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第三話 女子高生とクラスメート
10、
しおりを挟むハアハアと息荒く、肩は激しく上下する。
私は呆然と閉じられた扉を見つめた。
「たす……かった、の……?」
呟く私の耳に届くのは、明美の不気味な声だった。
「あれえ?どうして開かないの~?おかしいな~。ねえ袴田さん出て来てよぉ~、これじゃあ遊べないじゃない~」
吐き気を催す間延びした声を出しながら、明美がガタガタと扉を震わせた。だが扉は開くことはない。
教室の扉なんて鍵をかけなければ閉じる事は叶わない。
だがどうしてか開く事のない扉に、私はようやく安堵の吐息を漏らすのだった。
「た、助かった……」
「それはまだ気が早いわよ」
一気に心臓が跳ねあがる!
止まるかと思った心臓は、むしろバクバクと破裂しそうな勢いで鼓動を続けた。
「だ、誰!?」
恐怖よりも状況を知りたい気持ちが勝ったのか、今度は勢いよく振り返る。その私の目に飛び込んで来たのは、一人の少女だった。
眩しい金髪を持ち、まるで人形のように整った顔には場違いなまでに青い瞳が浮かぶ。その目が細められるのは直後のこと。
「助けてあげたのにお礼も無いなんて。失礼な人ね」
「お嬢様、恐怖に支配された人間にそのような事を要求しても無理というものです」
「は!大した小物だこと!」
場違いな美少女。
場違いなまでに落ち着いた少年。
なぜこの二人はこんな場所に居るのだろうか?どう見ても小学生くらいの年齢の彼らは、けれど大人のように落ち着いて、当然のように教室の椅子に腰かけていた。少年は座る少女の背後に立っている
──そうだ、教室!今は授業中のはず!
なのにどうして誰も居ないのか?みな避難したのだろうか?それにしては静かすぎる気がする……。
「一体、どうなって……」
「今あなたが気にすべきはそこではないわ」
状況への理解が追い付かず頭が混乱する私に、少女は私を馬鹿にしたような目で見て言った。
その言葉にカチンとくる。
「なんなのよ、なんであんたみたいなガキがこんなとこにいるわけ?しかも偉そうに……親はあんたに礼儀ってものを教えなかったの?」
お嬢様だって?聞いて呆れるわ!
そう言って、私はようやく動いた足に力を入れて立ち上がった。──漏らした箇所が気持ち悪い……
努めて平静を装い、腕を組んで私は少女を見下ろした。
「まあどうやら助けてくれたみたいだし?感謝してやってもいいけど。でもまだ助かったわけじゃないのよ。あんただって危ないわよ」
なにせここは三階。そして廊下には大鎌持った異常女がいるときたものだ。
「ふん、お前こそ偉そうに……何様のつもりかしらね」
「な……!」
まさかの【お前】呼ばわりに流石に言葉を失った。
「そもそもどうしてこんな状況になってるか分かってるのかしら?あなた、あの子に何をしたか理解してるの?」
あの子。
それが誰を指すかなんて考えずとも分かった。
だが分からないのは、どうしてこの少女がそんな事を知ってるのかという事だ。
「な、何よ!ガキには関係ないわ!」
「関係大有りだから言ってるのよ。あなた馬鹿でしょ?」
子供の台詞とは思えぬ辛辣な言葉にカッとなる。
「ざけんな!」
手を振り上げて、そのまま思い切り振り下ろした!
パンッと小気味よい音が室内に響く。
だがそれは、私が狙った少女からではなかった。
「な──」
「──貴女ごときがお嬢様に触れないでください」
振り下ろされた手が当たったのは、それまで黙って少女の後ろに立っていた少年だった。おそらく扉を開けてこの部屋に私を引っ張りこんだ本人──。
その少年がバッと少女の前に立ちはだかり、自身の頬で私の手を受けたのだ。
触れるな。
その言葉と共に、その目がギロリと私を睨む。
「な、き、金色……?」
思わずたじろいだのは、その目が少女の髪よりも輝く金色だったから。そしてその気迫は……およそ少年が持つような可愛いものでは無かったから。
少年はどう見ても少年だった。
だがその金の瞳が放つ光が、彼を人外のものと認識させる。
私は再び恐怖が襲い来るのを感じ、また尻もちをついた。
「な、何なのよ……」
床に爪を立て、震える声を必死に絞り出す。
「何なのよあんた達は!何なのよ何なのよ、一体なんなのよこの状況は!」
恐怖は怒りへと変わり。
不条理な現状に涙が出てきた。
なんなのだ、一体……。
私は今日も普通に起きて学校に来た。いつも通りに明美を虐めて授業を受けて、友達と寄り道して帰って。そして母の作る美味しい夕飯を食べて家族団欒、お風呂に入って寝る前に友達と携帯でやり取りして……そして寝てまた明日、平穏な日常が始まるはずだったのだ。
それはこれからも未来永劫続くと信じている。
だというのに!
どうして私は今、平穏ではない状況にいるの!?
殺人鬼に追いかけられ、子供の姿をした化け物に馬鹿にされ睨まれて……
「なんでこんな事になったの……」
「愚かね」
私の呟きに、心底呆れた声を出したのは、少女だった。
彼女は、へたり込む私を見下ろしていた。その目は蔑みの色を浮かべている。
「あなた本当にどうしてこうなったか分からないの?」
「そ、それは──」
理由は分かっている。
つまるところ、繰り返される虐めに明美が切れたのだ。
「だからってこんな酷いことを……」
ここまでされる程に酷い事を私は、私達はしただろうか?
「本気でそう思ってるの?」
少女は問う。
私はその問いに首を傾げるしかなかった。
だってあれは遊びだったのだから。子供の遊び。
ちょっとからかっただけ。あまりに学校が退屈だったから、少し刺激が欲しかっただけ。
「ちょっとした遊びよ!あんな程度で殺人を犯すなんて……異常よ!」
「遊びねえ……画鋲も十分異常だと思うけど、スカートに火をつけるなんて、はたして遊びと言っていいのかしら?」
「──!!どうしてそれを!?」
それは今日考えたばかりの遊びだった。友達にも誰にもまだ話していない。
ただ、考えただけ──
なのにどうして少女は知ってるのだろうか?
いよいよもって目の前の二人が不気味に感じられ、私はズリズリと後ずさった。
この場を離れたくとも、廊下には明美がまだ居るだろう。
だがこの二人も正常ではない。
私は一体どうすればいいの!?
「つまりあなたは全く反省してないってことね?」
「はあ!?私がなんで反省しなきゃいけないのよ!」
悪いのは全部あの女じゃない!
私は叫ぶ。
「大体あいつが悪いんだよ、虐められるようなあいつが!こっちは遊んでやってるだけだっつーのにギャーギャー反論して抵抗してきやがって!うざいから反抗できないようクラス全員巻き込んで遊んでやっただけだっつの!むしろ構ってもらえてありがとうでしょうが!こんなの逆恨み甚だしいわ!!」
そうだ、私は悪くない!私は悪くない!!
私の絶叫が教室を木霊する。
しん……としばしの沈黙が流れ。
ややあって、少女のため息が響いた。
「なるほどね……」
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