【完結】選択肢〜殺す人間を選んでください

リオール

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第一章~矢井田と奥田

3、

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 その日、学校は短縮授業になった。生徒が通学途中で亡くなったんだ、さすがに平常授業とはいかないらしい。

 亡くなった。
 そう、矢井田保は亡くなった。運転手の不注意による車の事故で。

 だが俺は確かに見たんだ、矢井田ではなく伊織が車にはねられる瞬間を。
 だが倒れる人間に駆け寄るのは、矢井田と親しい俺を虐めていたグループの連中で、奴らは倒れる矢井田の名前を狂ったように叫び続けていた。
 対して俺の横には、戸惑った様子で伊織が立っていた。

「今日は大変だったね」

 そうして今、下校する俺の横には生きた伊織がいる。
 あれは夢だったのかと思って、そうではないと自分の中の何かが否定する。

 伊織は死んだ。だが助かった。それはなぜかなんて、答えを俺は知っている。

【伊織ちゃんは明日、死にます】

 思い出されるのはあの黒い球体のこと。
 そして選択を迫られ、俺は矢井田を選んだ。その結果がこれだ。

 つまり俺が矢井田を殺したんだ。世間的には車の運転手が殺したことになる。だが俺が殺したも同然。
 そのことがとてつもなく恐ろしくて、俺の背には変な汗が一日中流れっぱだしだ。

「どうしたの、良善?」

 不思議そうに伊織が顔を覗き込んでくるも、俺はそれに対して答えることができない。
 俺は一体どう思っているのだろうか?
 矢井田を死に追いやったことは恐ろしい。

 だがそうしなければ伊織は死んでいた。

 では俺は後悔しているのか? 答えは否。
 俺は後悔していない自分が恐ろしいのだ。と同時に、矢井田が死んだことを喜んでもいる。

 そもそも、夢で球体に選べと言われて選んだから矢井田が死んだ、なんて誰が信じるというのか。俺が捕まる可能性はゼロだろう。

 ならこれで良かったのではないだろうか。
 矢井田という虐めを平然とするような極悪人が死んだのだ、むしろ世のためになったではないか。俺以外の、将来矢井田に嫌がらせされる人間を救ったのだ、俺は良い事をしたのだ。

 そうだそうだと自分に言い聞かせているうちに、恐怖心が少しずつ薄らいできた。
 これで俺には平和がおとずれ、伊織は今日も俺の隣にいる。それでいいではないかと思う。

「あ!」

 不意に伊織が声を上げる。なにごとかと彼女の視線の先を見れば、道路わきに猫の死骸があった。野垂れ死んだか、車か何かにひかれたか。とにかくとうに死んでいることだけは分かった。
 誰もが見ぬふりをするそれに、伊織は迷わず駆け寄る。

「可哀想に……」

 言って、近付いた俺に「ん」と言ってカバンを押し付けてきた。俺も「ん」と言って受け取る。
 伊織はフリーになった手で、迷わず猫の亡骸を抱き上げた。制服を汚れることも気にせず。

「あっちの川沿いに雑草生い茂る場所があったよね。あそこに埋めてあげよう」
「おう」

 伊織の提案に俺は迷わず頷いた。
 そういえばと思い出す。まだ小学生だった頃に、これと同じような状況があった。あの時は鳥の巣から落ちたのか雛が死んでいて、小学生の伊織は泣きながら、大きな自然公園の大きな木の根元にその亡骸を埋めていた。

(昔から、優しい子だよな)

 本当に伊織は昔から誰にも分け隔てなく優しい。俺が幼馴染でなかったとしても、きっと仲良くしてくれただろう。そんな伊織を俺は昔と変わらず、ずっと好きのまま。

「これくらいでいいかな」

 川沿いの岸辺に雑草が生い茂る場所、とやらに出たのはいいが掘る道具は無い。周囲を見渡して程よい流木を見つけてそれをスコップ代わりに使う。伊織は猫を抱いたままで、肉体労働は俺の役目だ。

 成猫であろうか、それなりに大きな猫を埋めるための穴は、雛の時と違って大きさが必要。ポッカリと穴が開く頃には、俺は汗だくになっていた。

「ほら伊織、猫を入れてやろう」
「うん」

 振り返った俺に頷いた伊織は次の瞬間──猫を放り投げた。

「え?」

 驚く俺の目の前に、ドサリと音を立てて落ちる猫。それはピッタリ穴にはまる。
 穴のサイズがあっていたこと、それ自体はいい。問題は伊織の行動だ。
 かつて雛を穴に埋める時は、そっと大切そうに伊織は入れていた。だが今日、それまで涙を浮かべて大事そうに抱いていた猫を、あろうことか伊織は放り投げたのである。

「えっと、伊織……?」

 問いかけるも「なあに?」と首を傾げて俺を見る伊織は、いつもの伊織。なんら変わりのない、いつもの可愛い俺の幼馴染だ。

(重くて腕が疲れてたのかな……)

 放り投げたのではなく、重さに負けて落としてしまったのかもしれない。
 そうだ、そうに違いない。
 俺は無理矢理自分を言い聞かせて、猫に土をかけた。最終的にはこんもりと小さな山となり、なんとなしに細い木の枝をその頂上に刺す。

「よしっと、これでいいかな……」
「安らかに眠ってね」

 そう言って山をやさしく撫でる伊織は、やっぱりいつもの伊織。
 かすかに感じる違和感を気のせいだと自分に言い聞かせ、俺達は帰途についた。

 異変はその夜に起こる。

「矢井田……」

 夜、疲れた俺は早々にベッドに潜りこむ。ウトウトとした頃、ふと気配を感じて目を開いたら、そこに矢井田の顔を見つけて悲鳴を上げかけた。
 だがふと我に返る。これは夢だと。ウトウトしている状態で見る、現実に近い非現実世界だこれは、と。
 だから俺は寸でのところで悲鳴を上げなかった。

 俺のベッドの横に佇む矢井田は、無表情で俺を見下ろしていた。俺の体は動かない、動かせない。微動だにしないながらも唯一動く目で、矢井田を見上げる。恐ろしいのは矢井田が居るからではない。何も知らないはずの矢井田が、もしや……と思うから。

『お前のせいだ……』

 俺の不安は的中する。知らないはずの矢井田が、俺を責める言葉を口にしたのだ。

『お前のせいだ。お前のせいで、俺は死んだ』
「違う、俺は夢の中で選んだだけで……」

 口は動くのかと思いつつ、俺は必死で言い訳をする。だが夢の中の矢井田は、それで俺を許すことはない。消えることはない。

『お前が選んだんだ。俺を選んだせいで、俺は死んだ』
「それは……」
『神澤伊織に気を付けろ』
「え?」

 どういうことだと問う間もなく、矢井田は消えた。途端に動く体。
 ハッとなって俺は自分の手を上げて見る。

「夢、じゃない……?」

 手の平には……いや、全身にビッショリと汗をかいていた。

「はあ、なんだよ今のは……」

 額の汗をグイとぬぐい、ゴロンと横に寝返りをうつ。

「ひ!?」

 今度は耐え切れなかった。悲鳴を抑えることが出来ず、俺は声を上げて目を見開いた。
 見開いた目に、矢井田の顔が映る。違う。
 俺の横に横たわるように、矢井田の目が目の前にあった。触れそうな距離に、それがある。血走った目で矢井田は俺の目を凝視していた。

 あまりの恐怖に気絶したのか、その後の記憶はない。
 次に気付いた時には、目覚ましがけたたましい音を立てていた。
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