人でなしの手懐け方

どてら

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八話

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  暗い道を一人で歩いている。踏みしめる度に沈んで行きそうな感覚が胸をざわつかせた。怖くて、叫びたいのにそうすれば何かが襲ってくるような焦燥感。いきなり足にまとわりついた物を払い除けようとして手も掴まれた。それは、俺が今まで殺してきた.......。
 

「起きていましたか。おや顔色が優れませんね?」
目を開けて高鳴った胸を押さえていたら数回のノックと共に男が入ってきた。
「体調が悪いみたいですが」
「い、いえ大丈夫です」
睡眠時間だけで言うなら今までにないくらい取れてしまった。
 どうやら寝てしまったらしい。自分でも知らない間に眠りにつくなんて感覚は久々すぎて驚かされた。戦場では横になるなんて一度もなかったのに、用意されたベッドで少し目を閉じていただけのはずが油断したな。
「それならいいのですが。何かあればすぐ仰って下さい、でないと倒れられでもしたらうちの旦那様が騒ぐので」
旦那様、ここアーノルド邸の主人セオ・アーノルド辺境伯のことにまず間違いなかった。俺は戦場で彼と対面し殺し損ね殺され損ね、何故か身元を引き取られている。
「アーノルドは?」
「旦那様なら今朝方王都に向かわれました。数日後には戻るそうですが、何か急ぎの用事が御座いましたか?」
急ぎも何も俺はこれからどうすべきかまだ何も聞いてないんだが。
「帰り次第時間を設けるとの事なので不安にならないで下さい」
丁寧に頭を下げる男。明るい茶髪を後ろで結った小綺麗な容姿。見覚えがあると頭を悩ませれば昨夜俺の乗っていた馬車を引いていた従者だと思い出す。確か名前はケイトだったか?
彼は色が白く、アーノルドの肌が褐色だっただけによく映えていたのが印象に残っている。



「貴方はケイトさん、でよかったですか?」
「はい。申し遅れましたが私はケイト・レイノルズ、どうかケイトとお呼び下さいませカーライト様」
「ノアで構いません」
所詮カーライトの名は授かりものにすぎない。記号と同じだ、他と区別する時に与えられた何の意味も無いものだった。
「ではノア様」
「俺は客人ではないので様付けもいりませんよ」
ある意味招かれざる客だけれど。
「そうですか。まぁ近いうちに同じ屋敷に仕えるもの同士になるので不要かもしれませんね、ならノアくんにしましょう」
急に距離縮めてきたと身構えてしまうのは俺が対人関係を築くのに不慣れなせいだろうか?

「ノアくん、朝食の準備が整っております。今お持ち致しても宜しいでしょうか?」
「朝食.......俺はそれを食べてもいいんですか?」
「勿論。その為に用意しましたので」
目を見開いて驚愕してしまった。温かい風呂や暖の取れる寝床だけでなく食事まで頂けるなんて。
「あ、アーノルド辺境伯は何を考えていらっしゃるのでしょうか?」
感謝より怪しさしか感じ取れない。普通敵国のしかも一度殺りあった相手にここまで尽くすか? まさか。
「俺は肥やされた後に売られるんじゃ」
奴隷として売られていく自身の姿を想像し震えた。戦争があったからこそ兵器として使って貰えたが終戦した今俺の使い道なんてそれこそ物好きな輩の慰め物になるぐらいだ。俺は戦争であらゆる方面から恨みを買っているからサンドバッグとしても高値で売れるだろう。

終わった、今度こそおしまいだ。だからあの時殺してくれと懇願したのに、あぁどうせなら平穏になった故郷に足を運んでみたかった。叶わぬ願いに胸を痛めていればケイトさんが何度か咳払いをして注意を向けさせられた。気のせいか少し申し訳なさそうにしている。
「あの、落ち着いてよく聞いて下さいね。うちの旦那様は貴方を奴隷にするおつもりも何処ぞの貴族に腹いせで売る気もございません。貴方をうちで面倒を見て衣食住を与え何不自由なく健やかに生活できるよう全力でサポートする所存でございます」

「.......は?」
長い沈黙を破るにはあまりに間の抜けた返事だったと思う。それでもそんな声にならない返答しか出せない程混乱し、思考が追いつかなかったのだ。

「冗談でしょう? そんな物好きがいてたまるか」
だってそれではまるで俺を幸せにしてやりたい、ただそれだけに聞こえてしまう。
「居るんですよ。うちの馬鹿旦那様がね」
頭を抱えつらそうに顔を歪めるケイトさん。この人も苦労してるんだな、なんて妙な親近感が湧いた。向こうからすれば迷惑この上ないが。

「とにかく沢山食べてうちの旦那様安心させてあげてください」
そんな事を頼まれたのは生まれて初めてだった。

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