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第三章 【吸血鬼伯爵の優雅ではない夜】
16、
しおりを挟むカチャリと音がして、食堂の扉が開く。入って来たのはトローリーを押すモンドー。台にはカップとソーサーが並んでいる。
その背後からお菓子の籠を持って入って来たのはディアナだ。
「ああディアナ、ありがとう」
「俺には?」
モンドーには頭ナデナデを捧ぐ伯爵。不満そうなモンドーはさておき、とばかりに伯爵はディアナから籠を受け取り、自分の席の前に置いた。
「美味しそうなクッキーだね」
「ティータイムにでもと持ってきたのに、今食べるの?」
ドクロ伯爵からアルビエン伯爵に戻ったばかり。つまりは朝。朝食は? とディアナは聞きたいのだろう。
「ディアナは?」
「私は家で食べて来たわ」
「そうか、なら焼きたて菓子から頂くことにしよう」
ニコリと微笑み、モンドーが淹れてくれる紅茶を待つ伯爵は楽しみだとばかりに手を揉む。
あくまで彼はディアナには常に笑顔でいたい。
「いい匂い! さすがディアナさんですね、僕も貰っていいですか?」
「駄目だ」
アーベルンに顔を向けた途端渋い顔して睨む伯爵。
「そんなこと言わずに、みんなで食べましょうよ」
「そうだね」
ディアナを見た途端、優雅に微笑む伯爵。
「あらあらディアナは相変わらず美しいわねえ。お久しぶり、私もいただいていいかしら?」
「ディアナを敵視してるくせに、食べようとするとはさすが厚顔無恥、厚化粧」
出ました伯爵お得意の毒舌、完全に女吸血鬼に喧嘩売ってます。ビシッとエルマシリアの顔にヒビが入った……気がした。
「お久しぶりねエルマシリア。アル、そんな意地悪言わないの」
「なにほんの冗談さ」
またディアナには崩れただらしない顔を向ける伯爵。
「これっぽっちじゃ全然足りねえんだけど……」
「じゃあ食うな」
ボソッと落胆した表情で言うダンタスに、クワッと顔を怒らせて伯爵が言えば、
「心配しないでダンタス、何か朝食になるもの作ってくるから。アルも何か食べる?」
「キミの作る物ならなんでも」
「忙しいなオイ」
ディアナは優しいなあと顔を綻ばせる伯爵の様子に、たまらずモンドーが突っ込んだ。彼が言わなきゃこれ延々続くパターン。
ところでお気付きだろうか。
この場において最も賑やかに騒ぎそうなドランケがムスッと静かにしていることを。
彼はガタンと椅子の音を立てて立ち上がる。
「ちょっくらヘルシアラを迎えに行ってくる」
嫌な予感がする、という彼はある意味正しい。「ここはどこなのよー!?」とヘルシアラ、絶賛迷子中。
まあ確かに心配だな、あのドランケ一筋の彼女が戻ってこないなんて。ドランケ居るところヘルシアラ有りのはずなのに。
と、誰もが思った。
そしてドランケが出て行こうとするのを見る。
そう、皆がドランケを見ていた。吸血鬼たちもモンドーも、そして伯爵すらも。
だからこそ、誰もが遅れをとったのだ。
「きゃあ!?」
ガシャンとカップの割れる音が響いた。ハッと悲鳴のほうを見て、伯爵は(しまった──!)と己の迂闊さに叱咤する。
伯爵の目に映るは青ざめるディアナ。彼女の体を今まさに抱き抱えようとするのは、ブルーノリア。
「貴様……ディアナを放せ」
「ああ申し遅れました、私はブルーノリアと申します」
貴様と言われてなのか、名乗っていなかったなと今更ながらの自己紹介。女性一人を担いでいるのに、その仕草はとても優雅で美しい。伯爵達でなければ見惚れたことだろう。
だが伯爵を筆頭に、吸血鬼たちの目は険しい。人狼のモンドーに至ってはグルル……と牙を見せながら低くうなっている。
全員に睨まれているというのに、ブルーノリアは気にしないという風に笑みを浮かべる。
「ブルーノリア、お前なにをしているんだ! ディアナを放せ!」
「まったく……腑抜けにも程がありますな」
ドランケからも解放を命じられているというのに、気にせず深々と溜め息をつく。
ブルーノリアにとって伯爵もドランケも、誰も恐ろしくない。
「あなたがたには吸血鬼としての誇りがないのですか?」
「なんだと?」
一瞬でも気を抜けば飛び掛かる。そんな気配を漂わせて、ドランケは赤い目をブルーノリアに向ける。その視線を気にすることなく、ディアナの髪をサラリと撫でれば、即座に伯爵から殺気が放たれた。だがそれすらもブルーノリアを青ざめさせることは出来ない。
「こんなにも美しい人間が存在しようとは……ああ、本当に美しい。その怪しげな瞳に、私は一瞬にして目を奪われましたよ」
ディアナは恐怖で目に涙を浮かべながら、何も言えずにいる。人外レベルに美しい彼女は、人からも人外からも狙われる人生だった。伯爵が側にいればそういった危険からは無縁であったはずなのに。だからこそ彼女は油断し、久しぶりの恐怖に体を震わせる。
「ディアナ、大丈夫だから。すぐに助けるから」
安心させるように伯爵は優しく言ってから、すぐにブルーノリアを睨みつけた。
「おいブルー、お前アルビエンに喧嘩売って無事に済むと思うなよ?」
これは巨漢のダンタスの台詞。彼ですら伯爵の恐ろしさを知っている。
いや、知らないのはブルーノリアだけ。だからこその暴挙。
ディアナの体を抱き上げたまま、ジリジリと後退し、やがて窓辺へ。取っ手に手をかけて、ニヤリと笑った。
「大丈夫、殺しませんよ。こんな最上級の獲物、殺すのは惜しい。長旅で少々空腹でしたから、最初は多めに吸血させていただきますので貧血になるかもしれませんが、なに大丈夫。ギリギリ生きられる量を残して、私のそばに置きます」
「そんなことが許されると思っているの?」
大嫌いだが殺したくない、その美しさはいつまでも見ていたい。とはエルマシリアのディアナに対する思い。複雑な女心。
それをニヤリと笑うブルーノリア。
「同胞の裁きの為に呼んだあなたがたでしたが、どうやら同様に腑抜けのようで。そんな皆さんにはもう用はない。この女を吸血すればきっと私は凄い力を手に入れられる。それこそ始祖様に匹敵する──」
話の途中で、だがブルーノリアは目をカッと見開く。次いで顔を横にスッと動かせば、そこに刺さるは短刀。窓枠に刺さったそれの柄がビイン……と震えるのを、なんの抑揚もない目で見つめる。
「無駄です」
「行かせると思っているのか?」
暗く冷たい声で言うのはアルビエン伯爵。彼からこれほどの殺気が立ち上るのを、この場に居る誰もが初めて見る。それほどにディアナは伯爵にとって愛すべき存在なのだ。
「私は常に吸血をしてきた。そこの腑抜け吸血鬼と同じにしないでいただきたい」
クイッと顎で示すはドランケ。不満げに彼が睨み返しても、ブルーノリアの不敵な笑みは崩れない。
片手で器用に窓を開ける。
そして「彼女の血でパワーアップしたらまた会いに来ますよ」と言って、ヒラリと外へと身を投げた。
──いや、投げようとしたその瞬間……
ガンッ!!!!
外に開けるつもりの窓が、けれど内側へと動き。
ものの見事にブルーノリアの顔面直撃。
「ふごっ!?」
醜い声が部屋中に響き渡った。
「ちょっとお! アルビエン、あんたもっと分かりやすく場所を説明しなさいよ!!!!」
場違いなまでに大きなヘルシアラの声が、更に部屋中に響き渡るのであった。
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