引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール

文字の大きさ
20 / 44
第三章〜滅ぼされた村

5、

しおりを挟む
 
 翼や角を生やした人間など存在しない。エルフやドワーフとてそれは同じこと。
 こういった容姿をもつ存在が何かなんて、誰もが知っているだろう。

「ま、魔族!」

 俺の背後でカズアが叫んで腰を抜かすのが、視界の片隅に見て取れた。逃げろと言ったところで無理か。
 まあしょうがないなと、俺は腰の剣を抜いて魔族と対峙する。

「カズア、動くなよ」

 言って、気配を探る。エリンとシャティアがこちらに気付いているのか分からないが、近付いてくる様子はない。そのまま離れてろ、と心の中で警告して正面を向く。
 男は楽し気に微笑んだままだ。

「これは……随分と強力な剣をお持ちだ」

 どうやら勇者の剣……元女神の剣の威力はなんとはなしに感じ取れる実力はあるらしい。だが、俺の正体までは気付かない、その程度の存在。勇者が実在している実感が無かったというエリンと、大差ないレベルと思われる。
 ならば俺の敵ではないな。
 そもそもこの世界で、魔王より強い魔族はもう存在しないはず。仲間もいなけりゃかつての強さを失った今の俺では、魔王レベルやそれに近いレベルの魔族相手はかなり厳しい。だがそうでなければ……そこまで俺は弱くなっていないはずだと、剣を握る手に力を込める。

「よせレオン、そいつはお前さんの敵うあいてじゃない! そいつはこの村を滅ぼした魔族だ!」
「……こいつが?」

 カズアからすれば、俺こそが弱そうな中年親父なのだろう。素人のカズアでは剣の強さを感じることもできないだろうし、完全に役不足……俺のことを弱いと思っても当然。
 ならば今から始める俺の戦闘を、しかと見届けるんだな! そして驚け! とニヤリと笑って駆けたその瞬間。

「パ……レオン!」
「!? 馬鹿、来るな!」

 戦闘が始まるその瞬間、シャティアが青ざめた顔で走って来るのが見える。くそっ、エリンは何をしている!?
 見ればシャティアを止めようと真っ青な顔で手を伸ばす姿が背後に見えるが、その手はおよそ届かない。エリンが止める間もなく飛び出したか。

 シャティアを楽しそうに目を細めて見る魔族。

「おや、子供がいましたか。あんなに可愛らしいお嬢さんを私の手であやめるのは忍びない……配下の魔物にやらせましょう」

 言うが早いか、魔族がパチンと指を鳴らす。と同時に、どこからともなく風を巻き起こしながら、翼を生やしたモンスターが飛来した。
 それはまるで狼。鋭い爪と牙を持ち、血のように赤い瞳が俺をジロリと見る。その背には、魔族同様に黒い翼が生えていた。

「行け」
「グアウッ!!」

 男が命じるや否や、魔物がシャティアに向けて飛んで行った。

「やめろ!」
「おっと、行かせませんよ。あなたの相手は私です」
「どけ」

 魔族の男からすれば、俺に隙を作ったと思ったのだろう。戦場において、一瞬の隙は命取り。その一瞬を作り出した男は、余裕を持って俺の首を落とせるとふんだのだ。
 だがそれは普通の戦場でのこと。
 俺は魔王という最強最悪の相手と戦う、それこそ死を賭けた戦場を潜り抜けてきたのだ。修羅場をくぐった勇者、なめんな!

 どけ、と一言。剣を横一線に薙ぎ払う。
 必要な動作はそれだけ。その一つ。

「何を──」

 何が起きたのか、その魔族は気付かない。最後のその瞬間まで、そいつは気付かないのだ。
 俺に、一刀のもとに切り伏せられたことに、男は気付かない。
 上半身と下半身が泣き別れ……真っ二つになって、地面に落ちる。流れる血は黒に近い紫。人ではない証拠だ。

「な、にが……」

 ゴフリと紫の血を吐く魔族。説明してやる義理はないと、俺は冷たい目を向けた。

「お前は死んだ」
「……なるほど。でもまあいい、子供だけでも殺せたなら……」
「それも無理だな」

 未だ命が尽きぬ魔族にクイと顎でしゃくれば、怪訝な顔で目を向こうへと向ける魔族。
 その先では、シャティアが有翼狼の頭を撫でて「よしよし、いい子だね」と言っているのが見えた。さすがモンスターテイマー。
 一瞬目を大きく見張った魔族は、「なるほど……昔とは状況がかなり違ったようですね」と呟いた。
 不意に、魔族の顔が陰る。見ればカズアが立って魔族を見下ろしていた。

「驚いたな、村を滅ぼした奴がこんなアッサリと……」

 呟くカズアの手には、短剣。

「おい?」
「止めるな」

 言って、カズアは剣を振り上げた。その目には、確かな「覚悟」がある。魔族を殺してやるという「意思」がある。

「こいつは十年前、この村を滅ぼした」
「十年前?」
「勇者が魔王を倒した直後、各地で荒れ狂った魔族が暴れ回ったんだよ。被害は大したものではなかったが……それでも……この村でも犠牲者は出た」
「あんたの身内か?」
「いいや違う。俺は生涯独身、身寄りのない一人身だ。だがあいつらは……俺の幼馴染は違う。あいつはガキの頃から好きだった女と一緒になって、子供を二人授かった。幸せに暮らしていたんだ……四人、とても幸せそうに……俺はそいつらを守ると誓った。なにがあっても……だってのに……」
「全員、死んだのか?」
「この村で唯一の犠牲者だよ。あいつの家が真っ先に襲われて……大怪我しながらも、あいつは必死でこの魔族を止めようとした。おかげで俺らには逃げる時間があった。しばらくして村に戻ったら……俺の幼馴染一家の遺体だけが残されていた」
「そうか」
「そうだ。だからこいつは俺が殺す」
「……もう死んでるよ」

 俺の言葉に驚いて、カズアは魔族を見下ろす。その目に生気はとうになく、魔族は事切れていた。

「なんだよ」

 呟きと同時、カランと音を立てて短剣が地面に落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

処理中です...