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第七話 ストーカー
3、
しおりを挟むザワザワと広がる喧騒。
僕とお嬢様は静かにその光景を見つめていた。
視線の先には崖下に落ちた車。
警察車輌の赤ライトが激しく回転し、大勢の人間が慌ただしく動き回っていた。
車は原形をとどめないグシャグシャの状態。運転手の命は絶望的だろう。
依頼は完遂された。
小百合という女性を殺したストーカー男は死んだのだ。魂は今頃あの黒装束の男の元へと行ってることだろう。
これで終わり。
そのはずだというのに。
「……」
「お嬢様?どうかされましたか?」
リアナお嬢様はスッキリしない顔で──難しい顔で崖下を見つめていた。
「お嬢様?」
「ねえリュート、これで依頼は完了、なのかしら?」
「そうですね。小百合という女性を殺したのはあの男ですから」
『小百合を殺した犯人を殺して』
その依頼は確かに成し遂げられた。
男が犯人で有る事は間違いない。証拠だとかそんなものは不要。自分たちに隠し事なんて出来るはずも無いのだから。
そう、犯人は間違いなくあのストーカー。分かっている。だから間違えてはいない。依頼者の母親も彼が犯人だと疑わなかった。
なのにこの気持ち悪さはどうしたことか。
依頼は完遂、そのお嬢様の言葉に頷いた自分だったが。
実は僕自身も何とはなし、納得いかないものがあるのだ。
何も間違ってないのに、間違ってるような奇妙な感覚。これは一体何なのか。
「──まあいいわ。とにかくこれで終わりね。また後であの男が来るでしょ」
あの男とは、僕たちに呪いの力を与えた黒装束の男の事。僕らの願いを叶えてくれる代わりに、このような事をやらせている男。
あいつは律儀にも、いつも仕事が終われば屋敷にやって来る。そうしてまだまだだと言っては、更なる魂を求めるのだ。
終わりのない作業に気が遠くなりそうになる。いや、いつか終わりがあると信じてるからこそ、どうにかやれてるのだが。
それでもやはり男の曖昧な態度はいつも怒りを覚えさせた。
屋敷へ戻ろうとするお嬢様に付いて、歩き出した僕は。
なにかを感じて、何気なく振り返った。本当に、何気なくだったのだけど……。
目にしたものに、目を瞠った。
「なんで──」
「リュート?」
「なんで、どうして……」
「どうしたの、リュート?」
信じられないものを目にして、その場から動けない僕。
リアナお嬢様が訝しげに、僕の視線の先を辿った。
瞬間、彼女の体が震えたのが視界の隅に映った。
駄目だ、見てはいけない。
お嬢様は見てはいけない──!!
そう思うのに、体が動いてはくれなかった。それほどまでに信じられない存在がそこに居たから。
警察が慌ただしく救出作業を行う中で。
その人物は異質だった。
真っ白なスーツが夜に浮かび上がる。
壊れたガードレールから崖下を覗いてるその男は、明らかに作業の邪魔だった。だと言うのに誰もその男を気にする様子が無いのだ。
まるで見えてないかのように──
その時だった。フッと微かに細められたその目が不意に──こちらを向いたのだ。
「──!!」
そんな馬鹿な。
今、自分たちの姿は誰にも見えないはずだ。ここに居るけど居ない存在、そんな自分たちの姿は、意図しなければ普通の人間には見えないはずなのだ。
なのに、確かにその男はこちらを見て。
視線がリアナお嬢様に、そして僕へと動いたのだ。
「何で……」
お嬢様の呟きが聞こえる。
そう、なんで、だ……。
男が僕たちの姿を目にしている。それ自体も驚きでしか無いのだが、それ以上に目が離せない理由は……それは……
「正人──?」
お嬢様が信じられないというように、その名を静かに口にした。
そう。
そこには正人が居た。
いや、正確には正人に似た存在が。
正人は子供だった。里亜奈お嬢様の一歳上の。
だが目の前の存在は、大人だった。成人男性。
それでもそれは正人だった。
その瞳が、確かに正人だった。
きっと正人が大人になったらこんな風になるんだろうと、そう思うくらいに。
「──」
「──」
「──」
誰も動けない。嫌な沈黙が続いた後。
ニコッ
「──!!」
かつて見た、懐かしい……泣きそうになるくらい優しい笑みを浮かべた後。
男は歩き出した。大勢の人混みの中へと。
「あ──!まっ……!!」
待って!
きっとそう言おうとして、伸ばされた手は、けれどすぐに下ろされることとなる。
人混みの中にその姿はかき消えてしまったから。
「正人──」
あれは一体何なのか。本当に正人なのか、それとも……
僕たちの問いに答えてくれる者は居なかった。
~第七話 ストーカー fin.~
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