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本編
第13話 想像するということ
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「今日は手始めに、物書きの心得について話をしよう」
大葉先生はPCを操作し、スクリーンいっぱいに『物書きの心得』という文字を表示した。前回の講師の時から数えると、今回のシナリオ創作技法の講義は七回目。前期で受ける一科目のコマ数は約十五回。つまりここにいる学生達は既に半分ほど講義をこなしていることになる。
今更になって物書きの心得を説かれたところで、何の役にも立たない。と、それを暗に伝えようとしているのか、ほとんどの学生がやる気のなさそうに頬杖を突いたり、携帯またはPCをいじっていて、端から講義を聞くつもりのない態度を取っていた。
「君たちの前任だった中落先生の講義資料は全て目を通していてね。大方、概要を書いているだけで内容が薄かった。さしずめ、点を取らせるための資料といったところか」
大葉先生はぐるりと室内の生徒を見回す。
「さて。このような前置きをした上で、改めて問おうか。ではそこで携帯をいじっている君。答えてくれるかな。——物書きの心得とは、どんなものなのか」
数十人の男女が一斉に顔を上げ、左右に顔を振る。指されたのは自分なのかどうか確認しているようだった。
「ははは。言葉というのはこれだから面白いね。扱い方次第で、人を思惑通りに操作することも出来る」
学生達の間で困惑と怒りの波紋が広がった。どうして自分がこのようにバカにされなければいけないのか。周りに合わせ、出しゃばらないようにスマートな振るまいを心掛けているというのに。とでも言わんばかりだ。
「冗談はそろそろ終わりにしようか。一番左奥に座っている君。⋯⋯そう君だ。答えてくれ」
そこに座っていたのは気怠げな女性だった。彼氏であろう隣に座っている男に密着し、何やらひそひそと話しかけている。
「彼に聞いても仕方ないぞ。君自身の答えを教えてくれ」
うっ⋯⋯と露骨に嫌そうな表情を浮かべた後、不愉快そうな顔で女性は答えた。
「面白い話を書く気持ち⋯⋯とかじゃないですか? すみません、ちょっとわかんないです」
「ははは。答えてくれてありがとう。じゃあ次は君だ。名前は時田君と言ったかな?」
大葉先生は女性の嫌悪をさらっと受け流し、時田へと質問を振った。急に指された時田はどきまぎしながらも、自分の答えを口にした。
「え、えーと。人を観察することっすかね⋯⋯世の中には色々な人がいるんで。常に観察して分析することで、それがキャラクターのネタになったりするっていう」
時田の答えに大葉先生はかすかに笑い、頷いた。
「良いですね。だがそれだけでは足りない」
「はい⋯⋯」
完璧に答えられなかったが、間違ったことは言っていないようで良かった。時田は思わず胸をなで下ろす。すると南雲の肘打ちが飛んできた。
「おそらく正解は、俺たちが普段無意識にやっていることだぞ」
「無意識に⋯⋯」
と、大葉先生がスクリーンに次のスライドを写した。そこに書かれていたのは南雲が無意識にやっていることだという正解。
「もちろん観察し、分析することも大切です。しかしそれだけでは足りない。何よりも“想像する”ことが大事なのです」
——想像すること。
時田は頭の中で考えを巡らせた。その意味について。
想像をする? 要するに物語を考えるってことか? それとも人の気持ちをってこと? それとも情景を? ⋯⋯想像するって何をだ?
考えてみたが、時田の中で答えはなかなか出てこなかった。
「大葉先生。“想像する”とはいったい何を指すのでしょうか。物書きにとって想像するというのは当然のことかと思いますが」
すっと南雲が手を上げ、質問する。大葉先生はまたもやかすかに笑った。
「あらゆることです」
「あらゆること⋯⋯」
「人の気持ちも、景色も、過去現在未来も全て。ひたすらに想像し、自分なりの正解を沢山作ることです」
それから時田を見て、大葉先生はもう一度口を開く。
「時田君の答えに沿って言うならば⋯⋯観察して分析するだけではなく、その対象の人生を想像するんです。
例えば。電車で乗り合わせた老紳士を観察すると、金の時計を腕に巻き、ブランドのものの革靴を履いていることが分かった。そのため、この老紳士は金持ちだなと分析した。
しかしここで満足してはいけない。その人の振る舞いや表情のパターンから性格を想像し、これからどこに向かうのかを想像する。果てはどのような人生を歩んできたのかを想像し、どのような家族がいるのかを想像し、どのような死を迎えるのかまで想像する。老紳士の物語をあらゆる角度から想像して作り上げるんです。そうやって想像した老紳士の物語は、自分のキャラクターとなり⋯⋯自分の知る歴史の一つとなり⋯⋯物書きとしてまた一つ強くなる」
なるほど。という言葉しか浮かばなかった。考えてみれば確かにそうだと思えるが、こういうことなのだと言い切られなければ、気付けなかったことだと思う。
「想像して想像して想像して⋯⋯想像しぬく。これこそが物書きであるための基本中の基本であり、いつ何時も忘れてはいけない大切な心得なのです」
大葉洋司先生。この人は自分に道を示してくれる人なのだと、まだ朧げながらも時田はそう確かに感じたのだった。
大葉先生はPCを操作し、スクリーンいっぱいに『物書きの心得』という文字を表示した。前回の講師の時から数えると、今回のシナリオ創作技法の講義は七回目。前期で受ける一科目のコマ数は約十五回。つまりここにいる学生達は既に半分ほど講義をこなしていることになる。
今更になって物書きの心得を説かれたところで、何の役にも立たない。と、それを暗に伝えようとしているのか、ほとんどの学生がやる気のなさそうに頬杖を突いたり、携帯またはPCをいじっていて、端から講義を聞くつもりのない態度を取っていた。
「君たちの前任だった中落先生の講義資料は全て目を通していてね。大方、概要を書いているだけで内容が薄かった。さしずめ、点を取らせるための資料といったところか」
大葉先生はぐるりと室内の生徒を見回す。
「さて。このような前置きをした上で、改めて問おうか。ではそこで携帯をいじっている君。答えてくれるかな。——物書きの心得とは、どんなものなのか」
数十人の男女が一斉に顔を上げ、左右に顔を振る。指されたのは自分なのかどうか確認しているようだった。
「ははは。言葉というのはこれだから面白いね。扱い方次第で、人を思惑通りに操作することも出来る」
学生達の間で困惑と怒りの波紋が広がった。どうして自分がこのようにバカにされなければいけないのか。周りに合わせ、出しゃばらないようにスマートな振るまいを心掛けているというのに。とでも言わんばかりだ。
「冗談はそろそろ終わりにしようか。一番左奥に座っている君。⋯⋯そう君だ。答えてくれ」
そこに座っていたのは気怠げな女性だった。彼氏であろう隣に座っている男に密着し、何やらひそひそと話しかけている。
「彼に聞いても仕方ないぞ。君自身の答えを教えてくれ」
うっ⋯⋯と露骨に嫌そうな表情を浮かべた後、不愉快そうな顔で女性は答えた。
「面白い話を書く気持ち⋯⋯とかじゃないですか? すみません、ちょっとわかんないです」
「ははは。答えてくれてありがとう。じゃあ次は君だ。名前は時田君と言ったかな?」
大葉先生は女性の嫌悪をさらっと受け流し、時田へと質問を振った。急に指された時田はどきまぎしながらも、自分の答えを口にした。
「え、えーと。人を観察することっすかね⋯⋯世の中には色々な人がいるんで。常に観察して分析することで、それがキャラクターのネタになったりするっていう」
時田の答えに大葉先生はかすかに笑い、頷いた。
「良いですね。だがそれだけでは足りない」
「はい⋯⋯」
完璧に答えられなかったが、間違ったことは言っていないようで良かった。時田は思わず胸をなで下ろす。すると南雲の肘打ちが飛んできた。
「おそらく正解は、俺たちが普段無意識にやっていることだぞ」
「無意識に⋯⋯」
と、大葉先生がスクリーンに次のスライドを写した。そこに書かれていたのは南雲が無意識にやっていることだという正解。
「もちろん観察し、分析することも大切です。しかしそれだけでは足りない。何よりも“想像する”ことが大事なのです」
——想像すること。
時田は頭の中で考えを巡らせた。その意味について。
想像をする? 要するに物語を考えるってことか? それとも人の気持ちをってこと? それとも情景を? ⋯⋯想像するって何をだ?
考えてみたが、時田の中で答えはなかなか出てこなかった。
「大葉先生。“想像する”とはいったい何を指すのでしょうか。物書きにとって想像するというのは当然のことかと思いますが」
すっと南雲が手を上げ、質問する。大葉先生はまたもやかすかに笑った。
「あらゆることです」
「あらゆること⋯⋯」
「人の気持ちも、景色も、過去現在未来も全て。ひたすらに想像し、自分なりの正解を沢山作ることです」
それから時田を見て、大葉先生はもう一度口を開く。
「時田君の答えに沿って言うならば⋯⋯観察して分析するだけではなく、その対象の人生を想像するんです。
例えば。電車で乗り合わせた老紳士を観察すると、金の時計を腕に巻き、ブランドのものの革靴を履いていることが分かった。そのため、この老紳士は金持ちだなと分析した。
しかしここで満足してはいけない。その人の振る舞いや表情のパターンから性格を想像し、これからどこに向かうのかを想像する。果てはどのような人生を歩んできたのかを想像し、どのような家族がいるのかを想像し、どのような死を迎えるのかまで想像する。老紳士の物語をあらゆる角度から想像して作り上げるんです。そうやって想像した老紳士の物語は、自分のキャラクターとなり⋯⋯自分の知る歴史の一つとなり⋯⋯物書きとしてまた一つ強くなる」
なるほど。という言葉しか浮かばなかった。考えてみれば確かにそうだと思えるが、こういうことなのだと言い切られなければ、気付けなかったことだと思う。
「想像して想像して想像して⋯⋯想像しぬく。これこそが物書きであるための基本中の基本であり、いつ何時も忘れてはいけない大切な心得なのです」
大葉洋司先生。この人は自分に道を示してくれる人なのだと、まだ朧げながらも時田はそう確かに感じたのだった。
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