クラスのボッチが恋愛をする話。

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Ⅱ.不穏な作戦

クラスのボッチが恋愛する話。10

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 「はぁはぁ……くそ、間に合ってくれ……っ」

 彼の記憶が正しければ、美咲は放課後に校舎裏へと呼び出されていた。ならば、それこそが罠だと考えるのが普通だろう。

 真美がどこかに電話してから、未だに数分しか経っていない。まだ何かが起こっている可能性は低い。ならばこそ、彼は妹のもとへと走る。

 普段運動しない祟りだろう。足は痛みから悲鳴を上げているし、手も痺れて動かなくなってきた。目がチカチカするし喉はカラカラだ。

 それでも彼は、校舎の中を全力で駆けていく。途中で教頭の叫び声と不自然にズレた頭髪が見えたが、今はそれに構っている暇はない。

 三階にある教室から廊下と階段を全力疾走し、生徒玄関まで辿り着く。そしてそこから靴を履き替える事もなく、校舎前へと出る。このまま正面に行けば校外へと出るが、それは彼の目的外だ。

 校舎から出た彼は、そのまま迷う事なく右側へと走る。もうかれこれ六年も通っていた学校なのだ。大まかな構造くらいは把握している。

 そのままスピードを落とすことなく走った彼は、校舎の側面──どこの教室からも目に入らず、叫んだとしても校舎内まで届くかも分からない。それこそ、告白にはうってつけの場所に行き着く。

「美咲! 大丈夫か⁉︎」

 遂に妹の姿を捉えた志貴は、それまでの疲れも忘れて地面に伏している彼女の元へと駆け寄る。途中で男の姿があったが、気にする事ではない。

 志貴の腕に抱えられた美咲の姿は、凄惨なものだった。衣服は引き裂かれ、ところどころに痣も見られる。必死で抵抗したためか、息も荒い。幸い、事には及ばれなかったようだが、それを抜きにしても病弱な美咲には辛かった筈だ。

「ぁ……お兄ちゃん。えへへ……私ね、信じてたよ。お兄ちゃんが助けてくれるって。嬉しいな……本当に、来て、くれた……から…………」

「美咲…………」

 緊張の糸が切れてしまったのだろう。そのまま眠るように意識を失った美咲を優しく地面に下ろした志貴は、キッと鋭い目つきで反対側を見る。

「──お前が、美咲にこんな事をしたのか?」

 口調は、穏やかだった。

 恐らく高校生くらいの男が眼前に立っており、小学生からしてみれば畏怖の対象だ。それでも彼は臆する事なく、そう言った。

 底冷えするような声色。不自然なまでに口調に反して、その表情は冷徹な王のようだった。とても小学生とは思えないほどのプレッシャーに、男は思わずたじろいでしまう。

「──邪魔だ。どけ」

 空を、暗雲が覆い始めた。それはまるで、彼の心を表しているかのようだ。

 ──パンパンッ

 ふと、手を叩く音がした。何かと思い、男の後ろに視線を向けると、そこには先程まで志貴を誘惑していた真美の姿があった。

「ふふ。残念ですが、あなたの役目は終わりです。邪魔ですし、早く帰ってください」

「な……っ。ま、待てよ、俺はまだ……!」

 驚愕に表情を染めた男を無視して、志貴と真美は言葉を続ける。

「往生際が悪いな。聞こえなかったのか?」
「往生際が悪いですよ。聞こえませんでしたか?」



「────邪魔だと、言った」



 ゾクリと、男の背中に冷たいものが通った。高校生の彼が、たかが小学生二人に慄いている。

 認めたくない心もあるが、それ以上に体は正直だった。額には嫌な脂汗が流れているし、膝は笑っている。あと少しでも力を抜けば、その場で転んでしまいそうなほどだ。

 そして男は気づいていないだろうが──その表情は、絶望に染まっている。

「ひぃ……っ」

 そしてそのまま、本能に任せて逃げていく。すれ違った瞬間の真美の冷たい目、背中に刺さる志貴の凍えるような視線を、男は一生忘れられないだろう。

 それほどまでに、二人からは壮絶なプレッシャーが溢れていた。

「これは、お前が指示した事なのか?」

 逃走していった男を一瞥した志貴は、真美の方を睨みながらそう言った。

「ええ、そうですよ。だから言ったじゃないですか──妹さんに何かあったら、貴方のせいだと」

「…………………………」

 射殺すような視線にも、全く動じずに真美は話を続ける。

「──作戦の一段階目、誘惑は失敗。二段階目の失意の中での勧誘も失敗。なら、三段階目──脅しはどうですか?」

 作戦とはつまり、志貴を女子連盟のスパイにしようとする動きの事なのだろう。

 一段階目では、真美が志貴を誘惑した。しかしそれも、敢え無く振られてしまい、失敗。

 二段階目では、適当に雇った高校生を使って美咲に対して行動したのだろう。それによって失意の最中にいる志貴を慰めつつ勧誘するというものだろうが、それも失敗。

 そして三段階目では、

「……脅迫、というわけか」

「ええ。貴方がこれ以上拒否し続ければ、今度は数人がかりで妹さんを襲わせましょうか。それを毎日毎日……まさか貴方も、四六時中妹さんと一緒にいるわけではないでしょうし」

 それは確かにそうだった。いくら一緒にいると言っても、授業中などは流石に付いてやれない。もしそこを狙われてしまえば、恐らく次はないだろう。そして真美には──女子連盟には、それを可能にするだけの金がある。こんな事に使うのもバカバカしい気もするが、彼女等ならば本当にやりかねないだろう。

「それで、どうしますか? 言っておきますけど、先生に告げ口するのは諦めた方が懸命ですよ。まあそんな事、貴方ならば分かりきっているでしょうけど」

 この学校の教師への告げ口など、幾許かの金が積まれれば、それだけで無かった事にされるだろう。だからこそ、彼の中から既にチクリという選択肢は無くなっていた。

「……一つだけ、質問してもいいか?」

「あら、一つと言わず、幾つでもいいですよ」

「──どうして、今回に限ってこんなにも金をかけるんだ? 今までの女子達は、飽くまで常識的な範囲に限った事をしていた筈なのに」

 そう。今までの女子連盟は、飽くまで小学生として・・・・・・常識的な範囲で事を起こしていた。それに反して、今回の一連の出来事は相当に金がかかる。高校生を雇うのに始まり、もしも志貴が拒否すれば、とてもポケットマネーから払えるような金額ではなくなるだろう。

「そんなの決まっています。──それほどの価値が、貴方にあるからですよ」

「そうか? まあ、そう言ってもらえて嬉しいが、とてもそうは思えないが」

「うふふ。そんな事はありませんよ。中立の者を引き入れる──それだけでも相当に価値のある事ですし、それに何より、私が個人的にお近づきになれますから♡」

「あ、そう……」

 半分呆れたような表情をした志貴は、それまで向き合っていた真美から視線を外して美咲の方を向いた。

「……俺が女子に協力すれば、本当に美咲には手出ししないんだな?」

「ええ、勿論。そんな事をすれば、貴方を制御できなくなってしまいますから」

 その言葉に、志貴はどこか安心していた。半端に『神に誓いますー」とか言われても、むしろそちらの方が怪しい。だったら、今の真美のように現実的な事を言ってくれた方がありがたい。

 それに彼女は志貴の事を良く理解している。もしも女子連盟が約束を反故にして美咲に手を出そうとすれば──女子の制御下から失われた彼が何をしでかすか、分かったものではない。最悪、男子連合に寝返る可能性すら有り得てしまう。

「──多分、俺と君って根本的なところで似通っているんだよね。さっきもハモったし」

「うふふ、そうですね。先程は私、運命すらも感じてしまいました♡」

 先程の男子高校生を追い払った時、志貴と真美の言葉が丁度重なったのだ。それ以外にも、彼等にはいくつもの類似点がある。──例えば、クラスの男女間の争いを何処かで他人事として見ている、など。

「だから、決して相性は悪くないんだと思う。まあ、俺は君の事好きじゃないけど」

「あらあら、また振られちゃいました♡」

「けど、嫌いでもない。だから俺は、もうちょっとだけ君の事を知りたいと思った」

「──つまり?」

「君のお誘い、受けてやるよ」

 その言葉を聞いた瞬間、真美の表情がパーッと輝いたかと思うと、志貴の背中へと抱きついてきた。

「えへへ。それってつまり、脈アリって事ですよね。志貴さん……♡」

 今まで堪えてきた感情を、一気に爆発させた彼女はギューッと力強く志貴の事を抱きしめていた。

 背中越しのその表情がただの恋する乙女だという事に、彼はまだ気付かない。
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