16 / 83
16 幸せな気分
しおりを挟む
アラームが鳴る前に目が覚めていて、僕は目を瞑ったまま起床時間の訪れをまんじりともせずに待っていた。
眠れないのにじっとしているのもそれはそれで苦痛に感じ、アラームより少し早めにベッドを出て、アラームをオフにした。
朝から高揚感に満たされていると同時に、また翻弄されそうだという予想も十分に立つので不安のような感情もある。
時間が来たので家を出て待ち合わせの駅に向かうが、駅に着く前に昨日別れた交差点で羽深さんを見かける。
ちょうど信号待ちしているところだ。
僕の姿を見つけた羽深さんは昨日別れた時と同じように手を前に出して僕に向けて振った。
その仕草が朝からかわいい。
まあ時間帯はこの場合関係なく朝昼晩いつだってかわいいのだが。
「おはよー。いっつもわたしが拓実君を迎えてたから、わたしが迎えられるのってちょっと新鮮」
羽深さんが横断歩道を渡ってくるのを待っていた僕にそう言葉をかけてくる。
羽深さんは呑気にそんなことを言ってるが、僕は彼女を通りの向こうに認めた時からドキドキが止まらない。
「おはよう、羽深さん」
「ねえねえ、拓実君」
「はい?」
「ふふふ、なんだか早朝のデートみたいだね」
僕に顔を覗き込んでいたずらっ子みたいに僕の反応を確かめる羽深さん。
その手に乗るもんかという意思は早くも薄弱に崩れ落ちそうだ。
羽深さんは真っ赤になる僕を見て自分も顔を赤くしている。だったらよせばいいのに何のチャレンジなんだよ、羽深さんは。
「そう言えば……ずっと言おうと思ってて言えなかったんだけど……」
「はっ、はいっ」
急に改まって背を正す羽深さん。
ただのお礼を伝えるだけなのに、意外と礼儀正しいんだな。育ちがいいんだろうか。
「あの……ビスコッティ、ありがとう……美味しかった……よ」
やっと言えた。
前々からちゃんと言わなくちゃと思いながらずっと言えてなかったから、ようやく言えてスッキリした。
「…………え、あ、あぁ~、あれね。うんうん、あれか」
なんだこのリアクション?
もしかしてビスコッティ僕にくれたことなんてもう忘れちゃってたパターンか?
まぁなぁ。スクールカーストの頂点だからな。
いちいち下々に下賜したもんなんて覚えちゃいられないのかもな。
そう思うとちょっと寂しい気持ちになった。
「本当? よかった。じゃあ今度また腕を振るっちゃうかなー、あはは……ふぅ」
あはは……ふぅのところがなんか気になるな。
なんか僕、変なこと言ったんだろうか?
「そう言えば拓実君、今日は何を聴くの?」
「え? うーん、特に考えてなかったかなー」
もちろんそれは嘘で、羽深さんが聴いていそうな曲のプレイリストのつもりだ。
「いっつもどんな基準で選曲してるの?」
「ん、あー。その時の気分……かな」
前から羽深さんは僕が何を聴いてるのか興味があるみたいで結構食い下がってくるんだよなー。音楽好きなんだね。
「そっかー。じゃあじゃあ、わたしが今どんな気分か言ったら、拓実君オススメの曲を紹介してくれたりする?」
「え、それはまぁ、できるけど……?」
嘘ですっ!
できるけどっていうかむしろ願ったり叶ったりですっ! そりゃもう喜んで選ばせていただきますっ!
犬みたいに尻尾全開でぶん回しながら羽深さんのために選曲しますよーーっ!
「ホント!? やったっ」
羽深さんは胸の前で小さくガッツポーズを作っている。
こっちは嬉しいんだけど、羽深さんがそんなに喜んでくれるとはちょっと意外だ。
そしてその仕草、めっちゃかわいい。脳内シャッターを切りまくる。
そうかぁ……ひょんなことから羽深さんと同じ音楽を妄想じゃなくて共通することができるのか……。
これは実に感無量だ……。
「羽深さんは、どんな音楽が好み……かな?」
そこは重要だ。ある程度好みに合わせた選曲をしたいからな、やっぱり。
羽深さんは頬に人差し指を当てて考えている。
その仕草がまた凶暴なまでにかわいらしさを引き立てている。
「うーん。拓実君のオススメならなんでも聴きたい」
きゅーーーん。
なにそれ、もぉーーっ!
なんでそんなに僕の心臓を締め付けるようなことを!?
このペースじゃ学校に着くまでこっちがもちそうにないんですけど!?
改札を抜けて電車に乗るとこの時間まだそう人は多くない。
自然と席に座ることになるのだが、案の定羽深さんはぴったりと肩を寄せてくる。
だからなんなのだろうか。
自分も真っ赤になるくせに捨て身で僕をからかいたいのだろうか。勘弁してほしい。
かわいすぎて辛いから……。
電車の中ではお互いに言葉がない。
お陰で密着した肩の感触やら甘い匂いやらが僕の研ぎ澄まされた五感を刺激して困る。
羽深さんは照れ隠しなのかスマホを操作して何かしてる。
僕も手持ち無沙汰だしなんとなくスマホを手に取ると、Threadに着信があった。
見てみると隣の人からだ。
『今の気分。し・あ・わ・せ♡』
またこういうことを……。
人をからかうもんじゃありません。
『わたしの気分の選曲でお願いDJさん!』
あ、なるほど。そういうことか……。
『了解!』
そういうことなら。
僕は甘めのフィリーソウルやラヴァーズロックを中心に十曲くらいをその場で身つくろい、新しく作ったプレイリストに加えていった。
しかし羽深さんが利用している配信サービスが何か聞いてなかったのに気づいた。
「羽深さんは音楽配信サービスは何か使ってる?」
「わたし? A○ple Musicだけど?」
「あぁ、本当に? じゃあ僕と一緒だからプレイリスト送るね」
同じ配信サービスなので作ったプレイリストを共有できる。便利だ。
羽深さんは僕が送ったプレイリストの曲をダウンロードするとイヤホンをスマホに差し込んだ。
通常はBluetoothイヤホンを使用するタイプなのでこのイヤホンを使うにはライトニングケーブルからミニプラグへと変換する必要があるのだが、そこまでしてこれを使っているんだなぁ。
「ん」
羽深さんがイアプラグの片割れを僕に差し出してきた。
もしやこれは恋人たちが漫画やなんかでよくやってるやつをするってことなのか!?
「一緒に聴こ」
うぉー、やっぱそうか。
ヤッベェ、超嬉しい!
今まで妄想だけでやってた憧れのシチュエーションだ。幸せの絶頂だ!
まさかの学園クイーンとこんなことになるなんて。
もうこれって付き合ってると思ってよくね?
こんなことしてもらって調子に乗るなっていう方が無理だわ。
そうして僕らは学校の最寄駅に着くまでの間、はたから見たらまるで恋人同士みたいに肩を寄せ合いイヤホンをシェアして、僕が作った甘~い音楽の詰まったプレイリストを聴いていた。
眠れないのにじっとしているのもそれはそれで苦痛に感じ、アラームより少し早めにベッドを出て、アラームをオフにした。
朝から高揚感に満たされていると同時に、また翻弄されそうだという予想も十分に立つので不安のような感情もある。
時間が来たので家を出て待ち合わせの駅に向かうが、駅に着く前に昨日別れた交差点で羽深さんを見かける。
ちょうど信号待ちしているところだ。
僕の姿を見つけた羽深さんは昨日別れた時と同じように手を前に出して僕に向けて振った。
その仕草が朝からかわいい。
まあ時間帯はこの場合関係なく朝昼晩いつだってかわいいのだが。
「おはよー。いっつもわたしが拓実君を迎えてたから、わたしが迎えられるのってちょっと新鮮」
羽深さんが横断歩道を渡ってくるのを待っていた僕にそう言葉をかけてくる。
羽深さんは呑気にそんなことを言ってるが、僕は彼女を通りの向こうに認めた時からドキドキが止まらない。
「おはよう、羽深さん」
「ねえねえ、拓実君」
「はい?」
「ふふふ、なんだか早朝のデートみたいだね」
僕に顔を覗き込んでいたずらっ子みたいに僕の反応を確かめる羽深さん。
その手に乗るもんかという意思は早くも薄弱に崩れ落ちそうだ。
羽深さんは真っ赤になる僕を見て自分も顔を赤くしている。だったらよせばいいのに何のチャレンジなんだよ、羽深さんは。
「そう言えば……ずっと言おうと思ってて言えなかったんだけど……」
「はっ、はいっ」
急に改まって背を正す羽深さん。
ただのお礼を伝えるだけなのに、意外と礼儀正しいんだな。育ちがいいんだろうか。
「あの……ビスコッティ、ありがとう……美味しかった……よ」
やっと言えた。
前々からちゃんと言わなくちゃと思いながらずっと言えてなかったから、ようやく言えてスッキリした。
「…………え、あ、あぁ~、あれね。うんうん、あれか」
なんだこのリアクション?
もしかしてビスコッティ僕にくれたことなんてもう忘れちゃってたパターンか?
まぁなぁ。スクールカーストの頂点だからな。
いちいち下々に下賜したもんなんて覚えちゃいられないのかもな。
そう思うとちょっと寂しい気持ちになった。
「本当? よかった。じゃあ今度また腕を振るっちゃうかなー、あはは……ふぅ」
あはは……ふぅのところがなんか気になるな。
なんか僕、変なこと言ったんだろうか?
「そう言えば拓実君、今日は何を聴くの?」
「え? うーん、特に考えてなかったかなー」
もちろんそれは嘘で、羽深さんが聴いていそうな曲のプレイリストのつもりだ。
「いっつもどんな基準で選曲してるの?」
「ん、あー。その時の気分……かな」
前から羽深さんは僕が何を聴いてるのか興味があるみたいで結構食い下がってくるんだよなー。音楽好きなんだね。
「そっかー。じゃあじゃあ、わたしが今どんな気分か言ったら、拓実君オススメの曲を紹介してくれたりする?」
「え、それはまぁ、できるけど……?」
嘘ですっ!
できるけどっていうかむしろ願ったり叶ったりですっ! そりゃもう喜んで選ばせていただきますっ!
犬みたいに尻尾全開でぶん回しながら羽深さんのために選曲しますよーーっ!
「ホント!? やったっ」
羽深さんは胸の前で小さくガッツポーズを作っている。
こっちは嬉しいんだけど、羽深さんがそんなに喜んでくれるとはちょっと意外だ。
そしてその仕草、めっちゃかわいい。脳内シャッターを切りまくる。
そうかぁ……ひょんなことから羽深さんと同じ音楽を妄想じゃなくて共通することができるのか……。
これは実に感無量だ……。
「羽深さんは、どんな音楽が好み……かな?」
そこは重要だ。ある程度好みに合わせた選曲をしたいからな、やっぱり。
羽深さんは頬に人差し指を当てて考えている。
その仕草がまた凶暴なまでにかわいらしさを引き立てている。
「うーん。拓実君のオススメならなんでも聴きたい」
きゅーーーん。
なにそれ、もぉーーっ!
なんでそんなに僕の心臓を締め付けるようなことを!?
このペースじゃ学校に着くまでこっちがもちそうにないんですけど!?
改札を抜けて電車に乗るとこの時間まだそう人は多くない。
自然と席に座ることになるのだが、案の定羽深さんはぴったりと肩を寄せてくる。
だからなんなのだろうか。
自分も真っ赤になるくせに捨て身で僕をからかいたいのだろうか。勘弁してほしい。
かわいすぎて辛いから……。
電車の中ではお互いに言葉がない。
お陰で密着した肩の感触やら甘い匂いやらが僕の研ぎ澄まされた五感を刺激して困る。
羽深さんは照れ隠しなのかスマホを操作して何かしてる。
僕も手持ち無沙汰だしなんとなくスマホを手に取ると、Threadに着信があった。
見てみると隣の人からだ。
『今の気分。し・あ・わ・せ♡』
またこういうことを……。
人をからかうもんじゃありません。
『わたしの気分の選曲でお願いDJさん!』
あ、なるほど。そういうことか……。
『了解!』
そういうことなら。
僕は甘めのフィリーソウルやラヴァーズロックを中心に十曲くらいをその場で身つくろい、新しく作ったプレイリストに加えていった。
しかし羽深さんが利用している配信サービスが何か聞いてなかったのに気づいた。
「羽深さんは音楽配信サービスは何か使ってる?」
「わたし? A○ple Musicだけど?」
「あぁ、本当に? じゃあ僕と一緒だからプレイリスト送るね」
同じ配信サービスなので作ったプレイリストを共有できる。便利だ。
羽深さんは僕が送ったプレイリストの曲をダウンロードするとイヤホンをスマホに差し込んだ。
通常はBluetoothイヤホンを使用するタイプなのでこのイヤホンを使うにはライトニングケーブルからミニプラグへと変換する必要があるのだが、そこまでしてこれを使っているんだなぁ。
「ん」
羽深さんがイアプラグの片割れを僕に差し出してきた。
もしやこれは恋人たちが漫画やなんかでよくやってるやつをするってことなのか!?
「一緒に聴こ」
うぉー、やっぱそうか。
ヤッベェ、超嬉しい!
今まで妄想だけでやってた憧れのシチュエーションだ。幸せの絶頂だ!
まさかの学園クイーンとこんなことになるなんて。
もうこれって付き合ってると思ってよくね?
こんなことしてもらって調子に乗るなっていう方が無理だわ。
そうして僕らは学校の最寄駅に着くまでの間、はたから見たらまるで恋人同士みたいに肩を寄せ合いイヤホンをシェアして、僕が作った甘~い音楽の詰まったプレイリストを聴いていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる