【6/5完結】バンドマンと学園クイーンはいつまでもジレジレしてないでさっさとくっつけばいいと思うよ

星加のん

文字の大きさ
57 / 83

57 ティッシュを本郷くんにあげてくれ!

しおりを挟む
「ちょっ、ストッープ! ストーップ!」

 取り敢えず演奏を止める。みんな何があったのか分からず戸惑いの表情だ。

「大丈夫? どうした?」

 かなでちゃんが羽深さんに歩み寄り、背中に手を回して顔を覗き込む。
 こんな時男性陣は無力だ。できることなら僕だってああしたいところだけど、そんなことしようものなら気味悪がられるのは必至だ。
 泣いて呼吸困難に陥り喋ることもままならない様子の羽深さんをキーボードの椅子に座らせて、かなでちゃんはしゃがみ込んで背中をさすってあげている。

 はてさて。一体羽深さんの身に何が起こっているのだろうか。僕にはさっぱり見当もつかないのだけど、多分他のメンバーも同じじゃないだろうか。かなでちゃん以外は、一同ぽかーんとしている。
 取り敢えず僕は受付に行ってティッシュをもらって戻り、かなでちゃんに手渡した。
 少し落ち着いてきた様子の羽深さんはちーんと鼻をかんでいる。美女の鼻かみとはレアだがもちろんこの状況でそんなことを考えている奴などいない。

ごべんなさいごめんなさいずいについにバンド実現じだどおぼったらしたと思ったら、いろんな感情が一気にあぶれでぎで溢れてきて……」

「そっか……そっかそっか」

 かなでちゃんがよしよしと頭を撫でながら羽深さんを抱きしめている。うぅむ。あの役、羨ましいなどと内心では思いつつ、これまた僕がやったところで気味悪がられるだけだ。

 まぁそんなことはどうでもよくて、羽深さん、要するに感極まってしまったということか。よっぽどの思いだったんだなぁ。このバンドにかける思い。
 ちょっと僕は感動してしまったよ。
 他のメンバーの様子を見渡してみると、メグと羅門はどうしていいか分からず気まずそうに目を逸らしている。無口な本郷君は……めっちゃ鼻水垂れ流して泣いてるじゃないか。ティッシュ! かなでちゃん、ティッシュを本郷君にあげてくれ! なんだよ、本郷君。クールな無口キャラかと思いきや、無口な感動屋さんだったのか。意外。

 そんな羽深さんの思いを受けて、各メンバー思うところがあったようで、今の演奏についての意見が活発に出た。ここのダイナミズムをもっとどうだの、もうちょっと裏を強調したノリにしたいとか。よりよい演奏になるようみんな本気だ。

 そういえば日本のバンドにありがちなのが、ダウンフィールでビートをカウントする演奏スタイルだ。エンヤードットーの古来より染み付いた日本人のビート感覚をポップスにも反映させてしまう。
 しかし黒人のビートに由来する現代の音楽のビートは、バックビートでノリを感じるアップフィールが基本原則というか大前提なのだ。

 まずポップスやロックで一般的な四拍子の場合、基本中の基本として1234の2と4を意識してビートをカウントする。その上で一小節を12345678と八分音符で刻んだ8ビートで演奏するとしたら、2468の偶数のところでノる。さらに言えばいいプレイヤーなら8ビートでもその倍の16ビートを感じて演奏している。
 ところが育った環境のせいか、売れ線のJポップの多くの曲が一拍と三拍にアクセントのある唱歌や童謡、もしくは音頭スタイルのメロディ構造の楽曲が多く、そのため演奏のカウントの取り方もそうなってしまっているものが多い。ボーカルスタイルだけはなぜかやたらとソウルフルなので、僕には聴いててソウルフルな演歌に聞こえてしまう。
 そういった楽曲はよく売れているので、きっとその方が馴染み深く感じるリスナーが多いのだろう。僕らの場合は、裏でビートを感じるアップフィールのリズムの取り方の方が馴染み深く感じてしまうのだけど。

 さて、羽深さんも随分落ち着いてきたようだ。

「どう、羽深ちゃん。そろそろ行けそう?」

 羅門が確認する。羽深さんは大きくゆっくりと頷くと深呼吸をした。

「みんな、ごめんね。もう大丈夫。わたし今バンドで歌ってるんだと思ったら、感動で胸が詰まっちゃって」

「もぉ~、かわいいこと言ってくれちゃって。うれしいねぇ」

 羅門が言うように、みんな羽深さんのその思いに心を動かされたようだ。バンドメンバーが思いを一つにするって大切なことを、バンド練習の初っ端にできたことはバンドの今後にとってもとても大きなことだと思う。
 その後の練習はみんな凄い集中力で臨んだため、素晴らしい演奏となった。練習状況はずっと動画に撮っていたし、マルチトラックで録音もしていたので、ミックスして後でサーバーに上げておくことになっている。演奏していると分からないのだけど、録音されたものを聴くと自分の演奏を客観的に聴くことができる。上手くなるためには実はこれが欠かせない。

「お疲れ様っ! このバンドいいね! こりゃ期待できるわ。手応えめっちゃ感じた」

 メグも大絶賛だ。僕も全面同意だ。いろんなバンドのトラで叩いているけど、こんなにバランスがいいバンドにはめったに出会えない。正直このメンバーで大正解だった。羅門の奴はなかなか信用できないけど、演奏面では認めざるを得ない。本郷君は演奏も人間もいい奴だ。

「楠木君、ドラムの音いいねぇ。今まで参加してきたバンドだとドラムは力任せの奴が多かったんだけど、楠木君は音はめっちゃでかいのになんか邪魔じゃないよね。不思議だなぁ」

 無口な本郷君が誉めてくれた。そう言えば音がでかいとはよく言われるから、でかいんだろうなぁ。でも邪魔じゃないのか。うーん、何でだろなぁ。

「あぁ、楠木のドラムはホント、バランスがいいんだよね。ハイハットがうるさくないんだよ」

 メグの談だ。なるほど、そういうことか。

「ハイハットかぁ。なるほどなぁ、言われてみればそうかも」

 本郷君が妙に納得している。

 ドラムって、右利きなら通常右手でハイハットを刻む。利き腕だけに初心者は強く叩きがちだけど、金物の音ってまぁ耳障りになりがちだ。しかも通常一番細かくリズムを刻むので、とかくうるさくなりがちなのだ。
 だから上手いドラマーは普通ハイハットは一番小さく、キックが一番大きくという力加減になる。音の特性として低音ほど音はボワッと広がって遠くに届かないので、キックは大きめに鳴らす必要がある。逆に高域は遠くに飛ぶ特性があるので、ハイハットは音量を加減して叩く必要がある。電子ドラムでのみ練習しているとこの辺にはなかなか気づけない。ドラムはとてもプリミティブな楽器で、叩く人の個性で音が全然違うものだ。だからできるだけ生でドラムを叩く機会を持って、録音や録画をして後で聴き直す習慣を持った方が上達への近道だ。

 これはマイキング事情の面でも必要とされる基本技術だ。マイクを立てた場合にスネアとハイハットは物理的な距離がとても近いので、スネアドラムのマイクにハイハットの音が回り込んでしまうことはどうしても避けられない。ハイハットの音量が大きすぎると、たとえばミックス時にスネアの音量を上げると、回り込んだハイハットの音まで大きくなってしまってバランスを上手く取れなくなる。自分の演奏を録音して知っているドラマーは、ハイハットやキックのバランスのことも考えて叩くわけだ。

 練習を終えて、羽深さんは高揚感でほんのりと頬が上気してピンクになっているようだ。いつにも増してかわいいのだが、僕はどうしたらいいのだ。いや、どうしようもないのは分かってるんだけど。ひたすら羽深さんがかわいくて堪らない。

「よっしゃ。じゃあまた打ち上げ行っちゃうか?」

 羅門がいつものように軽~い調子で提案すると、今日もまたファミレスにみんなで向かうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

秘密のキス

廣瀬純七
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

処理中です...