【完結】ドクロ伯爵の優雅な夜の過ごし方

リオール

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第一章 【殺人鬼】

2、

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 殺人事件がまたも起きた。これは困った事態だと伯爵は頭を抱え──る気分になった。ドクロでは何もできないのだから実に歯がゆい。

(さて、どうしたものか──)

 そう伯爵が考えた瞬間、世界が暗転する。
 違う、彼の視界が消えたのだ。そして次に太陽が眩しい。

「ああ、朝か……」

 その輝きに伯爵は目を細め、テーブルに乗っている顔を上げた。なにせドクロの状態でポンとテーブルに置かれていたのだ。、膝立ちでテーブルに顎を乗せている、ただのだらしない人になる。

 アルビエン・グロッサム伯爵は日が沈むとドクロ伯爵となり、ドクロ伯爵は日が昇るとアルビエン・グロッサム伯爵に戻る。まるでジキルとハイドだと、それを読んだ時に自身の境遇と照らし合わせて思ったものだ。

 体を起こし立ち上がったところでパタパタと足音が聞こえる。ガチャリと扉が開いて、有能で唯一の使用人、モルドーが顔を覗かせた。

「アル様、起きて……わお」

 最後のそれは、裸体の伯爵を見てのそれである。ドクロとなった伯爵の体がどこに行くのかは分からないが、着ていた服は寝台に残されたまま。すなわちドクロの時間が終わり体が戻れば、伯爵は何も身に着けていない状態となる。

「戻ったばかり?」
「そのようで」

 問いに頷いて答え、ゆっくりと衣服を身に着ける。男同士、なにを気にしようかというのが伯爵。男同士だからこそ、そんなものは見たくないというモンドー。考えが合わない二人は、けれどずっと一緒に居るのだから不思議なものである。
 凸凹コンビというやつか。

「なにか領地で問題あった?」

 質問ばかりのモンドーは、廊下に待機させていた朝食を乗せたキッチンワゴンを運び入れる。ちなみにトローリーと呼ぶのを彼は嫌う。理由は「なんかトロトロしてそうじゃないか」だそうな。それを聞いた時、伯爵は無言でモンドーの頭をヨシヨシしたそうな。

 テキパキと朝食の用意をするモンドーを視界の片隅に、パチンとシャツのボタンを留めた伯爵は、ハアと溜め息をつく。

「また溜め息? てことは結構な問題でもあったの? ひょっとして湖が干上がっていたとか?」

 最近雨があまり降らない事からなされる推察は、さすがと言うべきかと伯爵は微笑む。いや笑いごとではないのだけれど。

「湖はまだ大丈夫だが、川が干上がりつつあったね。このままいけば湖の水位も下がって、いつかは干上がるだろう」
「雨、降らすか?」
「頼むよ」

 あまり自然に影響することをやるのは好まない。だが人の命が、それも親しくも愛すべき領民の命が関わってるとなれば、そうも言ってられない。やむを得ない時のみ頼むそれは、今回やむを得ないと判断してのこと。
 そして伯爵の頼みを、モンドーに否やがあろうか。

 頷くモンドーにまた微笑んで、それから席につく。テーブルにはすっかり朝食の用意がなされていた。

「今朝も美味しそうだ」
「新鮮な卵が手に入ったからね。リンゴも美味かった」

 つまりモンドーはリンゴを食べたのである。主人である伯爵の許可も得ずに。だが伯爵が、そんなことでモンドーに怒りの感情を抱くような人でないことを、モンドーは百も承知。主人も使用人も、互いに互いのことを熟知しているからこその、関係性だ。

 ベーコンの上に目玉焼き、定番のそれはけっして飽きることのない、いい香りを漂わせている。グウと腹の虫が鳴ったところで伯爵はフォークを手に取った。そんな彼にモンドーが付け足す。

「それから今朝はトマトジュースな。形は悪いが味は最高ってトマトが手に入ったから、ジュースがいいだろうと思って」
「いいね」

 ニコリと微笑んでグラスを手に取る。と、そこで伯爵の手が止まった。

「アル様? トマジューは気分じゃなかった?」

 そのままコトリとテーブルにグラスが置かれたのを、不安そうに見るモンドー。「いや、そうじゃないんだ」と静かに首を振って、伯爵は肘をついて窓の外に視線をやった。

「モンドー」
「うん?」
「隣町……サルビに行こうと思う」
「どうして?」
「昨夜、また人が殺された」

 伯爵の言葉に、モンドーは言葉を失う。殺された、と伯爵は言ったのだ。ただ死んだのではない、殺されたと。
 おそらくはトマトジュースの赤を見て、思い出したのだろう。

「またか……前回はいつだっけ?」
「たしか十日とおか前だったかな。立て続けだな」

 思い出すように顎に手を当てる伯爵。その様子に、今度はモンドーがハアと溜め息をついた。

「馬車の用意してくる」
「すまんね」

 滅多と使うことはないが、伯爵邸には馬車がある。馬の世話もまたモンドーの仕事。優秀なモンドーは毎日忙しい。一歩間違えればブラック企業。

 隣町とはいえ結構な距離がある。徒歩は厳しいだろうと、モンドーは馬車が必要と判じた。パタパタと部屋を出て行く狼少年を見送って、ようやく伯爵は食事を始めた。まずはトマトジュースが飲み干される。
 カチャカチャと食器の音がするだけの、静かな朝食時間が過ぎていく。

「用意できたよ」

 カチャリと洗い終えた最後の皿一枚を置いたところで、キッチンにモンドーが入って来た。洗い物くらいは伯爵だってするんです。だって彼は自分の好きに生きる伯爵ですから。
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