人でなしの手懐け方

どてら

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七話

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 「意味が分からない。お前とは話が通じないらしいから取り敢えずこの馬車から降ろせ」
「おいおい逃げようなんて思うなよ?」
「その手があったか」
そうだ逃げればよかったんだ。足は速い方だと自負しているし何より逃亡し捕まれば今度こそ殺してもらえる。体力の戻っていない状態なのが懸念されるがそんな事気にしていられる状況でもないよな。
「真に受けんなって、冗談だ」
「お前は冗談ばかり言うんだな」
先程も幸せにしたいなんて戯言をほざいてくれた。
「さっきのは冗談なんかじゃねぇよ。俺の本心だ」
「なら尚更タチが悪い」
意味の分からないことばかり口にするアーノルドを正面から見ればこちらがたじろいでしまう程真剣な目を向けていた。何だよ、その顔。まるで物分りが悪い俺を責めているみたいだ。
「どんな手を使って俺の処刑を中止したのか知らないが早まったなアーノルド」
抵抗も含めた笑みを浮かべてやればアーノルドが何故か顔をきょとんとしている。随分間抜けな表情だな。
「.......お前も笑えるんだな」
今そこじゃないだろ。
どうしてしみじみと喜びを噛み締めているんだこの馬鹿は。
「と、とにかくお前はもう俺のだから!! 国公認だからな!! 言う通りにして貰うぜ?」
「俺が公認してな」
そこまで言いかけて気がついた。俺の意思など所詮彼らにはどうでもいいものだと。最初からそうだったじゃないか、ずっと俺の意思なんて関係なく巻き込まれて生きてきた。今更俺がどうしたいかなんて誰にも届かないのだ。生かされただけでも感謝しろ、そう誰かに後ろ指をさされている気がして黙り込んだ。

 叶うなら、この罪ごと全部終わらせてしまいたかったのに。




「急に大人しくなったな、はっ!! ようやく俺のこと受け入れてくれたのか!」
「疲れたんですよ多分。アーノルド邸までしばらく時間が掛かるので眠っていていいですよ」
揺れる馬車の中では今の境遇が情けなくて堪らず目を閉ざした俺の気なんて知らず、アーノルドがこちらをうかがいながら「寝たのか?」と必要に聞いてきて鬱陶しかった。疲労は確実に身体を支配しているのにも関わらず眠気は襲ってこない。きっと戦場に長くいた故の癖だろう。

これから一体俺はどうなってしまうんだろうか。









 どうなってしまうのか、なんて心配よりもアーノルドの頭を心配した方が懸命かもしれない。そんな考えに至るまで時間は掛からなかった。
「ノア、湯加減はどうだ? 背中流してやろうか? あんな不衛生な場所に居たんだ、ゆっくりしていいぞ。のぼせたら俺が介抱してやるからな」
「そのカーテンよりこちらに来た瞬間貴方を殺します」
「武器もないのに?」
「武器がなければ何も出来ない程落ちぶれてはいませんので」
それだけ告げればアーノルドは大人しく浴室の外へ退出した。まぁどうせ浴室前で待機してるんだろうがな。湯船に肩まで浸かり髪を書きあげた。黒い、味気のない髪が額に張り付く。
「何なんだ一体」
そう愚痴を零さないとやってられなかった。

屋敷に着いた途端あれよあれよと脱がされ風呂に押し込められた。やはり汚れた身体でうろつかれるのは不快だったんだろう。用意周到としか言い様のない手際の良さで事前に測られた湯船。俺が来ることを屋敷の人達は知っていたらしい、なら誰か一人ぐらい止めろよ。

 お湯に浸かるなんて、何時ぶりだろう。随分昔エレイナの王室に呼ばれ接待を受けた以来かもしれない。あの頃はまだ俺自身に兵器としての価値があるとされていたから待遇もまだマシだった。戦争の雲行きが怪しくなるにつれて、周囲の期待に応えられなかった俺の処遇は目に見えて悪化した。騎士でもなく兵士でもない。国に認められた功績なんて何ひとつとしてありはせず、俺のやってきた事は結局すべて無駄だったようだ。
「アーノルドはどうして俺を生かしているんだ」
俺にまだ、兵器以外の価値があるとでも言うのか?



自分のありえない考えに苦笑してしまう。涙混じりのそれは浴室に誰にも聞かれないまま響いていた。

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