6 / 58
夜中の修羅場
しおりを挟む
「どうして、貴方が」
リリアン・ベーカーは私へあからさまな憎悪を向けている。その様子にたじろいだ周囲が後ろへと下がり、同時にアルフレッドが割り込んできた。
「リリアン、どうしたんだ」
このザマは一体何だ? リリアンが私のことを知らなかったわけないだろう。アルフレッドは彼女の同意を得てなかったのか?
前世で郁が呟いていたことを思い出す。
──────アイリーンは家族と仲が悪かったみたい。
私がこの家に望んで来たわけじゃないのと同様、リリアンも私がベーカー家に来ることを望んでいなかったのかもしれない。それにしても来訪者が居る前で取り乱すか?
「リリアンは体調が優れないようなのでこれで、あとは頼んだよアイリーン」
おいふざけるな丸投げか。心配そうな顔つきの貴族連中がこぞって私を見る。
「.......お母様ったら本当に心配性なんだから」
そう零してふわりと笑った。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。お母様は私が床に伏せてから長らく看病をしてくださり、私が完治した後もそれはそれは大変気にかけているのです。そのせいで自身の体調にまで気が回らず、本当私ったらお母様に心配かけてばかりでなにも返せない親不孝者ですわ」
私が涙ぐむと周囲は分かりやすい程の反応を示した。
「親子愛だな、グスッ」
「リリアン夫人そこまでして」
「あれほど気丈に振舞っていたのにも訳があったのか」
チョロいなこいつら。そんな後暗いことを考えながら私はいかにリリアンが素晴らしい母親かそして私を大事にしているのか途中からは皮肉混じりに語り始めた。
夜も更け出した頃、ようやくお開きになったパーティ会場で私はひたすら客人を見送るマネキンと化していた。
「よくあれだけ嘘がつけるな、詐欺師と命名してやろうか?」
「.......あんた見てたなら声かけろよ」
ようやく戻ってきたアルフレッドに苦言をもらす。こいつ隠れて笑っていたのか。
「で、リリアンは?」
「お母様だろアイリーン」
「向こうが嫌がるでしょうに」
私が言えばアルフレッドが違いないと返してきた。
「リリアンは今応接室で休んでいるよ」
「今日のは貸しですよ」
「それは怖いな」
不意に笑ってみせるアルフレッド。彼は一体リリアンのことをどう思っているのだろう。そしてリリアンは彼のことを。
「疲れた」
「もう部屋に戻って休んでいいよ」
言われなくともそうするつもりだ。私は踵を返してアルフレッドに背を向けた。ついてこようとする使用人を手で制して一人帰路につく。
「アイリーン、おやすみ」
「おやすみなさいお父様」
これから幾度となくこのやり取りをするのかと思うと自然に眉が寄ってしまった。
明日は何をしよう、どうせやる事なんて何もないけど。そういえば肝心のアイザック・ベーカーとは顔を合わせなかった。恐らく母親に付きっきりでパーティにはろくに参加していなかったのだろう。遅かれ早かれ対面する彼に私は一体どんな感情を抱くのか僅かながら楽しみだった。郁が惚れた好きだと何度も叫んだ男、彼のことなら未来も含めて私ほどこの世界で詳しい人間はいないだろう。
「あれ?」
部屋の前に女性がうずくまっている。私が駆け寄ると髪の色から察していた通りリリアンその人だった。
「大丈夫ですか?」
何故私の部屋の前にいたのかよりも、先にそんな投げかけが出た。リリアンは私の声に反応し、顔を上げる。目元を涙で濡らし化粧が崩れてしまっている。
「どうして、貴方がここいにいるの」
悲痛なまでの嘆き。彼女は縋り付くように私の手を掴んだ。
「あの人はやはり私なんかよりもあの女を愛していたのね!! 私は、私だってアイザックを彼に差し出したわ!? それなのにどうして今更」
「リリアン様っ」
彼女は私を押し倒し喉元に両手をかけた。張り付くような苦しさで身体が思うように動かせない。
「やっと私だけを見てくれると思ったのにっ!! 私だけのモノになると.......どうして」
その時ようやく気がついた。遅すぎるぐらいだ。
アルフレッドが私を含め家族全員を自身の駒としか考えていないのとは違い、リリアンは彼を愛していたのだ。それも心から、公の場で自身の抑えが聞かなくなるほど感情的に。
「貴方さえ、いなければ」
苦しいのは私のはずなのに。耐え難い痛みの中でも彼女の声だけがはっきりと頭に響く。私はゆっくりと抵抗する力を弱めた。回らない頭で考えることすら出来なくなった今、瞳に映る涙に溺れそうな彼女の形相が儚く思えてしかたなかった。
私の周りには誰かを愛した人間なんて郁より他にいなかった。世間の目に怯え続けた母も自分の仕事のことしか考えていなかった父も私自身も誰かを愛そうとも愛してくれとも言わなかった。だからといってリリアンが今私にやっていることは許されない、私だってまだ死にたくはないはずだ。それなのに強く乞い願う彼女の意思に抗えないでいる。人は誰かを好きになるとこうまで必死になれるものなのか。
力なく目を閉ざした私の元に誰かの声がした。
途端に掴まれていた手が解かれ、反射的な嗚咽が出る。
「お母様!!」
そうリリアンを呼び彼女の腕を掴み上げたのはアルフレッドによく似た銀髪のまだ幼い少年。
「離してっ!」
「いけません、これ以上は貴方が苦しむことになる」
「もう十分に苦しいの!! もう.......嫌なのよ、あの女のことを想うあの人も、あの女にそっくりなこの子もにもううんざり」
最後は弱々しい口調で切ったリリアンはまだ首元の違和感から逃れられない私を見つめた。
「お母様、一度お休みになられた方が」
少年は柔らかな言葉遣いでリリアンに訴えかける。
「リリアン!!」
声の方を見ればアルフレッドが息を荒立てながら走ってきた。後ろには使用人が数名一緒だ。彼はうなだれているリリアンの身体を支えると使用人に命じ、すぐさま彼女の部屋へ送り届けることにした。
ようやく落ち着いた私が立ち上がろうとした時、差し伸べてくれる小さな手が視界に入る。
「先程はすまなかった、正式な謝罪は後で。とにかく君の治療をしないと」
この家に来て始めて向けられる胸が痛みそうな程優しい眼差し。彼がアイザック・ベーカーか。
これは確かに惚れるなと、いつかの友人郁に向けて白旗を上げた。
リリアン・ベーカーは私へあからさまな憎悪を向けている。その様子にたじろいだ周囲が後ろへと下がり、同時にアルフレッドが割り込んできた。
「リリアン、どうしたんだ」
このザマは一体何だ? リリアンが私のことを知らなかったわけないだろう。アルフレッドは彼女の同意を得てなかったのか?
前世で郁が呟いていたことを思い出す。
──────アイリーンは家族と仲が悪かったみたい。
私がこの家に望んで来たわけじゃないのと同様、リリアンも私がベーカー家に来ることを望んでいなかったのかもしれない。それにしても来訪者が居る前で取り乱すか?
「リリアンは体調が優れないようなのでこれで、あとは頼んだよアイリーン」
おいふざけるな丸投げか。心配そうな顔つきの貴族連中がこぞって私を見る。
「.......お母様ったら本当に心配性なんだから」
そう零してふわりと笑った。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。お母様は私が床に伏せてから長らく看病をしてくださり、私が完治した後もそれはそれは大変気にかけているのです。そのせいで自身の体調にまで気が回らず、本当私ったらお母様に心配かけてばかりでなにも返せない親不孝者ですわ」
私が涙ぐむと周囲は分かりやすい程の反応を示した。
「親子愛だな、グスッ」
「リリアン夫人そこまでして」
「あれほど気丈に振舞っていたのにも訳があったのか」
チョロいなこいつら。そんな後暗いことを考えながら私はいかにリリアンが素晴らしい母親かそして私を大事にしているのか途中からは皮肉混じりに語り始めた。
夜も更け出した頃、ようやくお開きになったパーティ会場で私はひたすら客人を見送るマネキンと化していた。
「よくあれだけ嘘がつけるな、詐欺師と命名してやろうか?」
「.......あんた見てたなら声かけろよ」
ようやく戻ってきたアルフレッドに苦言をもらす。こいつ隠れて笑っていたのか。
「で、リリアンは?」
「お母様だろアイリーン」
「向こうが嫌がるでしょうに」
私が言えばアルフレッドが違いないと返してきた。
「リリアンは今応接室で休んでいるよ」
「今日のは貸しですよ」
「それは怖いな」
不意に笑ってみせるアルフレッド。彼は一体リリアンのことをどう思っているのだろう。そしてリリアンは彼のことを。
「疲れた」
「もう部屋に戻って休んでいいよ」
言われなくともそうするつもりだ。私は踵を返してアルフレッドに背を向けた。ついてこようとする使用人を手で制して一人帰路につく。
「アイリーン、おやすみ」
「おやすみなさいお父様」
これから幾度となくこのやり取りをするのかと思うと自然に眉が寄ってしまった。
明日は何をしよう、どうせやる事なんて何もないけど。そういえば肝心のアイザック・ベーカーとは顔を合わせなかった。恐らく母親に付きっきりでパーティにはろくに参加していなかったのだろう。遅かれ早かれ対面する彼に私は一体どんな感情を抱くのか僅かながら楽しみだった。郁が惚れた好きだと何度も叫んだ男、彼のことなら未来も含めて私ほどこの世界で詳しい人間はいないだろう。
「あれ?」
部屋の前に女性がうずくまっている。私が駆け寄ると髪の色から察していた通りリリアンその人だった。
「大丈夫ですか?」
何故私の部屋の前にいたのかよりも、先にそんな投げかけが出た。リリアンは私の声に反応し、顔を上げる。目元を涙で濡らし化粧が崩れてしまっている。
「どうして、貴方がここいにいるの」
悲痛なまでの嘆き。彼女は縋り付くように私の手を掴んだ。
「あの人はやはり私なんかよりもあの女を愛していたのね!! 私は、私だってアイザックを彼に差し出したわ!? それなのにどうして今更」
「リリアン様っ」
彼女は私を押し倒し喉元に両手をかけた。張り付くような苦しさで身体が思うように動かせない。
「やっと私だけを見てくれると思ったのにっ!! 私だけのモノになると.......どうして」
その時ようやく気がついた。遅すぎるぐらいだ。
アルフレッドが私を含め家族全員を自身の駒としか考えていないのとは違い、リリアンは彼を愛していたのだ。それも心から、公の場で自身の抑えが聞かなくなるほど感情的に。
「貴方さえ、いなければ」
苦しいのは私のはずなのに。耐え難い痛みの中でも彼女の声だけがはっきりと頭に響く。私はゆっくりと抵抗する力を弱めた。回らない頭で考えることすら出来なくなった今、瞳に映る涙に溺れそうな彼女の形相が儚く思えてしかたなかった。
私の周りには誰かを愛した人間なんて郁より他にいなかった。世間の目に怯え続けた母も自分の仕事のことしか考えていなかった父も私自身も誰かを愛そうとも愛してくれとも言わなかった。だからといってリリアンが今私にやっていることは許されない、私だってまだ死にたくはないはずだ。それなのに強く乞い願う彼女の意思に抗えないでいる。人は誰かを好きになるとこうまで必死になれるものなのか。
力なく目を閉ざした私の元に誰かの声がした。
途端に掴まれていた手が解かれ、反射的な嗚咽が出る。
「お母様!!」
そうリリアンを呼び彼女の腕を掴み上げたのはアルフレッドによく似た銀髪のまだ幼い少年。
「離してっ!」
「いけません、これ以上は貴方が苦しむことになる」
「もう十分に苦しいの!! もう.......嫌なのよ、あの女のことを想うあの人も、あの女にそっくりなこの子もにもううんざり」
最後は弱々しい口調で切ったリリアンはまだ首元の違和感から逃れられない私を見つめた。
「お母様、一度お休みになられた方が」
少年は柔らかな言葉遣いでリリアンに訴えかける。
「リリアン!!」
声の方を見ればアルフレッドが息を荒立てながら走ってきた。後ろには使用人が数名一緒だ。彼はうなだれているリリアンの身体を支えると使用人に命じ、すぐさま彼女の部屋へ送り届けることにした。
ようやく落ち着いた私が立ち上がろうとした時、差し伸べてくれる小さな手が視界に入る。
「先程はすまなかった、正式な謝罪は後で。とにかく君の治療をしないと」
この家に来て始めて向けられる胸が痛みそうな程優しい眼差し。彼がアイザック・ベーカーか。
これは確かに惚れるなと、いつかの友人郁に向けて白旗を上げた。
0
あなたにおすすめの小説
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる