やさぐれ令嬢は高らかに笑う

どてら

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夜中の修羅場

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 「どうして、貴方が」

リリアン・ベーカーは私へあからさまな憎悪を向けている。その様子にたじろいだ周囲が後ろへと下がり、同時にアルフレッドが割り込んできた。
「リリアン、どうしたんだ」
このザマは一体何だ? リリアンが私のことを知らなかったわけないだろう。アルフレッドは彼女の同意を得てなかったのか?
前世で郁が呟いていたことを思い出す。
──────アイリーンは家族と仲が悪かったみたい。
私がこの家に望んで来たわけじゃないのと同様、リリアンも私がベーカー家に来ることを望んでいなかったのかもしれない。それにしても来訪者が居る前で取り乱すか?
「リリアンは体調が優れないようなのでこれで、あとは頼んだよアイリーン」
おいふざけるな丸投げか。心配そうな顔つきの貴族連中がこぞって私を見る。

「.......お母様ったら本当に心配性なんだから」
そう零してふわりと笑った。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。お母様は私が床に伏せてから長らく看病をしてくださり、私が完治した後もそれはそれは大変気にかけているのです。そのせいで自身の体調にまで気が回らず、本当私ったらお母様に心配かけてばかりでなにも返せない親不孝者ですわ」
私が涙ぐむと周囲は分かりやすい程の反応を示した。
「親子愛だな、グスッ」
「リリアン夫人そこまでして」
「あれほど気丈に振舞っていたのにも訳があったのか」
チョロいなこいつら。そんな後暗いことを考えながら私はいかにリリアンが素晴らしい母親かそして私を大事にしているのか途中からは皮肉混じりに語り始めた。

夜も更け出した頃、ようやくお開きになったパーティ会場で私はひたすら客人を見送るマネキンと化していた。

「よくあれだけ嘘がつけるな、詐欺師と命名してやろうか?」
「.......あんた見てたなら声かけろよ」
ようやく戻ってきたアルフレッドに苦言をもらす。こいつ隠れて笑っていたのか。
「で、リリアンは?」
「お母様だろアイリーン」
「向こうが嫌がるでしょうに」
私が言えばアルフレッドが違いないと返してきた。
「リリアンは今応接室で休んでいるよ」
「今日のは貸しですよ」
「それは怖いな」
不意に笑ってみせるアルフレッド。彼は一体リリアンのことをどう思っているのだろう。そしてリリアンは彼のことを。
「疲れた」
「もう部屋に戻って休んでいいよ」
言われなくともそうするつもりだ。私は踵を返してアルフレッドに背を向けた。ついてこようとする使用人を手で制して一人帰路につく。
「アイリーン、おやすみ」
「おやすみなさいお父様」
これから幾度となくこのやり取りをするのかと思うと自然に眉が寄ってしまった。

 明日は何をしよう、どうせやる事なんて何もないけど。そういえば肝心のアイザック・ベーカーとは顔を合わせなかった。恐らく母親に付きっきりでパーティにはろくに参加していなかったのだろう。遅かれ早かれ対面する彼に私は一体どんな感情を抱くのか僅かながら楽しみだった。郁が惚れた好きだと何度も叫んだ男、彼のことなら未来も含めて私ほどこの世界で詳しい人間はいないだろう。


「あれ?」
 部屋の前に女性がうずくまっている。私が駆け寄ると髪の色から察していた通りリリアンその人だった。
「大丈夫ですか?」
何故私の部屋の前にいたのかよりも、先にそんな投げかけが出た。リリアンは私の声に反応し、顔を上げる。目元を涙で濡らし化粧が崩れてしまっている。
「どうして、貴方がここいにいるの」
悲痛なまでの嘆き。彼女は縋り付くように私の手を掴んだ。
「あの人はやはり私なんかよりもあの女を愛していたのね!! 私は、私だってアイザックを彼に差し出したわ!? それなのにどうして今更」

「リリアン様っ」
彼女は私を押し倒し喉元に両手をかけた。張り付くような苦しさで身体が思うように動かせない。
「やっと私だけを見てくれると思ったのにっ!! 私だけのモノになると.......どうして」
その時ようやく気がついた。遅すぎるぐらいだ。

 アルフレッドが私を含め家族全員を自身の駒としか考えていないのとは違い、リリアンは彼を愛していたのだ。それも心から、公の場で自身の抑えが聞かなくなるほど感情的に。

「貴方さえ、いなければ」
苦しいのは私のはずなのに。耐え難い痛みの中でも彼女の声だけがはっきりと頭に響く。私はゆっくりと抵抗する力を弱めた。回らない頭で考えることすら出来なくなった今、瞳に映る涙に溺れそうな彼女の形相が儚く思えてしかたなかった。

 私の周りには誰かを愛した人間なんて郁より他にいなかった。世間の目に怯え続けた母も自分の仕事のことしか考えていなかった父も私自身も誰かを愛そうとも愛してくれとも言わなかった。だからといってリリアンが今私にやっていることは許されない、私だってまだ死にたくはないはずだ。それなのに強く乞い願う彼女の意思に抗えないでいる。人は誰かを好きになるとこうまで必死になれるものなのか。

力なく目を閉ざした私の元に誰かの声がした。
途端に掴まれていた手が解かれ、反射的な嗚咽が出る。
「お母様!!」
そうリリアンを呼び彼女の腕を掴み上げたのはアルフレッドによく似た銀髪のまだ幼い少年。
「離してっ!」
「いけません、これ以上は貴方が苦しむことになる」
「もう十分に苦しいの!! もう.......嫌なのよ、あの女のことを想うあの人も、あの女にそっくりなこの子もにもううんざり」
最後は弱々しい口調で切ったリリアンはまだ首元の違和感から逃れられない私を見つめた。
「お母様、一度お休みになられた方が」
少年は柔らかな言葉遣いでリリアンに訴えかける。
「リリアン!!」
声の方を見ればアルフレッドが息を荒立てながら走ってきた。後ろには使用人が数名一緒だ。彼はうなだれているリリアンの身体を支えると使用人に命じ、すぐさま彼女の部屋へ送り届けることにした。
 ようやく落ち着いた私が立ち上がろうとした時、差し伸べてくれる小さな手が視界に入る。
「先程はすまなかった、正式な謝罪は後で。とにかく君の治療をしないと」
この家に来て始めて向けられる胸が痛みそうな程優しい眼差し。彼がアイザック・ベーカーか。


これは確かに惚れるなと、いつかの友人郁に向けて白旗を上げた。








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