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第三章 【吸血鬼伯爵の優雅ではない夜】
17、
しおりを挟む黒に近い濃紺な髪色をもつショートヘアの少女は、迷子になっていた。だが何度も転生を繰り返し、だてに長く生きて来たわけではない。どんな時も彼女のセンサーは冴えているのだ。
それをドランケセンサーと言う。
迷いに迷った彼女は、最後は女の直感とも言うべきそれで、ドランケの居場所を探し当てたのだ。……まあ本人は、なぜか伯爵邸に戻ってきてしまったわと凹むやら伯爵への理不尽な怒りを抱くやらだったわけだが。
そして屋敷の外から、食堂の窓の奥に伯爵の姿を認め、そこから文句を言うべく向かった。怒りを表現するには手っ取り早く窓を思いきり、勢いよく開けるのが効果的。だてに長く生きた結果得た教訓なんてそんなもの、とばかりに窓に手をかけてバンッと勢いよく開けた。
だが窓はなぜか『ガンッ』と音を立て、と同時に『ふごっ!?』という、実に珍妙な音を立てたわけだが、ヘルシアラは気にしない。そんなことより伯爵へ文句垂れるほうが先だとばかりに叫ぶ。
「ちょっとお! アルビエン、あんたもっと分かりやすく場所を説明しなさいよ!!!!」
こちとら方向音痴なんですからね!
とは伯爵も「知らないよそんなの」と文句の一つも言いたいところ。
だが今回ばかりは文句よりも感謝の言葉が勝ったらしい。
「ありがとうヘルシアラ。よくやった!」
「へ?」
一つ文句を言えば十倍言い返してきそうな伯爵なのに、なぜか感謝の言葉を言われてヘルシアラは目が点。よくやったって何をやったの? と窓枠に手をかけたまま首をかしげる。
「ヘルシアラ、お前なにしてたんだよ」
「あー! ドランケがいる!!」
呆れたように言うドランケを指さして、少女は大声を上げて指さした。そして窓枠に足をかけ、勢いよく部屋の中へと入る。
「ちょっと、そんなドロドロの靴で足かけるな! 後で拭けよ!?」
屋敷の掃除責任者であるモンドーが文句を口に乗せるが、ヘルシアラの耳には届かない。
「ドランケー! 無事で良かったあ、助けに行こうとしてたのよ!」
それが救出して惚れさせよう作戦なの? と目でツッコミ入れるモンドーの視線をキンと跳ね返し、ヘルシアラはドランケに抱きついた。いや、抱きつこうとした。
だが寸でのところで「おっと危ない」とドランケにヒョイと避けられる。あわれな恋する少女は、つんのめって顔から床に倒れ込む。床へのキスはさぞや痛かろう。「んべっ!?」と変な声が出た。
そこでいつもなら涙するヘルシアラだが、今日はちと違う。大勢のメンツの中から、一人の巨漢が彼女の体をヒョイと軽々と持ち上げて起こす。「え?」と戸惑う間に、今度は妖艶な黒髪美女が彼女の顔を丁寧に拭いた。
「よしっと。うん、相変わらずヘルシーは可愛いわねえ」
「へ? え? あ、ダンタス? アーベルン? そして……え、エルマシリア!?」
「今頃気付くなんて遅いのよ。久しぶりね、ヘルシー」
恋する乙女がいつも見るのは想い人のみ。とばかりに、今頃三人の吸血鬼の存在に気付く。
「うわあ、久しぶりだねえ!」
ピョンと跳ねて、ヘルシアラは抱きついた……エルマシリアの豊満なお胸に。次いでダンタスの筋肉ムキムキな胸元に。それからアーベルンの頭をヨシヨシ。
吸血鬼ハンターが吸血鬼と仲良くする、実に奇妙な光景が繰り広げられる。
「できればドランケのお胸にも飛び込みたいです」とヘルシアラが言えば、「殺すぞ」とドランケが返す。さっきまでヘルシアラを心配して探しに行こうとしていたくせに、ツンデレヤンデレ炸裂だ。
元気そうなドランケの様子にホッとし、それから吸血鬼三人を見渡して、そこでようやく「あれ?」と首を傾げるヘルシアラ。
「どうしてみんなここに居るの?」
「まあ色々とね……」
アーベルンが苦笑を返すだけではヘルシアラに事情は伝わらない。だが他の面々も苦笑を浮かべるだけなので、クルッと背後を振り返って……少女はギョッとなった。
「……なぜアルビエンはディアナとラブシーン?」
なぜか抱きしめ合っている恋人たちの様子に、思わず赤面するヘルシアラ。何度も言うが、彼女は何回も転生しており、かなりの年月を生きている。つまりは精神だけなら立派な大人なのだ。なのにいつまで経ってもウブな少女は思わず手で顔を覆った。
「足元見てみ?」
ダンタスの言葉に、指の隙間からそっと視線を下ろす。
伯爵とディアナが抱きしめ合い、キスの嵐が舞う下。アルビエン伯爵の足元に何かが転がっているのが見えて、ヘルシアラは眼前から手を離した。
「んん?」
足元というか、伯爵が思いきり踏みつけているその「何か」。
黒い物体のそれが何かよく分からなくて目を細めた直後。
「いいかげん私の上からどけー!!!!」
その物体が動き、起き上がって叫んだ。
寸前でヒョイとディアナと共に避ける伯爵。
二人を怒りで真っ赤になる顔で、睨みつけた男の背には見事な靴の痕。
「あ、お前は!?」
ドランケをさらった奴! と叫んで、ヘルシアラは腰の剣に手をかけた。
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