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80 キモっ
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やっとこさ洗い物を終えて教室に戻ると、メグの方が先に戻っていたらしく、僕を見つけて小走りで近づいてきた。
「あれ、そこら辺で羽深さんに会わなかったか?」
「いや?」
「お前のこと探してたから、洗い物してたよーって言ったら急いで出ていったんだけど」
「……何だろ。文化祭終わったら話があるとは言われていたんだけどさ……ちょっと今の僕には耐えられそうにないんだけど……」
やさぐれて自暴自棄の僕にはもう、悪い予感しかしない。
「お前ねぇ、ちょっとネガティブが過ぎるぞ」
「しょうがないだろ。お前みたいなモテ男とは違う世界線の住人なんだよ、こっちは」
「うーん……楠木が思ってるようなことはないと思うんだけどなぁ……」
「いや、相手があの羅門だからな。あいつはどんな手を使うか分かんないだろ」
「はぁ……前から思ってたけど、お前、羅門のこと悪く思い過ぎだぞ」
「なっ! お前もう中学の時のこと忘れたのかよ!」
僕の声が思いの外大きくなってしまったため、クラスメイトの何人かが何事かとこちらを見ている。
「ちょ、落ち着けよ。こっち来い」
そう言うとメグは僕の腕を引っ張って廊下に連れ出す。屋上に出る階段の踊り場まで来てようやく手を離してもらえた。
「あのなぁ。羅門から口止めされてたから黙ってたけど……あの件はお前が思ってるようなこととは違うぞ」
「あ? どういうことだよ?」
メグの話をまとめるとこうだ。
中学の頃、ちょっとした傷害沙汰があった。
それには僕がやっていたバンドメンバーのある女の子と、同じくバンドメンバーだった羅門が絡んでいたのだけど、僕の知るところでは、女癖の悪い羅門がメンバーの女の子とファンの女の子に手を出して二股をかけていたのがバレて、所謂痴情のもつれというやつで傷害沙汰になってしまった。それが原因でバンドは空中分解してしまったという僕の認識だ。
ところがメグによれば真相はそうではないと言う。
俄には信じられないのだが、関係する女の子は二人とも僕のことが好きだったのだと言う。
それでそのファンの女の子っていうのが結構ヤバい感じの人で、僕を守ろうとしたバンドメンバーの女の子とトラブっていたらしい。それを知った羅門は二人の間で仲裁に入って色々やってくれてたのだが、そのせいで傷害沙汰に巻き込まれてしまったと言うのだ。メンバーの子が僕に迷惑がかかったら意味がないから知らせないでほしいと泣いて頼んだらしく、その意を汲んだ羅門の奴が、自分が招いた女性トラブルということにして真実を飲み込んでいたというのだ。
もしそれが真実だとしたら、今まで何ていう誤解をしてきたのだろうか。しかもそうだったとしたら、羅門ってめっちゃいい奴じゃないかよ。
そして何も知らずに羅門を逆恨みした僕は最低な奴じゃないか。
もう何が何だか……。
「悪い。ちょっと羅門の奴とちゃんと話し合う必要があるわ。メグが言ったことが本当だとしたら謝んないと。じゃないと羽深さんとも話せない」
「おぉ。羅門なら多分二組にいると思うよ。自分のクラス手伝うって言ってたから」
「サンキュ」
メグが言うことが本当だったら、今まで凄く申し訳ないことしてたことになる。そう思ったら矢も盾も堪らず、僕は羅門のいるであろう教室へと向かっていた。もっとも羅門と羽深さんのこともめっちゃ気になっているんだけど、今はともかく中学時代のトラブルの件だ。
勇んで羅門のクラスの前まで来てみたはいいが、教室を覗こうと思ったら、元来のモブゆえの気弱さが発動。中を窺うというたったそれだけのことをする勇気が沸かない。
羅門の教室の前で行ったり来たりしている内に、羅門の方が気づいたようで出てきてくれた。
「楠木、何やってんだ? この文化祭を通して不審者ぶりに磨きをかけたな。だははは」
「うっせぇよ。ちょっと、個人的にお前に話があってな」
「何だよ。話があるって割にはずっとウロウロしてたな」
「み、見てたならさっさと出てこいよ。これだから羅門は全く……」
様子を見られたことに赤面して憎まれ口を利いてしまう。
「ちょっと待ってなよ」
そう言うと羅門は教室に戻ってクラスの人と一言二言話をしてまた出てきた。
「悪いな。じゃあ、どっか移動して話すか? つっても模擬店周りを野郎と二人っきりでとかまっぴらだし……」
「なっ。こっちだって御免こうむるわ!」
「だよな。中庭の自販機のところでいいか?」
文句はないので羅門と連れ立っていつも利用している自販機のところに移動する。
生憎ベンチは空いていなかったので、自販機の前で立ち話となった。
「ブラックでいいか?」
「おぉ、サンキュー」
ガタンと音を立てて落ちてきた缶コーヒーを取って羅門に投げる。
「んで、お前から話があるとか言ってくるなんて、何か新鮮だな」
そう言って笑われた。
「確かに……いや、どうしても気になることがあってさ」
すると羅門がニヤニヤと嫌な笑顔を向けてきた。
「だろうな。大方、俺と羽深ちゃんとのロマンスの行方が気になっちゃって仕方がないんだろう?」
「っ!? っくっ……そうじゃなくてな……いや、それもそうだけど……って、違う……いや違わねぇって……あーっ! ま、その話は後ほど確認させてもらう! まずはだな。中学時代の傷害沙汰の件。メグから真相を聞かされたんだけど?」
「なんだ……メグの奴、バラしちゃったのか。バレちゃうとかっこわりぃなぁ……俺」
「メグの話、本当なのか?」
「うーん……メグが何て言ったか知らんけど、多分ホント」
「お前さぁ、何で言わねえんだよ! そのせいでこっちはずっと誤解してて……その……お前に酷い態度取ってきちゃったじゃないかよ……」
「ばーか。分かっちゃねぇなぁ、楠木。そういうことはな、黙ってるからかっこいいんだろが。俺はかっこいいのっ」
「クソッ! 分かったよ、お前はかっこいいわ、コンチクショーが!」
「おぉ、今更かよ」
「……ったく……。今まで、悪かったな、羅門」
「よせよぉ。別に恩に着せるためにやったわけじゃないからよ。コーヒー奢ってもらったからチャラだぜ」
そう言って旨くもない缶コーヒーをグビッと煽る羅門。悔しいがこいつこんなにかっこいいやつだったとは……。
「つーか、知らなかったの僕だけかよっ」
「あぁ? あー、メグもホントは知らなかったはずなんだけどよ。あいつ三玖と付き合ってた時あっただろ? それで知ったらしくてな。絶対黙ってろよって言ったんだけどなぁ。まさかここに来てバレるとは。あいつも案外口軽いな。ハハ」
三玖っていうのは、中学時代のバンドメンバーの女の子だ。その子が僕のこと好きだったなんて全然知らなかった。大体メグと付き合ってたしな。つーか、三玖ちゃん僕のこと好きだったのにメグに鞍替えしたってことか? ま、あいつはイケメンだし、こっちは冴えないモブ野郎だしな。人生こんなもんさ。
「おいおい。何黄昏れてるんだよ。まだ早いんじゃねぇの?」
「あ? どういうことだよ」
「羽深ちゃんのこと、まだ聞いてないだろ? 知りたくないのか? つーか知るのが怖いか。ナハハ」
そうだった。それにしても腹立つ言い方するなぁ。その自信はどこから来るんだよ……って、えっ!? まさか?
「聞く、聞かない? どうする?」
そう言って羅門はまたニヤァッと笑う。さっきかっこいいって言ったこと取り消していいかな、こいつ。
「まさか、付き合うことになったのかっ?」
「正解っ!」
「っ!?」
がーん。
なんてこった……。まさか、そんなぁ……。
「となる予定だったんだけどな……安心しな。告るって言ったの嘘だし」
「はぁっ!?」
何なん、こいつ!? びっくりさせやがって。
「全部嘘……まぁ、羽深ちゃんのこといいと思ってたのはホントだけど……」
「意味分かんねぇんだけど?」
「ふぅっ。全くお前って世話が焼けんのな。お前見てるとな、イライラすんだよ。ジンピカちゃんと羽深ちゃんの間でいつまでもフラフラフラフラしてやがってよぉ。だから煽ってやったわけよ。お陰でやっと尻に火が着いただろ?」
「えっ?」
言われてもまだ意味が分からないんだが?
「どうだ? ジンピカちゃんとしっかり決着付けられたか?」
まるっとお見通しだと言わんばかりのドヤ顔で羅門にダメ押しされる。
「え、それは、あぁ。付けられた……」
「そりゃよかったな。もう見てらんなかったからよ。余計なお節介とは思ったけど、あのままじゃジンピカちゃんも羽深ちゃんも傷つくと思ったからな……そしてお前もな……」
どこか遠くを眺めながらそんなことを言う羅門。
今まで心底やな奴だと思ってきたのに、今日ばかりはやけにかっこよくてキモい。
「キモっ」
「はぁっ!? かっこいいところだろがっ! ちょっ、お前、こらっ!」
そう言って追いかけてくる羅門から逃げながら、涙でちょっぴり視界が滲んでいたのはここだけの秘密だ。ぐすん。
「あれ、そこら辺で羽深さんに会わなかったか?」
「いや?」
「お前のこと探してたから、洗い物してたよーって言ったら急いで出ていったんだけど」
「……何だろ。文化祭終わったら話があるとは言われていたんだけどさ……ちょっと今の僕には耐えられそうにないんだけど……」
やさぐれて自暴自棄の僕にはもう、悪い予感しかしない。
「お前ねぇ、ちょっとネガティブが過ぎるぞ」
「しょうがないだろ。お前みたいなモテ男とは違う世界線の住人なんだよ、こっちは」
「うーん……楠木が思ってるようなことはないと思うんだけどなぁ……」
「いや、相手があの羅門だからな。あいつはどんな手を使うか分かんないだろ」
「はぁ……前から思ってたけど、お前、羅門のこと悪く思い過ぎだぞ」
「なっ! お前もう中学の時のこと忘れたのかよ!」
僕の声が思いの外大きくなってしまったため、クラスメイトの何人かが何事かとこちらを見ている。
「ちょ、落ち着けよ。こっち来い」
そう言うとメグは僕の腕を引っ張って廊下に連れ出す。屋上に出る階段の踊り場まで来てようやく手を離してもらえた。
「あのなぁ。羅門から口止めされてたから黙ってたけど……あの件はお前が思ってるようなこととは違うぞ」
「あ? どういうことだよ?」
メグの話をまとめるとこうだ。
中学の頃、ちょっとした傷害沙汰があった。
それには僕がやっていたバンドメンバーのある女の子と、同じくバンドメンバーだった羅門が絡んでいたのだけど、僕の知るところでは、女癖の悪い羅門がメンバーの女の子とファンの女の子に手を出して二股をかけていたのがバレて、所謂痴情のもつれというやつで傷害沙汰になってしまった。それが原因でバンドは空中分解してしまったという僕の認識だ。
ところがメグによれば真相はそうではないと言う。
俄には信じられないのだが、関係する女の子は二人とも僕のことが好きだったのだと言う。
それでそのファンの女の子っていうのが結構ヤバい感じの人で、僕を守ろうとしたバンドメンバーの女の子とトラブっていたらしい。それを知った羅門は二人の間で仲裁に入って色々やってくれてたのだが、そのせいで傷害沙汰に巻き込まれてしまったと言うのだ。メンバーの子が僕に迷惑がかかったら意味がないから知らせないでほしいと泣いて頼んだらしく、その意を汲んだ羅門の奴が、自分が招いた女性トラブルということにして真実を飲み込んでいたというのだ。
もしそれが真実だとしたら、今まで何ていう誤解をしてきたのだろうか。しかもそうだったとしたら、羅門ってめっちゃいい奴じゃないかよ。
そして何も知らずに羅門を逆恨みした僕は最低な奴じゃないか。
もう何が何だか……。
「悪い。ちょっと羅門の奴とちゃんと話し合う必要があるわ。メグが言ったことが本当だとしたら謝んないと。じゃないと羽深さんとも話せない」
「おぉ。羅門なら多分二組にいると思うよ。自分のクラス手伝うって言ってたから」
「サンキュ」
メグが言うことが本当だったら、今まで凄く申し訳ないことしてたことになる。そう思ったら矢も盾も堪らず、僕は羅門のいるであろう教室へと向かっていた。もっとも羅門と羽深さんのこともめっちゃ気になっているんだけど、今はともかく中学時代のトラブルの件だ。
勇んで羅門のクラスの前まで来てみたはいいが、教室を覗こうと思ったら、元来のモブゆえの気弱さが発動。中を窺うというたったそれだけのことをする勇気が沸かない。
羅門の教室の前で行ったり来たりしている内に、羅門の方が気づいたようで出てきてくれた。
「楠木、何やってんだ? この文化祭を通して不審者ぶりに磨きをかけたな。だははは」
「うっせぇよ。ちょっと、個人的にお前に話があってな」
「何だよ。話があるって割にはずっとウロウロしてたな」
「み、見てたならさっさと出てこいよ。これだから羅門は全く……」
様子を見られたことに赤面して憎まれ口を利いてしまう。
「ちょっと待ってなよ」
そう言うと羅門は教室に戻ってクラスの人と一言二言話をしてまた出てきた。
「悪いな。じゃあ、どっか移動して話すか? つっても模擬店周りを野郎と二人っきりでとかまっぴらだし……」
「なっ。こっちだって御免こうむるわ!」
「だよな。中庭の自販機のところでいいか?」
文句はないので羅門と連れ立っていつも利用している自販機のところに移動する。
生憎ベンチは空いていなかったので、自販機の前で立ち話となった。
「ブラックでいいか?」
「おぉ、サンキュー」
ガタンと音を立てて落ちてきた缶コーヒーを取って羅門に投げる。
「んで、お前から話があるとか言ってくるなんて、何か新鮮だな」
そう言って笑われた。
「確かに……いや、どうしても気になることがあってさ」
すると羅門がニヤニヤと嫌な笑顔を向けてきた。
「だろうな。大方、俺と羽深ちゃんとのロマンスの行方が気になっちゃって仕方がないんだろう?」
「っ!? っくっ……そうじゃなくてな……いや、それもそうだけど……って、違う……いや違わねぇって……あーっ! ま、その話は後ほど確認させてもらう! まずはだな。中学時代の傷害沙汰の件。メグから真相を聞かされたんだけど?」
「なんだ……メグの奴、バラしちゃったのか。バレちゃうとかっこわりぃなぁ……俺」
「メグの話、本当なのか?」
「うーん……メグが何て言ったか知らんけど、多分ホント」
「お前さぁ、何で言わねえんだよ! そのせいでこっちはずっと誤解してて……その……お前に酷い態度取ってきちゃったじゃないかよ……」
「ばーか。分かっちゃねぇなぁ、楠木。そういうことはな、黙ってるからかっこいいんだろが。俺はかっこいいのっ」
「クソッ! 分かったよ、お前はかっこいいわ、コンチクショーが!」
「おぉ、今更かよ」
「……ったく……。今まで、悪かったな、羅門」
「よせよぉ。別に恩に着せるためにやったわけじゃないからよ。コーヒー奢ってもらったからチャラだぜ」
そう言って旨くもない缶コーヒーをグビッと煽る羅門。悔しいがこいつこんなにかっこいいやつだったとは……。
「つーか、知らなかったの僕だけかよっ」
「あぁ? あー、メグもホントは知らなかったはずなんだけどよ。あいつ三玖と付き合ってた時あっただろ? それで知ったらしくてな。絶対黙ってろよって言ったんだけどなぁ。まさかここに来てバレるとは。あいつも案外口軽いな。ハハ」
三玖っていうのは、中学時代のバンドメンバーの女の子だ。その子が僕のこと好きだったなんて全然知らなかった。大体メグと付き合ってたしな。つーか、三玖ちゃん僕のこと好きだったのにメグに鞍替えしたってことか? ま、あいつはイケメンだし、こっちは冴えないモブ野郎だしな。人生こんなもんさ。
「おいおい。何黄昏れてるんだよ。まだ早いんじゃねぇの?」
「あ? どういうことだよ」
「羽深ちゃんのこと、まだ聞いてないだろ? 知りたくないのか? つーか知るのが怖いか。ナハハ」
そうだった。それにしても腹立つ言い方するなぁ。その自信はどこから来るんだよ……って、えっ!? まさか?
「聞く、聞かない? どうする?」
そう言って羅門はまたニヤァッと笑う。さっきかっこいいって言ったこと取り消していいかな、こいつ。
「まさか、付き合うことになったのかっ?」
「正解っ!」
「っ!?」
がーん。
なんてこった……。まさか、そんなぁ……。
「となる予定だったんだけどな……安心しな。告るって言ったの嘘だし」
「はぁっ!?」
何なん、こいつ!? びっくりさせやがって。
「全部嘘……まぁ、羽深ちゃんのこといいと思ってたのはホントだけど……」
「意味分かんねぇんだけど?」
「ふぅっ。全くお前って世話が焼けんのな。お前見てるとな、イライラすんだよ。ジンピカちゃんと羽深ちゃんの間でいつまでもフラフラフラフラしてやがってよぉ。だから煽ってやったわけよ。お陰でやっと尻に火が着いただろ?」
「えっ?」
言われてもまだ意味が分からないんだが?
「どうだ? ジンピカちゃんとしっかり決着付けられたか?」
まるっとお見通しだと言わんばかりのドヤ顔で羅門にダメ押しされる。
「え、それは、あぁ。付けられた……」
「そりゃよかったな。もう見てらんなかったからよ。余計なお節介とは思ったけど、あのままじゃジンピカちゃんも羽深ちゃんも傷つくと思ったからな……そしてお前もな……」
どこか遠くを眺めながらそんなことを言う羅門。
今まで心底やな奴だと思ってきたのに、今日ばかりはやけにかっこよくてキモい。
「キモっ」
「はぁっ!? かっこいいところだろがっ! ちょっ、お前、こらっ!」
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