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里奈と美菜と貴翔と隆哉
11、
しおりを挟む視界が暗闇に覆われる。何も見えない状況に体が震えた。
慌てて足元の懐中電灯を拾い、スイッチを入れるもカチカチと音がするだけで、なんの反応もない。
「嘘でしょ!?この状況で電池が切れるなんてある!?」
一人叫んで尚も押し続けるが、その行為はなんの意味もなさない。
「ああもう!」反応の無いことに苛立ちを覚え、思わず投げ捨てた。鉄格子の隙間を通り抜け、壁に当たって落ちる音が聞こえた。ゴンッと鈍い音。それが壁ではなく扉の音だと気付いて、私は闇の中で鉄格子を握り締め、喉の奥から叫んだ。「隆哉!!」と。
「待って!待ってよ隆哉!私を置いて行かないで!」
叫んで鉄格子をガシャガシャ揺するもビクともせず、隆哉の返答はない。
ただ、足音は聞こえた。それが隆哉の足音だということは、考えるまでもない。
「隆哉!隆哉──!!」
何度呼んでも幾度叫んでも。
返事は無いまま、ただ足音は遠ざかる。どんどん小さくなって……ついに何も聞こえなくなってしまった。
呆然としていると、嫌でも自分が暗闇の中に居るのだと実感がわいてしまい、ゾクリと体が震えた。自分で自分を抱きしめる。
広がる暗闇
横たわる静寂
明かりの入らぬ地下室は、どう目を凝らしても何も見えない。
不意に
ヒタ
音が、聞こえた。
ヒタ ヒタ
それはどんどん私に近付く。
ガチガチと鳴り出す私の歯。
「ひ……あ……あ……」
ヒタ ヒタ
足音はどんどん近付き
ヒタヒタヒタヒタヒタ!!
不意に複数に増え、一気に私のそばへ。
「ひいい!?」
恐怖に耐えきれず、鉄格子を背に、床にまたへたり込んでしまった。頭を抱えて、出来るだけ音が聞こえないようにと耳を覆う。目を閉じる。いや、私は本当に目を閉じてるのだろうか?あまりに暗すぎて、真っ暗すぎて、目を開けてるのか閉じてるのかも、もう分からない。
ただ見たくなかった、聞きたくなかった。
もう、何もかもが嫌だった。
帰りたい帰りたい帰りたい。
「帰りたい……」
呟いた自分の声が、覆った指の隙間から届く。
直後、静寂が訪れた。
足音も何も聞こえない。聞こえるのは、荒い自分の呼吸だけ。ガチガチと鳴る自分の歯の音だけ。
ハアハアハア
ガチガチガチ
ハアハア……ハ……
ガチガチガチガチガチガチガチガチ……!!!
「ひい!」
突如、耳元で聞こえた音に悲鳴を上げて、その場から飛びのいた。
尚も広がる暗闇のせいで、すぐに自分の位置が分からなくなる。
鉄格子はどこ!?出口はどこにあるの!?立ち上がって伸ばした手は、空を切るだけで何に触れることもできない。
しばし手をさまよわせて、しかしそこで動きを止めた。
このまま手を動かし続けて、何かに触れるのが恐ろしかったから。
先ほど聞こえた歯の音は、確かに耳元で聞こえた。
私のものではない、歯の音が。
そして、荒い息遣いが。
ハア……
不意に生温い息が私の耳をかすめた。
「……と」
「!?」
「貴翔……」
「里奈!?」
里奈の声だった。
耳をついた声に反射的に振り向き……絶句する。
そこに里奈は居たのだ。暗闇なのに、月明かりも届かぬ地下の中、何も見えない闇の中で、里奈が見えた。里奈だけが見えた。
だがそれは里奈であって里奈ではない。
それは目が無かった。眼球は無く、窪んだそこには深い闇があるだけ。そこに命の光は無い。
美しい黒髪はほぼ抜け落ち、露わになった頭骨にかすかに残るのみ。
肉はただれ落ち、骸骨のような顔と体。
剥き出しになった歯茎が、ガチガチと歯を鳴らす。
「ひ!」
「貴翔ぉ……これで永遠に一緒ねえ……」
「いやあ!」
骨となった里奈の手が上がり、私に伸ばされる。それが届く前に、悲鳴を上げ私は逃げた。だが狭い地下牢の中で、どこに行けばいいのか。当然のように、私はすぐに壁にぶち当たってしまった。
「ひい!ひい!ひい……!!」
ベタベタと壁を触りながら、壁伝いに移動する。だがそこで何かが肩に触れ、私は動けなくなった。
何かが、足を掴んだのだ。
何かが、服を掴んだのだ。
何かが 何かが 何かが
肩を掴み 足を掴み 腕を掴み
頭に髪に首に背中に腹に腰に二の腕に手の平に太ももにふくらはぎに足首に
ドクンドクンドクン
相変わらず私の呼吸と悲鳴と心臓の音しか聞こえない。何かが自分を拘束するのに、生者の気配は自分しかないのだ。
この異常事態に慌てて振り向いて、私は目を大きく見開くこととなる。
そこには無数の手があったのだ。私の体を覆う、無数の手が。
女性のような男性のような子供のような大人のような。
無数の手が、私に向けて伸びてくる。
「坊ぢゃまあ、どごに行ぐんでずがあ?」
「わじらを置いで行ぐなあ……」
「あだじらは、あなだざまにづいでいぎまずー」
「えいえんにいっじょにいぃ……」
前世で関わった者達がそこに居た。
前世で関わり生まれ変わった者達がそこに居た。
女子大生三人が、坂井夫婦が広谷夫婦が。
そして霧崎が。
「ひい!いや、いやあ!」
それらの手を振り払い、逃げる。いや、逃げようとしたのだ。けれど私は動けなかった。
暗闇の中、ポツンと私は一人立つ。右も左も分からない。動けば死者に触れてしまいそうで。もう全て死者に囲まれてるようで、動けない。
不意に首元にヒヤリと冷たい感触を感じて、慌てて振り向いた。
肩越しに振り向く私の目に映るのは、真っ赤な目。私を覗き込む、里奈の血に染まった目。さっきは無かったはずの、目が私を見つめる。
「あ……あ……」
震え動けぬ私の目に、ニタリと笑う里奈が映る。
ニタアと里奈が笑う。
「行かないでよ、貴翔」
まるで生者のように、美しい声がその口から出る。
「一緒に居てよ、貴翔」
生を感じさせぬ、冷たい声が耳に届く。
「それが貴方の望みでしょ?」
冷たい手が、私の体を覆う。
頭に髪に首に背中に腹に腰に二の腕に手の平に太ももにふくらはぎに足首に。
愛しています愛しています
私はあなたを愛しています
耳元で里奈の声が聞こえる。
恨みます呪います憎みます
里奈の声が
私は
あなたを
許さない
「愛してる。ずっと一緒よ」あなたの望むままに。
私の全身を冷たい手が包み込んだその瞬間──
プツンと何かが切れて、私は全身で叫んだ。
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