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第一章 【殺人鬼】
1、
しおりを挟むそれをけして覗きと言うなかれ。ドクロ伯爵はそれを高尚な趣味と信じて疑わないのだから。
見た目は青年、だがその実数百年以上の時を生きてきた彼の関心は、常に『人間』にあった。どのように生きて暮らして、どういった人生を送って終えるのか。
それを彼は見たいと思っていた。そしてドクロの姿ならばそれを叶えてくれる。
見えない目が宙を舞い、人々の元へと飛んでいく。この呪いがどういった構造なのか分からないが──そもそもこの呪いをかけた当人が、理解していないという──意識が飛ぶかのように、自在に見知った場所を見ることが出来るのだ。
ちなみに見知らぬ場所へは飛ぶことはできない。
家の中とか建物の中へも入れない。あくまで知人の家だけ。
だからけして覗きと言わないでもらいたい。
とは、伯爵がかつてモンドーに言ったセリフだ。その時モンドーは「いや、覗きだろ」と一蹴したとかしないとか。伯爵が凹んだとかどうとか。
そんなことはさておき、伯爵は意識を集中させた。自身のよく知る領地内を見て回るために。
呪いといえば聞こえが悪いが、伯爵は結構この呪いを気に入っていたりする。
「ああ、また川が干上がりつつあるな」
伯爵が治める領地は広い。数百年治めてきた地は、いつの間にか随分大きくなった。もちろん領民は、領主は代替わりしていると思っている。が、そんなことは一度とて無い。不老不死以外になんの取り柄もないとモンドーは言うのだが、人々の記憶捜査という能力に長けてたりする。
だからこそ、人々はずっと同じ人間が領主をしていても気にしない。
国を治める王家ですらも。……まあその王家は何回も代わっているのだが。それほどに伯爵はずっとこの地に居座り続けた。
なので愛着は多大にある。
これはけして覗きではない、見守っているのだ。特に遠方の領地はおいそれと視察に行く事はできない。一度に多方面を見ることもできない。ゆえに伯爵はこの能力を重宝している。
呪いが解けるならそれでよし。解けなくても……まあいいんじゃない? と軽く考えている。
同じく永遠の時を共に生き続けてきたモンドーも気にしていない。腹立たしいとは思っているみたいだが。
人間では唯一自分の正体を知っている愛するディアナは、少しばかり嫌がってはいる。それでも大問題とはしていない。
本当に、このままでいいんじゃないのかと思っていたりするのだが、呪いをかけた張本人が血眼で解呪方法を探しているらしいので、そこはあえて言わないでおく。
「モンドーに頼んで雨を降らしてもらうかな」
優秀なモンドー少年は、能力をあれこれ持っている。狼人間てそんなだっけ? と思わなくもないが、実際できるんだからそういうものなのだろう。
世の中ご都合主義な話なんて山のようにある。小説好きな伯爵からすれば、そういったことは深く考えないほうがいいのだ。面倒がなくていいのだ。
「ああ、彼女はまだ彼を待っているんだな」
伯爵の目には、遠い地のとある村で、窓の外を眺める女性の姿が映る。
「まだ彼女は来ない彼氏を待っているのか……」
伯爵は知っている、彼女が恋人だと思っている男は、実は妻帯者であることを。旅路で寄った村で出会った女性との遊びの恋は、けれどそうとは知らぬ彼女を夢中にさせた。そして彼女は今も想い人を待ち続ける。
いっそ村まで行って教えてあげたいが、知らない方が幸せということもある。
このまま思い続けるのも、諦めて他に見つけるのも、彼女の人生、彼女が選ぶことだ。自分が口出しすべきことではないと考えて視界を変えた。
また別の土地へと飛ぶ。
「おや、あの子供は今日は随分と夜更かしだな。なるほど、父親の帰りを待っているのか」
少し視界を巡らせれば、家路を急ぐ男の姿が。きっともうすぐ、子供が満面の笑顔で出迎えることだろう。
その様子を想像して、思わず伯爵は微笑んだ。……表情筋、ないけど。
また視界は別の町へと向かう。
「ああやれやれ、またあの夫婦は喧嘩してるのか。飽きないね」
呆れたように言う伯爵の視線の先では、いつ見ても喧嘩してる夫婦の姿が。だが伯爵は知っている、二人がすぐに仲直りをすることを。あれが二人のコミュニケーション、喧嘩するほど仲が良い。だからまた視線は他へと移した。
夜だというのに……いや、夜だからか窓を全開にして、家の中が丸見えな家は多い。微笑ましいやらハラハラするやら、様々な光景を後にして、それから町や村全体とその周辺地域を見回る。そこに異常はないかと確認するのだ。
それから行ったことがある場所限定だが、それぞれの村や町をまとめるトップの者、役人などの様子も見る。
夜に動きがあることなんて稀だが、逆に動きがある場合は問題がある時限定だ。
なにも動きがなければそれでよし。動きがあった場合は……翌日すぐに対応だ。どのみち今すぐ動いたところで、現地に一瞬で行けるわけではないのだから。
ドクロ伯爵のこの覗き……ではなく視察は、領地内の遠方から始まって徐々に近隣へと近付いてくる。
そして隣町まで来たところで、その動きは止まった。
「また……」
そこで言葉を切る。
目の前に広がる光景に、伯爵は言葉を失う。
「また、人が死んでいる……」
大通りから外れた裏通り。かつては整備され綺麗だったはずの石畳はボロボロで、知らぬ者が通れば何度足をつまずかせるか分からない。
荒れ果てた裏通り、さびれて人気のないその場所に、それはあった。
かつて人だったものが、そこに横たわっている。
血の池に、人が横たわっていた。明らかにその命の炎は消えていた。
ない眉をひそめて、伯爵は嫌な気分になった。
隣町はけして治安が悪い場所ではない。だがひとたび外れた裏通りでは、たしかに犯罪が多く、荒くれ者が多い。しかし、それゆえ自警団はしっかり訓練されており、治安は守られている。いや、守られていた。
ほんの数ヶ月前から、急激に悪化したのだ。
始まりは、人の死。
人が死ぬだけのことならなんら問題はない。
問題は、殺されていたことにある。
最初は身寄りのない、家も持たない者だった。それが何度か連続するので、はぐれ者同士のいさかいだろうと結論づけられた。
だが次第に状況は悪化する。
ついには被害者が、普通の町民から出たのだ。
仕事で帰りが遅くなった者。飲みに行って遅くなった者。ちょっと所用で外出した者。
危険だからと夜間の外出をやめるよう達しを出しても、やむを得ない事情で出かける者は後を絶たない。
犠牲者も後を絶たない。
そして犯人は見つからない。
「一体、どこのどいつだ?」
満月の夜なんて、明るくて犯罪をするには一番やりにくい夜だ。だというのに犯人は堂々とやってのけた。町を熟知してる者の犯行だろう。
また犠牲者が出るかもしれないと、町中を見て回る。だが怪しい人物も、犯行現場らしきものに行きあたることもなかった。
一晩中、ドクロ伯爵は目を光らせていたが、結局犯人を見つけることは出来なかったのである。
伯爵がいくら目を凝らしても、見つけることはできなかったのだ。
──目、無いんですけどね
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