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四話
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俺の拷問は日に三度、多い時は食事を抜いて五回行われた。俺があの忌々しいアーノルド辺境伯にやられた日から一週間経っている。
殺されなかったとはいえ俺は捕虜だ。遠慮のない暴力に何度も意識を飛ばしかけた。
「駄目だなこいつ、全然吐きやしねぇ」
「そもそも何で生かしてんだ? 仇だろ?」
「アーノルド辺境伯が口添えしたらしいぞ」
「あの狂犬様は何考えてんのかねぇ」
腹を思いきり蹴られた。痛みで漏れた声が男たちを悦ばせる。
「無様だなぁ死神」
「あんまやりすぎて殺すなよ~」
大丈夫、痛みなら慣れている。俺は元々国に認められた騎士でもなければ兵士でもない、ただ戦争の為に生かされていた武器なのだから情報なんて知り得ない。だからうっかり口をすべらせて味方が不利になるような展開にはならない。大丈夫、大丈夫。
ふいにアーノルドが頭を撫でたことを思い出す。そういえばあいつも今の俺と同じように大丈夫だと何度も口ずさみながら慰めるような真似をしてきた。
あの行動には一体意味なんてあったのだろうか?
囚われて二週間が過ぎれば俺に出される食事の量は目に見えて減っていた。傷口の治りからこれ以上健康体に戻られるのを恐れたのだろう。脱獄云々なんて考えてもいなかったが、退路を絶たれた気がして落ち着かない。
「お前、棄てられたんだよ」
それは唐突に敵兵士から告げられた。
「エレイナに忍び込んでる奴が言ってたぜ? お前らの部隊物資の供給がとだえてたんだってななぁ。あれはお前らを見捨てて俺らの隊が追撃した所を後ろから別部隊で襲撃する算段だったらしい、お前たちは知らねぇ間に囮にされてたんだ」
そんな事。
「知ってたさ」
知っていたけれどそれがどうだと言うんだ。あのままみすみす仲間達と心中なんて御免だ。囮なら俺一人で十分。俺は気がついていて言わずに彼らを送り出したのだ。
棄てられるなんて道具にお似合いの最後だと思ったから。
その夜別の兵士から俺はエレイナ国で反逆者としてリストに上がっていると聞かされた。あの絶望的な状況でも死なずこうして捕虜になっているのは、元々ゾルディア王国と通じていた間者だったからなんて馬鹿げた疑いが持ち上がったらしい。
「もう帰れる国も無くなったな、いい加減話したらどうだ?」
そんな言葉をどこか他人事のように聞きながら俺は俯いて顔を上げなかった。何も言わない俺に痺れを切らしたのか、顔を殴られる。口の中が切れたらしく滲んだ血の味が広がった。
「くそっ、お前のせいで!!」
何度も何度も殴られ蹴られ、終わりの見えない折檻に耐え忍ぶ。けれどもう耐えている必要もないのかもしれない。俺は本当に無価値なモノになってしまったんだな。
「そこまでだ」
アーノルドの声がした。顔を上げたいけれど押さえつけられていて何も出来ない。
「あとは俺がやろう」
「ですが」
「聞こえなかったのか? 俺がすると言ったんだそこを退け」
彼の命令に従ってそそくさとその場から消えていく部下達。アーノルドはうつ伏せになった俺の身体を起こして顔の汚れを手で払ってくれた。
彼はいつもこうだ。周りに威圧的な態度を取り俺に拷問する風を装って実際は何もしてこない。それどころか手当まで施して帰るのだから意味が分からなかった。
「痛むだろう、動かなくていい」
「なん、で」
こうもよくしてくれるんだ?
アーノルドの優しさには正体が見えなくて不気味だとしか思えない。不安に顔を曇らす俺の頬を濡れたタオルで拭いながらアーノルドは囁いた。
「もう少しの辛抱だからな」
その言葉の意味に気づくのはまだ先の事だ。
牢中の寂しい夜に一人考えてしまう。
国に棄てられた。その事実が脳裏を掠めた時今まで堪えていた嗚咽が我慢できず、冷たい鉄格子の向こうで一人声すら上げられず咽び泣いてしまった。
「俺は一体誰の為に生きてきたんだ」
故郷は焼かれ守るべきものとは引き裂かれ、ようやく得たはずの同胞は行方知らず、そして忠誠を誓ったはずの国からは反逆者だと棄てられてしまった
結局俺の居場所なんて何処にもありはしないのだ。濡れた目元を擦りながらそう嘆いてみせた。そんな悲しみを紛らわせる為に歌を口ずさんでみた。俺は歌なんてよく知らないが一つだけかつての同胞に教わったものがある、儚げで優しい、そんな歌だ。
「ノア」
呼ばれた名前で振り返る。アーノルドが鉄格子の向こうから俺を目で捉えていた。
「何だ笑いにでも来たのか」
自分でも情けない姿だと失笑する。アーノルドは隔てた鉄格子からこちら側には来ず何も言わないまま突っ立っていた。いっそ嘲笑い、転げ回ってくれた方が有難い。そんな可哀想な者を見るように目を細めないで欲しい。
「俺は何のために戦ってきたんだ.......この忠義も身も全て捧げたのに何が足りなかったんだ」
どうして俺が、どうして。
「ノア、聞いてくれ」
「エレイナ国の敗戦が決まった、もう戦争は終わったんだ」
あぁどうして、俺はまだ生きているのだろう。
殺されなかったとはいえ俺は捕虜だ。遠慮のない暴力に何度も意識を飛ばしかけた。
「駄目だなこいつ、全然吐きやしねぇ」
「そもそも何で生かしてんだ? 仇だろ?」
「アーノルド辺境伯が口添えしたらしいぞ」
「あの狂犬様は何考えてんのかねぇ」
腹を思いきり蹴られた。痛みで漏れた声が男たちを悦ばせる。
「無様だなぁ死神」
「あんまやりすぎて殺すなよ~」
大丈夫、痛みなら慣れている。俺は元々国に認められた騎士でもなければ兵士でもない、ただ戦争の為に生かされていた武器なのだから情報なんて知り得ない。だからうっかり口をすべらせて味方が不利になるような展開にはならない。大丈夫、大丈夫。
ふいにアーノルドが頭を撫でたことを思い出す。そういえばあいつも今の俺と同じように大丈夫だと何度も口ずさみながら慰めるような真似をしてきた。
あの行動には一体意味なんてあったのだろうか?
囚われて二週間が過ぎれば俺に出される食事の量は目に見えて減っていた。傷口の治りからこれ以上健康体に戻られるのを恐れたのだろう。脱獄云々なんて考えてもいなかったが、退路を絶たれた気がして落ち着かない。
「お前、棄てられたんだよ」
それは唐突に敵兵士から告げられた。
「エレイナに忍び込んでる奴が言ってたぜ? お前らの部隊物資の供給がとだえてたんだってななぁ。あれはお前らを見捨てて俺らの隊が追撃した所を後ろから別部隊で襲撃する算段だったらしい、お前たちは知らねぇ間に囮にされてたんだ」
そんな事。
「知ってたさ」
知っていたけれどそれがどうだと言うんだ。あのままみすみす仲間達と心中なんて御免だ。囮なら俺一人で十分。俺は気がついていて言わずに彼らを送り出したのだ。
棄てられるなんて道具にお似合いの最後だと思ったから。
その夜別の兵士から俺はエレイナ国で反逆者としてリストに上がっていると聞かされた。あの絶望的な状況でも死なずこうして捕虜になっているのは、元々ゾルディア王国と通じていた間者だったからなんて馬鹿げた疑いが持ち上がったらしい。
「もう帰れる国も無くなったな、いい加減話したらどうだ?」
そんな言葉をどこか他人事のように聞きながら俺は俯いて顔を上げなかった。何も言わない俺に痺れを切らしたのか、顔を殴られる。口の中が切れたらしく滲んだ血の味が広がった。
「くそっ、お前のせいで!!」
何度も何度も殴られ蹴られ、終わりの見えない折檻に耐え忍ぶ。けれどもう耐えている必要もないのかもしれない。俺は本当に無価値なモノになってしまったんだな。
「そこまでだ」
アーノルドの声がした。顔を上げたいけれど押さえつけられていて何も出来ない。
「あとは俺がやろう」
「ですが」
「聞こえなかったのか? 俺がすると言ったんだそこを退け」
彼の命令に従ってそそくさとその場から消えていく部下達。アーノルドはうつ伏せになった俺の身体を起こして顔の汚れを手で払ってくれた。
彼はいつもこうだ。周りに威圧的な態度を取り俺に拷問する風を装って実際は何もしてこない。それどころか手当まで施して帰るのだから意味が分からなかった。
「痛むだろう、動かなくていい」
「なん、で」
こうもよくしてくれるんだ?
アーノルドの優しさには正体が見えなくて不気味だとしか思えない。不安に顔を曇らす俺の頬を濡れたタオルで拭いながらアーノルドは囁いた。
「もう少しの辛抱だからな」
その言葉の意味に気づくのはまだ先の事だ。
牢中の寂しい夜に一人考えてしまう。
国に棄てられた。その事実が脳裏を掠めた時今まで堪えていた嗚咽が我慢できず、冷たい鉄格子の向こうで一人声すら上げられず咽び泣いてしまった。
「俺は一体誰の為に生きてきたんだ」
故郷は焼かれ守るべきものとは引き裂かれ、ようやく得たはずの同胞は行方知らず、そして忠誠を誓ったはずの国からは反逆者だと棄てられてしまった
結局俺の居場所なんて何処にもありはしないのだ。濡れた目元を擦りながらそう嘆いてみせた。そんな悲しみを紛らわせる為に歌を口ずさんでみた。俺は歌なんてよく知らないが一つだけかつての同胞に教わったものがある、儚げで優しい、そんな歌だ。
「ノア」
呼ばれた名前で振り返る。アーノルドが鉄格子の向こうから俺を目で捉えていた。
「何だ笑いにでも来たのか」
自分でも情けない姿だと失笑する。アーノルドは隔てた鉄格子からこちら側には来ず何も言わないまま突っ立っていた。いっそ嘲笑い、転げ回ってくれた方が有難い。そんな可哀想な者を見るように目を細めないで欲しい。
「俺は何のために戦ってきたんだ.......この忠義も身も全て捧げたのに何が足りなかったんだ」
どうして俺が、どうして。
「ノア、聞いてくれ」
「エレイナ国の敗戦が決まった、もう戦争は終わったんだ」
あぁどうして、俺はまだ生きているのだろう。
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