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72 うぁ〜、気持ちいいっ
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しばしの沈黙が続く中、ピッタリ肩を寄せてくる羽深さんのせいで僕の早鐘を打つ音だけが耳に響いている。
な、なな、何を話せばいいんだろうか、こんな時……。プロフェッショナルDTには皆目見当が付かんっ。
そんな沈黙と僕の心臓を穿つかのように、ガヤガヤと数人のグループがエントリーからやってきた。
THE TIMEのメンバーのみなさんだ。
言わずもがな曜ちゃんもその中には含まれるわけで……ここしばらく連絡が途絶えている上に、最後に会った時があれだったから、非常に気不味い。ただでさえ気不味いってのに、よりによって羽深さんと二人でこんな密着しているところに出くわすとは、何でこんなに間が悪いんだ、僕は……。
「「げっ」」
言うまでもなく羽深さんと曜ちゃんがお互いを目撃してお互いに同時に発した「げっ」である。
察しのいいボーカル担当でありバンマスでもある鈴木君がササッと空気を変えるべく声をかけてくる。
「楠木君、久しぶり~。ライブの件、受けてくれてありがとな」
「お、おぅ。レコーディングも参加してるし、こっちとしてもいいバンドでやるの楽しいから。あ、メグのヤツも今ちょっと出てるけどすぐ戻ってくると思うから」
「あぁ、そうなんだ。二人にはホントいい演奏してもらって頭が上がらないよぉ、ははは」
最後のは明らかに愛想笑いだろうけど、彼の言う通りいい演奏はできてたと思う。こうしてオファーをもらえるのが何よりそれを物語っている。そうじゃなきゃシビアに切られちゃうのが我々セッション・ミュージシャンの宿命みたいなもんだ。
そしてまた気不味い沈黙が続く。
秒数にすればきっとほんの2、3秒のことなのかもしれないが、その僅かな時間に永遠を感じてしまうくらい気不味い。
「あ、ひ、久しぶりだね……ジンピカちゃん」
意外なことに羽深さんの方から曜ちゃんに挨拶の声をかけている。
「そ、そうだね……今日は、どうしたのかな……あ、もしかしてバンド練習?」
「う、うん、文化祭でライブやるからその練習で……」
「あ、そ、そうなんだ……へぇ、ふぅん」
って、二人のめっちゃぎこちないやり取りに周りにも緊張が走る。
「た、楽しみだね。わ、わたしも観に行っていいかな」
曜ちゃんが観に来るだと!? CMのあと修羅場再び!?……というテロップが脳内に流れる。
怖い怖い……てかCMとかないし。この緊張感が文化祭で再現するとか勘弁してほしいんですが!?
「う、うん。来て来て、是非是非」
って羽深さん、マジかよ!? そこは断固拒否だろ……って、それはそれで険悪か。はぁ……。
「ささ、それじゃまずはスタジオの手続きしなくちゃね」
とまた空気を読んだリーダー鈴木君がみんなに声をかけて、固まってた空気がやっと動き出す。
そしてそんなタイミングを見計らっていたかのように(いや、こいつのことだからマジでこっそり見計らっていたんじゃないかな)メグが入ってくる。
「お、揃ってるね、ザ・タイム」
ここまでのその場の空気には全く頓着する風もなく、メグは相変わらず軽い調子でメンバーに声をかけていた。
「おぉ、光旗君も久しぶり。またお世話になります」
さすがMC担当だけあってリーダー鈴木君が代表して会話のやり取りをするような形が当たり前みたいになってるようだ。
「こちらこそ~」
「じ、じゃあわたしもそろそろ行くね。またね、拓実君。あ、光旗君も、みんなも」
そう言って羽深さんがパタパタ手を振って慌ただしく出ていった。
このところずっと曜ちゃんが大人しいのが気になるが、存外二人はトラブルもなく平和的にやり過ごしてくれてホッとした。
そしてTHE TIMEの練習は滞り無く進む。
レコーディングから参加してるし、ライブも経験済みだ。
今回特に新曲があるわけじゃないし、アレンジを大きく変えてやるわけでもない。
バンドで集まった時に曜ちゃんが余所余所しいのは元々だ。だから必要以上に気不味く感じる必要はないと自分に言い聞かせてミッションを遂行する。
いつもコンビでリズム隊をやっているメグと僕との相性はいつだってバッチリだ。
それに加えて今回のTHE TIMEともレコーディングやライブで練習も含めると散々一緒に演ってきたので、メンバーとのセッションもお互いのやり口が分かっている感じで良くなっている。
「改めて思ったけど、二人のリズム隊ってやっぱ凄くいいよねぇ」
ギターの川上君が改めて感慨深そうにそんなことを言ってくれた。ありがたい。
「思った思った。ねぇ、二人の演奏って、何であんなにグルーブ感出るのかなぁ」
川上君に続いたのはキーボードの権藤君だ。
あー、まぁ確かにそれはね。僕ら二人で中学時代からやたらそこは研究してきたから。
研究っていうか、グルーブって何なのか不思議で不思議で、その正体を知りたくっていっつも二人で話し合っちゃあ、仮説を出し合って試してみてって繰り返してた。
「そこはまぁ、企業秘密ってわけでもないんだけど、色々とあるにはあるんだよね」
メグの奴が勿体つけて話し始めた。長くなるぞこれ。
「何々? すんげぇ、興味あるんだけど」
川上君がめっちゃ食いつく。
「まー、一般的には、前ノリだの後ノリだのって言われるんだけどさぁ。俺らの場合は現時点で一番思うのは音価とアクセントじゃないかなと考えてる」
「「音価とアクセント?」」
THE TIMEで楽器を担当している二人がハモる。
「そ。ここで言う音価っていうのは譜面上の音価じゃなくって、実際の演奏の音符の長さのことを言ってるんだけどさ」
「「ほぉほぉ」」
「同じ八分刻みでも」
言いながらメグがベースを抱えて弾いてみせる。
「同じ音価でこんな風に刻んだ場合とさ、裏拍だけミュートしてスタッカートでこんな風に演奏するのとではグルーブ感が全然違うでしょ?」
「「うんうん、確かに」」
「更に例えば一拍目だけ半音スライドして入ると、これはまたこれでリズムに変化を感じてグルーブ感が全然違ってくると思わない?」
「「ホントだっ!」」
「そんでもって、楠木のドラムの特徴は、結構スネアのミュートが強めでサスティンがあんまりないんだよね。しかもこいつの叩き方独特でさ。スネアを叩いた時押さえつけるようにしてスティックでもミュートかけてるんだよね。そのせいか音が太い割にキレが良いの、普通のドラマーよりか。んでハイハットも左足の踏み込みが一般的なドラマーより強めでやっぱり音価が短い。あと、曲調にもよるんだけど、こういう八分でベースが刻んでるような時って、楠木の場合まずハイハットのアクセントが裏に来るんだよね。普通の奴は大抵表にアクセント置くんだけど。てかそもそも下手くそはアクセントすらついてないけどな」
「「ほぇ~」」
こんな話初めて聞いたようで、THE TIMEの楽器担当の二人が驚いている。
更に言えば、ハイハットの踏力でもアクセントが付くように結構細かく踏力の加減を変えていたりするんだけどね。
「そこに楠木はノッてくるとちっちゃい音でゴーストノートが入ってくる。これが粘っこいグルーブ感を生み出してると俺は思う。なぁ、楠木。ちょっとこれに合わせてみなよ」
「OK。あ、あとね。頭の揃え方っていうかタイミング取る時って、大抵一泊目と三拍目で取る人が多いかと思うんだけど、僕らは二拍目と四拍目で合わせるように意識してるよ」
「あ、そうそう、それな。実はベースはスネアを聴きながら合わせてるんだよ」
「「目からうろこっ!」」
メグのベースに合わせて8ビートを叩いてみせる。大体メグが解説した通りだ。
こういうのは二人で再三追求してきたことなのでお互い分かり合っている。
基本、ただの八分刻みのリズムを繰り返しているだけだ。譜面上は誰が見ても同じ音符の並びなのに、ただ譜面に忠実に演奏しただけの場合と僕らのプレイとでは、全然違って聴こえるはずだ。
事実、繰り返される単純な8ビートに、徐々にメンバーたちの体が揺れてくる。
「うぁ~、気持ちいいっ」
その場にいたTHE TIMEの面々が口々にそう言っている。違いが分かってもらえたようで、こっちもグルーブを共有できたことが嬉しくなる。
「ま、これがグルーブの基礎中の基礎編で、細かなことは他にも色々あるんだけど、こういうことを主に意識してれば極上のグルーブ感が出るってこと」
「いや勉強になったなぁ」
川上君が感慨深げにそう言ってくれた。普通の高校生でそんなこと追求してるバンドはそうそうないだろうけど、良いプレイをする上ではとっても大事なことなんだ。
超絶速いフレーズを弾けるとか、高難易度のプレイができるとか、兎角そういうところに惹かれがちだけどね。
何だか音楽教室みたいになったところで、今日の練習はお開きとなった。
曜ちゃんは今日もよそよそしいまま、他のメンバーたちと一緒におずおずと帰っていった。
そして相変わらずThreadにも何の音沙汰もなし。このまま済むならいいんだけど。
な、なな、何を話せばいいんだろうか、こんな時……。プロフェッショナルDTには皆目見当が付かんっ。
そんな沈黙と僕の心臓を穿つかのように、ガヤガヤと数人のグループがエントリーからやってきた。
THE TIMEのメンバーのみなさんだ。
言わずもがな曜ちゃんもその中には含まれるわけで……ここしばらく連絡が途絶えている上に、最後に会った時があれだったから、非常に気不味い。ただでさえ気不味いってのに、よりによって羽深さんと二人でこんな密着しているところに出くわすとは、何でこんなに間が悪いんだ、僕は……。
「「げっ」」
言うまでもなく羽深さんと曜ちゃんがお互いを目撃してお互いに同時に発した「げっ」である。
察しのいいボーカル担当でありバンマスでもある鈴木君がササッと空気を変えるべく声をかけてくる。
「楠木君、久しぶり~。ライブの件、受けてくれてありがとな」
「お、おぅ。レコーディングも参加してるし、こっちとしてもいいバンドでやるの楽しいから。あ、メグのヤツも今ちょっと出てるけどすぐ戻ってくると思うから」
「あぁ、そうなんだ。二人にはホントいい演奏してもらって頭が上がらないよぉ、ははは」
最後のは明らかに愛想笑いだろうけど、彼の言う通りいい演奏はできてたと思う。こうしてオファーをもらえるのが何よりそれを物語っている。そうじゃなきゃシビアに切られちゃうのが我々セッション・ミュージシャンの宿命みたいなもんだ。
そしてまた気不味い沈黙が続く。
秒数にすればきっとほんの2、3秒のことなのかもしれないが、その僅かな時間に永遠を感じてしまうくらい気不味い。
「あ、ひ、久しぶりだね……ジンピカちゃん」
意外なことに羽深さんの方から曜ちゃんに挨拶の声をかけている。
「そ、そうだね……今日は、どうしたのかな……あ、もしかしてバンド練習?」
「う、うん、文化祭でライブやるからその練習で……」
「あ、そ、そうなんだ……へぇ、ふぅん」
って、二人のめっちゃぎこちないやり取りに周りにも緊張が走る。
「た、楽しみだね。わ、わたしも観に行っていいかな」
曜ちゃんが観に来るだと!? CMのあと修羅場再び!?……というテロップが脳内に流れる。
怖い怖い……てかCMとかないし。この緊張感が文化祭で再現するとか勘弁してほしいんですが!?
「う、うん。来て来て、是非是非」
って羽深さん、マジかよ!? そこは断固拒否だろ……って、それはそれで険悪か。はぁ……。
「ささ、それじゃまずはスタジオの手続きしなくちゃね」
とまた空気を読んだリーダー鈴木君がみんなに声をかけて、固まってた空気がやっと動き出す。
そしてそんなタイミングを見計らっていたかのように(いや、こいつのことだからマジでこっそり見計らっていたんじゃないかな)メグが入ってくる。
「お、揃ってるね、ザ・タイム」
ここまでのその場の空気には全く頓着する風もなく、メグは相変わらず軽い調子でメンバーに声をかけていた。
「おぉ、光旗君も久しぶり。またお世話になります」
さすがMC担当だけあってリーダー鈴木君が代表して会話のやり取りをするような形が当たり前みたいになってるようだ。
「こちらこそ~」
「じ、じゃあわたしもそろそろ行くね。またね、拓実君。あ、光旗君も、みんなも」
そう言って羽深さんがパタパタ手を振って慌ただしく出ていった。
このところずっと曜ちゃんが大人しいのが気になるが、存外二人はトラブルもなく平和的にやり過ごしてくれてホッとした。
そしてTHE TIMEの練習は滞り無く進む。
レコーディングから参加してるし、ライブも経験済みだ。
今回特に新曲があるわけじゃないし、アレンジを大きく変えてやるわけでもない。
バンドで集まった時に曜ちゃんが余所余所しいのは元々だ。だから必要以上に気不味く感じる必要はないと自分に言い聞かせてミッションを遂行する。
いつもコンビでリズム隊をやっているメグと僕との相性はいつだってバッチリだ。
それに加えて今回のTHE TIMEともレコーディングやライブで練習も含めると散々一緒に演ってきたので、メンバーとのセッションもお互いのやり口が分かっている感じで良くなっている。
「改めて思ったけど、二人のリズム隊ってやっぱ凄くいいよねぇ」
ギターの川上君が改めて感慨深そうにそんなことを言ってくれた。ありがたい。
「思った思った。ねぇ、二人の演奏って、何であんなにグルーブ感出るのかなぁ」
川上君に続いたのはキーボードの権藤君だ。
あー、まぁ確かにそれはね。僕ら二人で中学時代からやたらそこは研究してきたから。
研究っていうか、グルーブって何なのか不思議で不思議で、その正体を知りたくっていっつも二人で話し合っちゃあ、仮説を出し合って試してみてって繰り返してた。
「そこはまぁ、企業秘密ってわけでもないんだけど、色々とあるにはあるんだよね」
メグの奴が勿体つけて話し始めた。長くなるぞこれ。
「何々? すんげぇ、興味あるんだけど」
川上君がめっちゃ食いつく。
「まー、一般的には、前ノリだの後ノリだのって言われるんだけどさぁ。俺らの場合は現時点で一番思うのは音価とアクセントじゃないかなと考えてる」
「「音価とアクセント?」」
THE TIMEで楽器を担当している二人がハモる。
「そ。ここで言う音価っていうのは譜面上の音価じゃなくって、実際の演奏の音符の長さのことを言ってるんだけどさ」
「「ほぉほぉ」」
「同じ八分刻みでも」
言いながらメグがベースを抱えて弾いてみせる。
「同じ音価でこんな風に刻んだ場合とさ、裏拍だけミュートしてスタッカートでこんな風に演奏するのとではグルーブ感が全然違うでしょ?」
「「うんうん、確かに」」
「更に例えば一拍目だけ半音スライドして入ると、これはまたこれでリズムに変化を感じてグルーブ感が全然違ってくると思わない?」
「「ホントだっ!」」
「そんでもって、楠木のドラムの特徴は、結構スネアのミュートが強めでサスティンがあんまりないんだよね。しかもこいつの叩き方独特でさ。スネアを叩いた時押さえつけるようにしてスティックでもミュートかけてるんだよね。そのせいか音が太い割にキレが良いの、普通のドラマーよりか。んでハイハットも左足の踏み込みが一般的なドラマーより強めでやっぱり音価が短い。あと、曲調にもよるんだけど、こういう八分でベースが刻んでるような時って、楠木の場合まずハイハットのアクセントが裏に来るんだよね。普通の奴は大抵表にアクセント置くんだけど。てかそもそも下手くそはアクセントすらついてないけどな」
「「ほぇ~」」
こんな話初めて聞いたようで、THE TIMEの楽器担当の二人が驚いている。
更に言えば、ハイハットの踏力でもアクセントが付くように結構細かく踏力の加減を変えていたりするんだけどね。
「そこに楠木はノッてくるとちっちゃい音でゴーストノートが入ってくる。これが粘っこいグルーブ感を生み出してると俺は思う。なぁ、楠木。ちょっとこれに合わせてみなよ」
「OK。あ、あとね。頭の揃え方っていうかタイミング取る時って、大抵一泊目と三拍目で取る人が多いかと思うんだけど、僕らは二拍目と四拍目で合わせるように意識してるよ」
「あ、そうそう、それな。実はベースはスネアを聴きながら合わせてるんだよ」
「「目からうろこっ!」」
メグのベースに合わせて8ビートを叩いてみせる。大体メグが解説した通りだ。
こういうのは二人で再三追求してきたことなのでお互い分かり合っている。
基本、ただの八分刻みのリズムを繰り返しているだけだ。譜面上は誰が見ても同じ音符の並びなのに、ただ譜面に忠実に演奏しただけの場合と僕らのプレイとでは、全然違って聴こえるはずだ。
事実、繰り返される単純な8ビートに、徐々にメンバーたちの体が揺れてくる。
「うぁ~、気持ちいいっ」
その場にいたTHE TIMEの面々が口々にそう言っている。違いが分かってもらえたようで、こっちもグルーブを共有できたことが嬉しくなる。
「ま、これがグルーブの基礎中の基礎編で、細かなことは他にも色々あるんだけど、こういうことを主に意識してれば極上のグルーブ感が出るってこと」
「いや勉強になったなぁ」
川上君が感慨深げにそう言ってくれた。普通の高校生でそんなこと追求してるバンドはそうそうないだろうけど、良いプレイをする上ではとっても大事なことなんだ。
超絶速いフレーズを弾けるとか、高難易度のプレイができるとか、兎角そういうところに惹かれがちだけどね。
何だか音楽教室みたいになったところで、今日の練習はお開きとなった。
曜ちゃんは今日もよそよそしいまま、他のメンバーたちと一緒におずおずと帰っていった。
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