせが終わって、道場の正面に顔を向けて三人は正座をする。正面、相互の二礼を終えると、新之助が父親に問いかけた。
「父上、最後累殿の動きが変わったように見えましたが?」
「うむ。あれが累殿がお父上から受け継いだ合気の才だ。お前も多少は相手の気に合わせられるようになって来ただろう。しかし中沢殿のそれは常識を超えている。こちらの動きは全て予測されていると言ってもいいだろう。……予測とは違うな。知られているのだ」

「己が動く前に、それらが全て相手に知られているという事ですか?」
「まぁその様なものだな」
 斎藤は新之助にそう言うと、横にいる累の方を見てこう言った。
「久々に面白い立ち合いが出来ました。それでいつから当道場にいらして頂けるのでしょうか?」

「その前にひとつお聞きしてよろしいですか?」
「なんでもお聞きください」
「ご不在のご長男は新之助殿に面相がにていらっしゃるのでしょうか?」
「ああ、丈一郎ですか。それは兄弟なのでそうでしょうな」
「なるほど、それはお会いするのが楽しみですね。……しかし長男ですか……実に惜しい」

 新之助は不思議そうな顔で累を見ている。彼はまだ歳こそ元服にも届いていないが、その見た目は現代であれば間違いなくイケメンへの成長を期待させるものであった。

●●●●●●●●●●●●●●●●

 累は斎藤の道場から二時間をかけて緒方の屋敷まで戻った。両国まで帰り着く頃にはもちろん日はとっぷりと暮れていた。お絹さんが用意してくれていた夕食を頂いていると、緒方一刀斎が現れた。
「緒方先生、斎藤先生のところで働かせていただけることになりました」
「おお、そうかそうか……つまり斎藤と勝負して勝ったという事だな。斎藤でも勝てないとなると、いよいよもって婿探しは難しくなりそうだな。いや、まぁそれはいいとして夕刻位に若者が果たし状を持ってきたぞ」

 そう言って緒方は紙を折って束ねられた書状を累に渡した。そこには確かに果たし状と書いてある。
「まだ江戸に着いてから昨日の今日だというのに、色々とせわしないのう。一体どこでどうすればそんな話になるのやら」
「実は本日斎藤先生の道場に行く際に、旗本奴とかいう輩とひと悶着ありまして、勝負ならいつでも受けると言ってしまったんです。まさか本当に挑んで来るとは思いませんでしたが……しかもその日のうちですか」
「ああ、旗本奴か。あの連中には幕府も頭を抱えているからのう。しかしいかに果し合いであっても立会人がいないと、相手を斬り殺せば面倒な事になるだろう。精々腕一本を取るぐらいにしておかんといかんぞ」
「本日斎藤道場にも道場破りが参りましたが、斎藤先生の戦わずして勝つ強さは素晴らしい物でした。私もそのように致したいと思います」
「ふむ、どのような相手であっても心の持ちようでは鍛錬になるからのう。では、これで儂は失礼するとしよう」

 そういって緒方は座敷から出て行った。残された累は食事を続けながらも書状を広げて読んでみる。差出人は赤柄組組長、水野十郎となっている。聞いたことのない名だ。どうせ徒党を組むような輩の頭だから、大した腕でもないのだろうとは思ったが、この平和な時代に果たし状を送ってよこすなど、男としてはなかなかのものを感じなくもないので、呼ばれた通り翌日夕刻の上野には出向いてやるかと思ったところでみそ汁を啜った。

 翌日から累は早速天流剣術道場に勤めに出た。屋敷からは二里の距離であるが、速足で進めば半刻と少しほどで行きついた。道場は午前の部と午後の部の二つに分けて門下生に剣術を教えている。それぞれの稽古は一刻から一刻半ぐらいである。なので夕刻になる前に一日の稽古は終わる。江戸の町は農家とは違って人々は一日に二刻(約四時間)程度しか働かない。
 
 天流道場は午前も午後も大そう賑わっていた。累は何人かの門下生に聞いてみたが、師範の斎藤が道場破りにも負け知らずだと近所では評判らしい。門下生の中にはそれなりに見どころのありそうなものも何人かいて、これは育て方いかんではかなりの腕になるのではないかと、累はよこしまな事も考えてしまった。

 天流道場での初日の指導を終えた後、累はすぐに上野に向かった。両国の屋敷よりは上野の方が少しだけ近い。果し合いの時間には十分間に合うだろうと思いながらも足は無意識のうちに早まり、いささか早く着きすぎてしまった。よく考えれば上野に行くのはこれが初めてなので、果し合いを前にしていささか不謹慎ではあるが、観光気分で歩いてみた。
 上野と言えば観光名所は不忍池(しのばずのいけ)である。池の回りをぐるりと回る。中には鯉にエサをやっている人間もいるが、だから何なのだという感じだ。寛永寺をはじめ寺社仏閣も多いが、それほど熱心な信仰心を持ち合わせていない累にはピンとこない。しかしながら観光客目当ての露店はたくさんあるので、それを見て回るのは祭りの様で楽しかった。古河藩の領内では、祭りでもない限りはこのような賑わいを見る事は無かった。

 指定の場所はそういった所からは少し離れていて、人影もまばらな場所だった。果たし状にはなんと簡単な絵地図も書いてあったので、累は初めて来た上野であるのに迷うことなく辿り着く事が出来た。絵地図入りの果たし状というのも心配りが効いているなと変な所に感心した。

 地図で示された、そのやや開けたところに累が到着すると、既にそこには簡易な椅子に腰かけて一人の男が座っていた。他にも数人の男がいて、中には先日町娘に絡んでいたものもいる。累の姿を確認すると座っている男は声をかけてきた。

「なるほど、これは面妖な……確かに聞いた通りの美しい女であるのに男装をしておるな。うむ、面白い」
 臆面もなく美しいと言われて累は怯んだ。昨日町娘に絡んでいた輩どもがそう言ったのか……彼女も言っていた通りそれほど悪い男たちではないのかもしれない。

「おほめ頂きありがとうございます。最初に一つお聞きしますが、私が貴方と果し合いをすべき意味というのはどうお考えなのでしょうか? ごく普通にお互いの武を競い合うという事で宜しいんでしょうか?」

「……そういえばまだ自己紹介をしていなかったな。我が名は水野十郎、赤柄組の組長をしている。昨日組の物から男装の物凄い器量よしがいると聞いてな。しかもなかなかに腕が立ちそうだと聞いた。一目見て分かった、お主ただものではないな」

 うん、やはりこの者たちはそう悪い連中でも無さそうだなと累は思った。器量よしと言われれば気分もいい。ここに来るまでは片腕でも切り落としてやろうと思っていたが、ちょっとそれは気の毒かもしれないなと思い始めていた。

「そこでだ、俺がこの勝負に勝ったら俺の女にならないか?」
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