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第三章〜滅ぼされた村
3、
しおりを挟む「なんだお前らは。人間と……魔族?」
怪訝な顔で俺らを見つめるのは、モミアゲあたりから顎まで繋がったヒゲを生やした、白髪と皺の多い男。俺と同じ40代……よりはちょい上か、50代ってところか。俺より身長が低いので、頭頂部が薄くなっているのが確認できる。
「こんな滅んだ村になんの用だ?」
「ああいや、こいつが以前来たことがあるってんで、物資調達に寄ったんだけど……」
「魔族がうちの村にだあ? 一体何年前の話だよ」
「30年」
「そりゃまた随分と昔だな。ここはとうに滅びて井戸水も枯れた。無駄足なこって」
言って男は肩をすくめる。
「あんた、この村の出身か」
「だとしたらなんだ」
「生存者がいるってのは理解したが、この近くに住んでいるのか?」
チラリとガキ共のほうを見れば、なぜかガキどもは崩れた建物の影に隠れている。なにしてんだあいつら。
「んなわけあるか。ここら一帯はただでさえ土地が瘦せていて、暮らすのに苦労するんだ。魔族が攻めてきた時も、誰も村を守ろうとはせず一斉に逃げ出したよ」
「てことは、犠牲者は?」
「まあゼロでは無かったが……少ないほうだったんじゃねえかな」
「そうか」
その言葉に安堵する。
「魔王を倒しても、非道な魔族が滅んだわけではない、か……」
「そうだな。そういうお前さんは、魔族と一緒に行動なんて大丈夫なのかい?」
男が言っているのは、エリンのことだろう。俺はエリンを振り返り、「ああ」と答えた。
「人間に悪い奴がいるのと一緒で、魔族にだっていい奴はいる。こいつはいい奴のほうだ」
「ふうん。ま、俺でもそんな美人の魔族だったら、一緒に行動しても悪い気はしねえやな」
そう言って、男はニヤニヤ笑いながら、隠すことなくエリンの豊満なお胸に視線を向ける。こ、こいつ、俺だってマジマジ見ることはしないようにしているってのに!
そもそもだ、エリンの服は胸元が大きく開いていて谷間がクッキリで刺激的すぎる。子供の教育に良くないと思うのだ。
ならばこういう服を着ろと俺が買って渡せば良いのだろうが……そこはほら、やっぱり、ね! 男としてはなんの楽しみもない旅程で、少しでも刺激が欲しいというかですね!
「Fカップくらいか?」という男の言葉に、思わず「いやGはあるだろ」と答えてしまったではないか。ああ、エリンの視線が冷たく刺さる。あとシャティアは「Gって? ゴキ?」とか聞くな。
そこで初めて男はシャティアの存在に気付く。少し目を開いて男はシャティアを見た。
「なんでえ、お前子連れか。まさかその女魔族との……?」
「ちげえよ。娘は正真正銘俺の子だが、魔族は旅の途中で会っただけだ」
「ふうん?」
俺の言葉を信じているのかいないのか。男の反応から察するに、真相なんてどうでも良いのだろう。
その証拠に、話途中に男は村の残骸を漁り始めた。
「何をやっているんだ?」
この辺の近くに住んでいるわけではないと男は言った。ならなぜ今、ここに居るのか。
「村が滅んですぐは危なくて戻ってこれなかったからな。最近ようやく危険がないと確認できて、何か残っていないかと見に来ているんだ。ちなみにここらが俺の家があった辺りだ」
男が指し示す場所は、家が崩れたとおぼしき残骸が残っている。燃やされたのか、煤まみれだが。
「燃えたように見えるが、残っているのか?」
「何かあった時のために、大事なもんは地面の下に埋めてあんだよ。とはいえ、家の残骸を撤去せにゃならんから、それだけで時間がかかる。あんまり長居はしたくないから、一度にできる作業量にも限界があるしな。ま、コツコツ少しずつ進めてるわけよ」
「そうか……手伝おうか?」
「なら礼に、俺が今住んでる町に案内してやるよ」
「そりゃ助かる」
交渉成立とばかりに、俺は男と共に大きな梁などの撤去に取り掛かった。シャティアは危ないから離れて見ていろと伝え、エリンは元から興味なさげにそこらの瓦礫の上に座り込んでいる。……この間に、どこぞへと飛んで物資調達してもらえば良いのかもしれないが、なんとなく他人の前でエリンの馬への変身は見られたくない。魔族に滅ぼされた村の生き残りならば、なおのこと。
「ちなみにだが、町は遠いのか?」
「いんや。俺を見てみろ、徒歩で来てるだろうが。馬を買う金がないってのもあるが、大人の足で二時間もあれば着く距離だ」
「二時間……」
それって近いの? と思わなくもないが、まあ移動できない距離でもない。
がれき撤去作業後に徒歩二時間か。考えたら、ちょっと気が遠くなった。
と、不意に視界の片隅で動く影。
「なあ」
「なんだ」
俺の呼びかけに答えながらも、男の視線は未だ瓦礫に向いている。
気にせず俺は問う。
「この村出身の子供も、時々来るのか?」
「は? ……まさかあいつら、また来ているのか?」
どうやら俺が言いたいことが伝わったらしい。
「おい、ザッシュ、モンドリー! 出て来い!」
おそらくは子供の名前だろう。男が怒った表情で叫んだ。
だが「逃げろ!」と小さく声が聞こえたのを最後に、ガキどもの気配は消えた。
「逃げたみたいだな」
「ったく、あいつらは! 二度と来るなって言ったのによお!」
こりねえ奴らだ! 怒りながらそう言って、男はまた作業を再開させた。
視界の片隅では、シャティアがガキどもを追いかけるのが見える。その後をエリンが追いかけるのも。
ま、子供のことは同じ子供や女性に任せるのがいいだろう。
思って、俺はまた大きな岩に手を伸ばした。
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