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里奈と美菜と貴翔と隆哉

館の見る夢(13)

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「弟に会わせて!」

 キミは叫ぶ。美しい顔を悲しみに染めて、キミは叫んだ。ガシャンと音を立てて。鉄格子の中から、必死で手を伸ばす里奈。その手をゆっくり握って、手の甲に口づける。それを不快気に目を細める、そんな表情すらも「綺麗だね……」言えば、その目はますます剣呑な光を浮かべた。
 分かっている、物理的にキミを閉じ込めたところで、キミの心まで捕えることは出来ない事くらい。そんなこと、僕だって分かってるんだ。
 それでも離したくないと思った。解放したくないと思ってしまう。愛ではない、そんなものは愛でもなんでもないと自分の中で声がする。なんだっていい、感情なんてなんでもいいんだ。ただ、そう思うということが重要なんだ。

 里奈を逃がしたくなくて、地下に部屋を作った。父の館でもなく、自分の館でもなく。もう主が亡く、手入れのためにたまに人が訪れるだけの、使われることのない母の館に。
 それでも誰にも見られないように、隠し扉にした。中に入れば簡単に出られないように迷宮のようにした。更に里奈と歩の部屋は隠し扉で分からなくした。隠し扉は全て、中から開く事の出来ない仕掛けにした。誤って閉じてしまっても、自分だけは開けられるように、自分だけが知ってる工夫を施した。
 工事に携わった職人達は──全て処分した。これで地下通路の存在は知っていても、二人に辿り着ける者はいなくなった。自分一人を除いては。
 そうして二人を閉じ込め、食事はいつも自分が運んだ。
 億劫だとは思わない。時間はたっぷりありすぎて暇なくらいだから。

 里奈と過ごす時間は幸せ以外の何ものでもない。
 泣いて懇願する姿も。媚びるように必死で作る笑みも。自分を罵る姿も。
 何もかもが美しかった、手放したくないと思った。
 彼女は何もかもが完璧だった。

 弟に会わせてと泣いて懇願する彼女の手に口づけ、「愛してるよ」と呟く。そんなものが彼女の心に響くことなどないと知りながら。

「また来るから」

 そう言って、部屋を後にした。

「待って!お願い、ここから出して!逃げないから!絶対に逃げないから──」

 お願い!
 最後の言葉を聞くことなく、僕は扉を閉じた。
 閉じてしまえばどこに扉があるのか分からない。それほどに完璧な出来に、僕は満足げに微笑んだ。
 もう大丈夫、きっと大丈夫。
 これで僕は全てを手に入れたのだ。
 母様も父様も里奈も。
 全てを手に入れたと満足し、僕は外に向かって歩き出した。
 人にとって、陽の光がどれほど大切かなんて、理解することもできない子供な僕は、満足げな笑みを浮かべて歩いた。


* * *


 色白な肌を持つその人が眠るのを見つめる。元々白かった肌は、この数ヶ月で有り得ぬ白さになっていた。同時に里奈は体調を崩すことが増えた。とはいえ医者をここに連れてくるわけにもいかないので、症状を話して薬を飲ませることしか出来ないが。
 ここから出して受診させるという選択肢はない。
 そんなことをしたら。一歩でもここから出してしまったら、里奈は逃げるかもしれない。
 大丈夫、きっと大丈夫。
 現実から目を背け、自分に言い聞かせた。不意に、里奈の目が開く。戸惑ったように周囲を見渡し、状況が変わらない事を認識して落胆の色を浮かべた。

「おはよう、里奈」

 声をかければようやく僕の存在を認識したかのように、向けられる目。それは次第に「どうしてここにいるのか」と言いたげに細められた。だが僕はその問いに答えることなく、立ち上がって鉄格子の向こうへと向かう。

「あ……ま、待って……!」

 手を伸ばし、僕を追いかけようとする里奈。だが伸ばされた手は僕に届くことはなく、再び寝台の上に落ちた。
 体調を崩した里奈は、立ち上がることも出来ないのだ。
 そうなって初めて、ここに閉じ込め続けることは難しいと気付く。このまま彼女を閉じ込め続ければ、きっと里奈はそう長くは生きられないだろう。
 分かっては、いるのだ。

 だがそれでも僕には、彼女を外に出すという選択肢がない。どうしてもそれをすることができない。
 失うことが恐いのに、失うかもしれないことをしている。感じる矛盾を直視することも出来ず、僕は部屋を後にした。


* * *


 どれだけの月日が経過しただろう。里奈を地下部屋に閉じ込めてから、一体どれだけの時間が……。
 今日も僕は里奈に食事と薬を持って来た。だが里奈は食べようとしない。無理矢理口に運んでも「要らない」と拒絶するのだ。せめて薬でもと飲ませても、彼女はすぐに吐き出してしまった。
 昏々と眠り続ける里奈。それを眺める僕。
 ふと手つかずの食事に目が行った。

「あれ、これはなんだろう」

 そこで初めて気付いた。食事がもう一人分あるのだ。
 残され手付かずの里奈の食事は別にある。ではこれは一体誰のだろう?どうして料理人は僕に二人分の食事を渡したのだろう?どうして僕はそれをおかしいと思わずに持って来たのだろう?
 首を傾げて、ああそうかと理解する。

きっとこれは僕の分の食事なんだ

 里奈と一緒に食事をしたいだろうという配慮なのだろうと理解し、僕はその食事が乗った盆を手に取った。

「いただきます」

 手に取り、迷わず食べた。すっかり冷えてしまった食事は成長期の僕には少ない気がしたけれど。
 本当に僕のための食事だったのかと気にすることもなく。
 何かを忘れてる、なんて意識もなく僕は食べ続けた。

 そしてその時から、里奈の為とは別に用意された食事を、僕は食べ続けたのだ。

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