33 / 64
第六話 少女と狼犬
3、
しおりを挟む「ひ──!!」
悲鳴が喉を突く。私は慌てて狼から身を離した。
これは一体どういうことだろう。
どうして狼がこの山に?そんな話、聞いたことも無い!
そしてどうして、私に寄り添っているのか?
考えても答えが出ない状況に、私の頭はただただ混乱していた。
そんな私を安心させるように、正人がポンと私の肩を叩いた。
「大丈夫ですよ、お嬢様」
「だ、大丈夫って……狼よ……?」
大きな声を出したら襲われそうな気がするので、震える小声で正人に言う。本当は叫んで逃げたいくらいだ。
だが平然と正人は狼に近付くのだった。狼は逃げることも威嚇することも無く、静かに正人を見つめている。
「ま、正人!危ないよ!」
慌てて止めるも、正人は止まらない。そして手を伸ばす。
「──!!」
見てられなくて、思わず目を閉じた。
だが。
「よしよし、いい子だ」
正人の声が聞こえて、そっと目を開いた。飛び込んできたのは、何と……
狼を撫で繰り回す正人と。
腹を出して気持ち良さそうに撫でられてる狼、という図だった。
「この子は狼犬なんです」
「狼犬?」
首を傾げる私に、正人はゆっくり頷いた。私より一つ上なだけなのに、妙に大人びた顔で。
「正確なところは分かりませんが、この子の親かそのまた親あたりが狼だったと思われます」
言われてみれば、最初は驚いて狼そのものに見えたが、よく見たら犬のような柔和さが感じられた。
「狼犬──」
「子犬の時に迷い込んで来まして。この裏山でコッソリ飼ってたんです。賢い子で、僕以外の人間の気配がしたらうまく隠れてたんですが。まさか自らお嬢様の所に来るなんて……驚きましたよ」
そう言われると、なんだかくすぐったいものを感じる。きっとこれは、嬉しい、てことなんだろう……。
「撫でても……いい?」
考えるより先に出た言葉に、自分がまず驚いた。
正人も驚いてるが、すぐにニコリと微笑んで。
「ええ、勿論」
そう言って私を手招きしてくれた。
恐る恐る近付いて……そっと手を伸ばす。怖がらないように「いい子だね」と声をかけながら。
犬はもうお腹を見せては居なかったが、腹ばいになりながら、静かに私の動きを見ている。
そっと頭に手を乗せた瞬間……フワリと気持ちの良い手触り。それが気持ち良くて、拙いながらも撫でてやると、犬は気持ち良さそうに目を細めるのだった。
(大丈夫だと信頼してくれてるのかな)
そう思った瞬間。
なぜか分からないが、何とも言えない感情がぶわっと私を襲い。
次の瞬間──
「お、お嬢様!?」
慌てる正人の声にもどうしようもないくらいに、ポロポロと……私は大粒の涙を流すのだった。
「クウン?」
それをどう思ったのか分からない。
だがまるで心配してるかのように、狼犬が私の頬を舐め。
フワリと尻尾を動かして、私の体に触れて来るのだった。──まるで包み込むかのように。
ますます涙が止まらなくなってしまった私は、狼犬の体に顔をうずめて、声を上げて泣き続けるのだった──
「……ごめんね」
しばらくして、ようやく涙が止まったところで思わず謝ってしまった。狼犬に。
「ぐしょぐしょになっちゃった……」
涙と……鼻水で、狼犬の体がグチャグチャだ。慌てて正人が持ってきてたタオルで拭く。
狼犬はまるで「気にしないで」とでも言うように、私にその鼻をすり寄せてくるのだ。なんて優しい子だろう……
「お前は本当にいい子だね」
そう言って私はまた頭を撫でた。もう怖いという感情は何処にもなかった。
それを微笑まし気に見つめていた正人だったが。
ふと何かを思いついたように「そうだ」と声を上げるのだった。
「お嬢様、この子に名前を付けて貰えませんか?」
「名前?」
それは飼い主である正人が付けるものであろうに。というか、名前、無かったの?
戸惑っていると正人は言った。
「世話をしては居ますが、僕は色々忙しくて相手してやる時間もあまりなくて……。でも僕が相手出来ない時にお嬢様がしてくださると助かります。この子も喜ぶでしょうし。名前は……いいのが思いつかなくて、無いままできてたんですけど」
だから、お嬢様が考えてくださいませんか?
私がこの子に?名前を?
戸惑って、私は狼犬の方を見た。
私を見つめる金の瞳と視線がぶつかる。
それを見た瞬間、私は知らず頷いてしまっていた。
「分かった」
「それは良かった」
私の返答に安心したように、正人はニッコリと微笑んだ。
「では名前を」
そう言われたけれど。私は「う~ん」と悩んでしまった。動物に名前なんて付けた事ない。何か良い名前があるだろうか……。
オスと思われるから、男性名がいいだろうというのは分かるのだけど。
そう思って何気なく正人を見て。
ふと思いついた。
「正人(まさと)……りゅうと……竜人(りゅうと)……はどうかな?」
「竜人、ですか……?」
「う、うん。狼に竜ってのも変かもしれないけど……」
この威圧感は、竜のごとくだと思ってしまったのだ──竜に会った事なんてないけれど。
「いえ。いいのではないですか?」
そう言って、また微笑んでくれたので、私はホッとした。
そして改めて狼犬を見た。
「宜しくね、竜人」
そう言えば、竜人は嬉し気に尻尾を振ってくれて……私は久しぶりに笑みを口に浮かべるのだった。
これが、私里亜奈と竜人の出会い、だった……。
1
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる