21 / 44
第三章〜滅ぼされた村
6、
しおりを挟む落ちた短剣を拾い上げ、危なくないように布でくるもうとして、カズアが制止する。手には短剣の鞘。クルンと持ち返して持ち手の部分をカズアに差し出せば、そっと受け取って鞘へと収める。なんとも無気力な、ノロノロとした動きに苦笑する。
「気が抜けたか?」
「そうだな。あんなに苦労して逃げて……倒すどころか一矢報いることすら出来なかった相手だからなあ」
言ってカズアは俺を見る。「あんたが……」その後に続く言葉はない。だが俺にはハッキリと聞こえた。
──お前がもっと早く……十年前に村を訪れていたなら──
それは幾度となく聞いた怨嗟の声。そう、呪いの言葉だ。
魔王を倒した俺にかけられる祝福とねぎらいの声。と同時にかけられたのは、悲しみにくれる悲痛な叫びだった。
『なぜもっと早く魔王を倒してくれなかった!』
『お前が早く倒していれば、私の夫は死ななかったのに!』
『息子を返せ!』
『お前が遅かったからだ!』
『十二年もかけやがって!!!!』
実に身勝手な言葉だ。
魔王が君臨して数百年、誰一人として倒すことが出来なかった存在。それをわずか十二年で倒したのだ。非難される覚えはない。
だが俺は俺に投げつけられる心無い言葉を、甘んじて受け止めてきた。俺に怒りをぶつける連中は、けして俺を傷つけようと思っているのではない。ただ理不尽な怒りをぶつける相手が欲しかっただけ。悲しみで押しつぶされそうな気持ちを、俺にぶつけることでなんとか踏みとどまっていたのだ。
そうでなければ、悲しみに押しつぶされて、命を断っていたから。
実際、魔族に身内を殺されて、自らの命を断つ者は大勢いた。旅の道中でそういった話を見聞きしては、更に魔王への怒りを燃やし、打倒魔王という目標を失うことなく旅を続けることができた。
悲しみに、怒りに苦しむ人がいるからこそ、やる気になるなんて皮肉な話である。
そんな怒りや悲しみの恨みつらみな声は、最初こそ多かったが、この十年で激減した。俺が定住の地と選んだあの村では、一度もそういった経験はない。まあ村人は俺が勇者だと知らなかっただけだが、知っていても怒りをぶつけるような奴はいなかっただろう。
カズアは俺が勇者だとは知らない。それでも、強い者が村を救ってくれていたらと思う気持ちはあるだろう。あって当然だ。
「なんだよ?」
怒りをぶつけたければぶつければいい。俺はそれを受け止める。そう思って続きを促すも、「なんでもねえよ」と言ってカズアはそっぽを向いた。
村が滅んで十年。それだけあれば、怒りや憎しみが浄化されるには十分だろう。直後ならばともかく、今更俺に怒りをぶつけたところで……といったところか。
そう、村が滅んで『十年』、なのだ。
「なあカズア」
「あん?」
名前を呼んだだけで睨まないでくれ、恐い。元々目つきが悪いって? そうか、お前に可愛い子供時代があったのか、はなはだ疑問だ。産まれた時からそんなオッサンだったんじゃないのかと思ってしまう。……まあ十年前はまだギリイケメン、今や野暮ったいオッサンの俺が言えた義理ではないが。
「この村、滅んで十年……魔王討伐直後なんだよな?」
「そうだよ」
「五年前、じゃなく?」
「だから十年前だって言ってんだろ。五年前なんて、とうにこの村は無くなっている」
「そうか……」
俺の質問に、怪訝な顔を向けるカズア。そこに嘘は感じられない。数多の修羅場をくぐった俺だ、相手の嘘くらい見抜ける。つまりカズアは本当のことを言っている。
ではあの子供達が言っていたことは?
『魔族はここを……俺達の村を滅ぼしたんだぞ!』
『それはいつのことだ?』
『五年前だよ!』
先ほどの会話が思い出される。
あの子供達は、明らかにシャティアと同じか年下だった。つまり十年前は、まだ産まれていない。勘違いしているとも考えられるが……。自分が産まれる前か後かなんて、間違えるものか?
「どういうことだよ……」
「なにがだ?」
俺の呟きが聞こえて、首をかしげるカズア。対して俺は難しい顔を奴に向ける。
「なにか気になることでもあんのか?」カズアに問われて、顔を上げる。
「あんた、さっきここに来てた子供の名前、なんて言ってた? たしかザッシュと……」
「ザッシュとモンドリー。今年十二歳になるガキどもだ。最近自分らが産まれた、二歳まで住んでいた故郷の村に興味もっちまいやがってよ。物心つく前の、記憶もない村だってのにな。大きくなって親に連れられて来てから、頻繁に来るようになったんだ。危ないからやめとけって怒られても懲りやしねえ」
ま、そのくらいの年齢ともなれば無茶しやがるもんだし、俺もそのくらいの歳は無茶してたけどよ。
そう言ってカズアは笑う。
「とはいえ、まさか魔族が来るとは思わなかった。まああんたが倒してくれたが……やっぱガキどもだけで来るのは危険だと、きつく言ってやらねえとな」
ガキらはどこだ?
言ってカズアはシャティアのほうを見る。シャティアは今もって、狼と戯れていた。その背後では、苦笑して見守っているエリン。他に姿はない。
だが俺は戸惑っている。
「十二歳……?」
そんなはずはない。俺が見た二人は、確かにシャティアよりも幼くて……十にも届かない年齢のはず。
「どういうことだ?」
首を傾げて、俺は魔族の遺体のほうを向いた。
子供二人が立っているのに気付いたのは、その時のこと。
21
あなたにおすすめの小説
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる