4 / 5
4、
しおりを挟む「お待ちください、カルス様」
剣が振り下ろされるのをボーッと見ていたが、不意に声がして剣の動きが止まる。
「マリアナ?」
王太子が驚いたように背後を振り返る。
そこに立っていたのは、一人の女性。あれはたしか、王太子が結婚相手とした女性。私が彼女を虐げていたという嘘の、その人ではないか。
なぜここに?
呆然と彼女を見上げていたら、近付いてきた。その綺麗なドレスが汚れるも厭わず。
「一度聖女とやらと、ちゃんとお話してみたかったんですのよ。きっとこれが最後の機会でしょうから……どうか人払いを」
周囲には、王族騎士団らしき姿はない。聖女を秘密裏に殺すのに、それを使うことはさすがにためらわれたのだろう。
王太子の周囲にいる黒ずくめの集団は、おそらく暗殺者。影の仕事をする者。
そんな輩でも、聞かれたくないと思ったのか、マリアナは人払いを要求した。そしてそれを跳ねのけるほどカルスは……王太子は、彼女を邪険にできなかった。
「五分だけだぞ」
「ありがとうございます」
苦い顔をする王太子に、ニコリと微笑むマリアナは妖艶だった。確かに自分とは大違い、美しい彼女はどんな男性をも虜にするだろう。
そして彼女は王太子を手に入れた。
「初めまして、ではありませんわね。先日謁見の間でお会いしたばかり。お久しぶり、が正しいかしら?」
「あ……」
声が出ない。喉がカラカラというのもあるが、身がすくんだのだ。
なんというか、彼女は恐ろしかった。私に冤罪をかぶせ、処刑を宣告した王太子よりも。無関心な王や国よりも。
誰よりも、彼女が私は恐ろしかった。
その恐怖が伝わったのだろう。彼女はクスリと笑う。それすらも妖艶に。
「ご心配なさりますな」
そう言って、彼女は私の耳元に唇を近づける。ビクリと体を震わせる私の耳に、彼女は囁いた。
「この国は腐りきっております。もはやそれは呪いに等しい。この国は、呪われているのです」
「?」
何を言ってるのだろうか。
肩から血が流れ続けていて、意識が朦朧としてきた。彼女の言わんとしてることが理解できない。
それに気付いてか、マリアナは私の血を流す肩に手を添えた。
「え……」
驚きに目を見開く。なんと、血が止まっているではないか。止まった血は既に固まり、かさぶたになろうとしている。これは、この能力は……
「あなたも?」
国に二人の聖女は生まれない。だというのに、この癒しの能力は……
だがマリアナはクスリと笑って首を横に振った。
「私は聖女ではありません、これは癒しの能力ではない。なぜなら私は……悪女だから」
「え?」
「聖女と悪女、相反するが似ている……似て非なる存在。国が活気に、生気に溢れた時に聖女は生まれる。けれど……」
「けれど?」
血は止まったが、流れ出てしまったものは戻らない。手足が冷たくなるのを感じ、飛びそうになる意識をどうにかギリギリで保ちつつ、私は彼女の顔を見上げた。
「おい、五分経ったぞマリアナ! いい加減にしないか!」
苛立ったように王太子が声をかけてきた。
それに背を向けてる状態の彼女は、私からは見える顔を苛立たし気に歪ませ、王太子に聞こえないようにチッと小さく舌打ちする。
「けれど、国が腐りきったその時には、悪女が生まれる。それが私なのです」
「悪女とは……?」
そんなものが聖女のように出現するなんて、聞いた事がない。そんな文献が残されてるとは、教会にずっといながらも耳にしたことはなかった。
「ご存知ないでしょうね。だって悪女が生まれるとき、それすなわち──国が滅ぶ時ですから」
私の耳元で、囁くように、けれど確かにマリアナはそう言った。
「聖女であるあなたへの仕打ち、この世界が怒っております。あなたに世界を呪わせることをした国に、世界が言い知れぬ怒りに満ち溢れている」
「世界が……」
「だから私が現れたのです」
そう言って、マリアナは私の耳から離れた。ニコリと美しい笑みを浮かべる。
「もういい! とっととその女を殺す!」
彼女の背後で、鬼の形相で剣を振り上げる姿が見えた。王太子が、私を殺そうとするのが見える。
いけない!
思わずマリアナを突き飛ばそうとしたのだが──
「のけ、マリア……ぐげ!?」
雨が、降った。
透明の雫ではなく。
血の雨が。
何が起きたのか分からない。
ただ、マリアナが背後に、王太子に向けて手を伸ばしたのだ。
その直後、王太子から血が噴き出し、血の雨が大地に降り注いだのだ。
王太子の命の終わりである。
228
あなたにおすすめの小説
過去の青き聖女、未来の白き令嬢
手嶋ゆき
恋愛
私は聖女で、その結婚相手は王子様だと前から決まっていた。聖女を国につなぎ止めるだけの結婚。そして、聖女の力はいずれ王国にとって不要になる。
一方、外見も内面も私が勝てないような公爵家の「白き令嬢」が王子に近づいていた。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど
ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。
でも私は石の聖女。
石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。
幼馴染の従者も一緒だし。
奥様は聖女♡
喜楽直人
ファンタジー
聖女を裏切った国は崩壊した。そうして国は魔獣が跋扈する魔境と化したのだ。
ある地方都市を襲ったスタンピードから人々を救ったのは一人の冒険者だった。彼女は夫婦者の冒険者であるが、戦うのはいつも彼女だけ。周囲は揶揄い夫を嘲るが、それを追い払うのは妻の役目だった。
魅了魔法に対抗する方法
碧井 汐桜香
恋愛
ある王国の第一王子は、素晴らしい婚約者に恵まれている。彼女は魔法のマッドサイエンティスト……いや、天才だ。
最近流行りの魅了魔法。隣国でも騒ぎになり、心配した婚約者が第一王子に防御魔法をかけたネックレスをプレゼントした。
次々と現れる魅了魔法の使い手。
天才が防御魔法をかけたネックレスは強大な力で……。
私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか
あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。
「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」
突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。
すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。
オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……?
最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意!
「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」
さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は?
◆小説家になろう様でも掲載中◆
→短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる