クラスのボッチが恋愛をする話。

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Ⅲ.志貴の過去話

クラスのボッチが恋愛する話。14

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 ──プルルルル、プルルルル。

 彼の耳元で携帯電話の呼び出し音が反響している。

 ──プルルルル、プルル……

 これは出ないか……。彼がそう諦めた瞬間、呼び出し音が止まった。とは言っても、別段志貴が切ったわけではない。むしろその逆──つまり、呼び出していた相手が電話に応対したということだ。

『もしもし……』

「父さん、今大丈夫か? まあ、どちらにしても関係ないけどな」

 彼が電話をかけたのは、彼の実の父親──伊零いれい 一郎いちろうだ。

 実の父親に対して、志貴は有無を言わせない態度で電話越しに話しかける。

「ニュース、見たよ。単刀直入に聞くけど──あれは、真実か?」

『そ、そんなわけないだろう! あれはあいつの起こしたクーデターなんだ! だから信じてくれ!』

「あーはいはい、今はそういうのいいから」

 なんとも冷たい様子で答える志貴に、一郎はからゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。

「ハッキリ言って──父さん、それに母さんがどうなろうとも、俺としてはどうでもいいんだ。けれど、あいつは……俺にとって唯一の妹だけは守りたい。だからこそ、俺の質問に『はい』か『いいえ』で答えてくれ。──いいな?」

『あ、ああ、勿論だ……』

 酷く冷徹で、まるで興味の無いものに話しかけるかのような言い方に、一郎が思わず声を震わせていたが志貴は気にせずに質問を投げかけていく。

「なら始めに、クーデターを起こしたのは本当にあの人なんだな?」

『ああ、間違いない。実際にあいつは社長の椅子に座っている。……くそっどうしてこんな事に……」

 悔しそうな様子で声を滲ませる父親に、志貴はただ一言。

「──煩い。余計なこと言ってないで、俺の質問にだけ答えていろ」

『…………っ…………』

 息をつまらせた一郎は、そのまま黙りこくった。

「じゃあ次。父さんと母さんはこれからどうするんだ?」

『そんなの、会社を取り戻すに決まってるじゃないか! そのためにも今、全力で有志を募っているところで……」

「ふーん、あっそ」

 父親の今後一生にも関わりかねない努力を一切の興味も抱かずにバッサリと切った志貴は、チラリと愛する妹を一瞥して話を続ける。

「あんたらは、これから俺達をどうするつもりだ?」

『それ、は…………。暫くは、忙しくて構えなくなるかもしれない。でも、数年もすればきっと……っ!」

「……小学生の子供を数年もほったらかしねぇ……。まあ、別に構わないけど。どうせ、数年経とうともあんたらは家に帰ってこないんだろうし」

『そ、そんなことは……』

「『ない』って、本気で言うつもりか? もうちょっと今までの自分の言動を振り返ってみたらどうだ?」

 志貴がそう言うと、それっきり父親が口を開くことはなかった。だが電話は切ってないし、もしかすれば何かまだ言い残したことがあるのかもしれない。そう考えた志貴は電話を切ることなく数分間待ってみるが、全く音沙汰はない。

「……はぁ。そろそろ切っていいか? 俺だって、暇じゃないんだ」

『──ま、待ってくれ!』

「なんだよ? 要件なら早くしてくれよ」

 志貴がそう言って急かすと、意を決した一郎は言葉を発する。

『──お前は、俺達を恨んでいたりするか……?』

 恐る恐るそう聞いてくる父親に、志貴はため息混じりに答える。

「別に。いつかはこうなるだろうと思ってたし。ただあんたらが破滅するのが、俺の予想以上に早かったってだけで」

『……っ、そう、か……』

 最後にもう一つ溜息を吐いた志貴は、もう言うこともないだろうと電話を切ろうとする。するとその瞬間、

『あなた、あの子と電話しているんですか!? 変わってくださいっ!」

 電話から、歳をとった女の声が聞こえた。

 志貴にとって最も馴染み深く、そして嫌いな声が。

『ちょっと志貴、そこにいるんでしょう、返事をしなさい!」

 いかにもヒステリーですよ、とでも言わんばかりに荒れた声に、志貴はめんどくさがりながらも返事をする。

「はぁ……何、母さん?」

 そう。一郎から電話を奪い取って、無理矢理に志貴と会話している人物こそ志貴の母親──らんだ。

 よく考えてみればこの女、そんなに忙しい時に娘のパシリしたんだよなぁ……。と、ある種の感慨を覚えた志貴は冷たい声のまま話し続ける。

「要件なら一分以内に言って。俺はあんたみたいに暇人じゃないから」

『な……っ。あなた、母親に向かってなんて口を……っ!』

「ギャーギャー煩いな。だから部下に裏切られるんだよ。──まあ、そんな鈍い感性だし仕方ないか。悪いな」

 父親と話した時の数倍冷たい態度で、志貴は話す。否、冷たいというよりは怒っているといった感じだ。

 しかし、それも致し方ないだろう。

 過去、常々娘が欲しいと言っていた蘭は、初めて生まれた子供──即ち、志貴という息子に対してどんな仕打ちを行ったか。少なくとも、母親の愛情というものからは無縁だった。

 常に仕事にかまけ、これっぽっちも息子を見ようともしない。まだ忙しさに忙殺されているだけの一郎の方が優しく見える。

 学校の行事に来てくれることなどなく、せいぜい付き合いの飲み会に行く程度。遠足などのイベントでも、弁当など作るわけもなく、志貴は常にコンビニオニギリで済ませていた。

 それでも、ただそれだけであるならば自分の問題として志貴は片付けただろう。悪いのは自己である、と狂いながらも恨むことはしないだろう。まして、怒りを抱くなどあり得なかったはずだ。けれどそうはならなかった。それには、長女──即ち、志貴の妹が生まれたことが関係する。

 娘が生まれてからというもの、蘭はそちらに熱中するようになった。別段、育児に集中するのは構わない。むしろ今までの傾向から言ってしまえば、良いとすら言えるだろう。

 しかし、志貴ですらすぐには気付けなかった。母親は、娘が欲しかったのではないと。

 ──単に、自分の思い通りになる人間が欲しかっただけなのだと。

 そしてそのためには、同性である娘の方が都合がいい──ただ、それだけだった。

 志貴がその事に気付いた時、既に妹は冷たい態度を取るようになっていた。

 母親を鬱陶しいと思う心、周囲と自分の差に悩む心、父親というものを理解できない心、兄に対しての接し方が分からない心、その全てがグチャグチャになった結果として、彼女は周囲に心を閉ざした。

 要するに、彼女があんな年齢に不相応な敬語を使うのも、どこか他人行儀になってしまっていたのも、全て母親の教育の成果だったのだ。

 ──そして彼がそれに気づいた時には、既に手遅れだった。

 妹の心は閉ざされ、交友関係はメチャクチャにされ、部屋から出ることも少なくなった。辛うじて、学校には行っている程度だ。

 だからこそ志貴は、妹と一緒に遊ぼうとした。自分も、それに気づけなかった──いわば、責任の一端を担う者だから、と。

 そして(本人は認めないが)シスコンである志貴からしてみれば、実の妹をそんな目に合わせた母親を、許せるわけがなかった。

 だからこそ彼は、氷柱の如き冷たく攻撃的な態度で母親と会話しているのだ。

「それで? 母さんがこの不肖の息子に、一体全体何の要件? あ、あと五十秒ね」

『ふん。その不肖の息子でも役立つ事もあるということね。彼女をさっさと事務所まで連れて来なさい。暫く私達は動けなくなるから』

 彼女──というのは、言うまでもなく妹のことだ。つまり、自分の身勝手な都合で娘を拘束しようと言うのだ。とても母親の言うこととは思えない。

 ちなみに、事務所というのは父や母が使っている仕事場のようなものだ。これだけは会社ではなく個人としての所有物だったために奪われなかったのだろう。まあ、裏を返せばそれしか残っていないということだけど。

「随分と、身勝手なことを言うもんだな。まあどちらにせよ、あいつは今寝ているから無理だけど……」

『何を言っているのかしら? 私が言っているのだから、早く連れて来なさい。あんた達は、私の言うことだけを聞いていればいいのよ。それこそがあんた達の幸せなの。いい? 分かったら、彼女を連れて来なさい』

 いくらなんでも、寝ている娘を叩き起こして連れて来いと言われると思わなかった志貴は、──そういえば、こいつはこういう女だったな。と、苦笑しながら思考していた。

 とはいえ、いくらなんでも熟睡している妹を起こすのは忍びないし、そうでなくとも折角笑顔を取り戻しつつある彼女を母親の元を連れていくわけにはいかない。

「そうか……──なら俺は、不幸でもいいよ。その先に、あいつの幸せがあるって信じているから」

『な、何を巫山戯たことを──っ」

「っと、もう一分だ。それじゃあ、せいぜい無駄な足掻きをしてくれよ」

『ち、ちょっと待ちなさ……』

 母親の制止も無視して、志貴は電話を切った。ついでに電源も切った。

 彼はそのまま「ふぅ……」と溜息を吐くと、力なくソファに座った。柔らかい背凭れに背中を預けた彼は、愛しの妹へと視線を向けた。

「──何があっても、守ってみせるから。だから、ゆっくりと休んでくれ」

 彼が優しい手つきで妹の頭を撫でると、小さく彼女の口が動く。とはいえ起きた様子でもないし、どうやら寝言を呟いているだけのようだ。

「…………ん、おにい、さま…………」

「はは、夢の中でも遊んでるのか。喜ばしい限りだな」

 志貴が薄い笑みを浮かべると、寝ている筈の妹の手が志貴の手を優しく包み込んだ。それはまるで、兄のことを慰めているようで──。

「まいったな。まさか妹に救われるとはな……。いや、それも今更か。今だけは、許してくれよ」

 そう言って、力尽きたかのように微睡みに誘われる志貴の顔には、妹と共に居られる──ただそれだけの、幸せを享受する安堵の表情が浮かんでいた。
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