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第一部
20、吸血鬼と妹(1)
しおりを挟むわあ……これが町!
狭くなった伯爵領には大きな町は無く、村と言って差し支えない程度のそれしか無かった。
それも視察で少し見るだけで、じっくり過ごしたことは無かった。自由に買い物なんて有り得なかった。……見ても欲しくなるだけだし、当然買えないことが分かっていたから。
なのでどのお店も興味深く、楽しみで仕方ない。
「どこから行くんですか?」
「そうですねえ、お肉とか生ものは最後にして、まずは……」
と、ヨシュが段取りを考えていたら。
「………さまぁ~」
ん?なんか聞こえるな。まあいいか。
「……えさまぁ~~~」
うるさいな、なんなのよ。
「お姉さまあぁぁぁ!!!!!」
「ぐえっっっ!!」
いきなりタックルくらったし!!
突然のことでよろけたけど、なんとか踏ん張る!ふんぬう!
「さすがお姉さま、相変わらず逞しいですわ!まるで熊のようです!」
おーう、その懐かしいまでの腹立つ台詞。
顔を見なくても分かる、出来るなら顔を見たくない。
未だ胸に抱き付く存在を、私は顔を上げることで見ないように努めたけれど。
「そして相変わらず存在感の無い胸!」
「ぃやっかましいわ!」
ほっとけ!
ベリッと引き離してやった。
そして目の前に立つピンク頭。見てしまいましたよ、ピンク頭を。相変わらずワタフワな頭してますなあ。
最近ふわもふに囲まれた幸せな生活を送っていたけれど、この「フワ」は要らないなあ。
久々に見た魅力の欠片も無い頭。ボーッと見つめていたら。
「嫌だお姉さま。私の顔が可愛いからってそんなに見つめないで下さいな」
お前馬鹿だろ。
おめぇバカだろ!
思わず言い直すわ。
「ウェンティ……どうしてここに?」
聞きたいことは山ほど……無いけど。むしろ何も聞かないで、さよ~なら~、って去りたいけど。
そうすると絶対ややこしいことになるから、とりあえず聞いとく。
「いやですわお姉さま」
私はあなたが嫌ですわ。
心の声はピンク頭に届かない。
「お姉さまに会いに来たに決まってますでしょ」
誰が決めたいつ決めた。
お前基準か、お前だけの決定事項か。
「ウェンティ、それならそうと事前に知らせてくれないと。そもそもここまでどうやって来たの?」
そしてここからどうやって公爵家に行く気だったの。
「馬車で来ましたわ」
そりゃ歩けば数日どころじゃないわな。馬車乗るわな。
「あ、馬車のお金、後でお姉さまのところに──公爵家に請求するよう伝えてありますので」
「はああああ!?」
思わず叫んでしまった。
え、何勝手なことしてくれちゃっての!?
実家に居たときも勝手に物を買っては請求書がいきなり届く、なんてことはザラにあったけど。
実家じゃないんだよ!?かりにも格上の公爵家だよ!?いくら姉の私が居るからって、無礼で済む話ちゃうわ!
「ウェンティ……あなたね……」
「ねーお姉さま、お金が無さ過ぎて困ってるんですぅ」
「人の話聞けや」
あらやだ、心の声が漏れたわ。ヨシュが肩震わせて笑いこらえてるんだけど。聞かなかった事にしてね。
コホンと咳払いを一つ。
「ウェンティ、実家にはわたくしが嫁ぐ際に支度金が渡されてます」
それに一切手を付けず……というか、禿げ親父に取られて手を付けられずに私は公爵家に来たんですけど?
──まあまだ結婚してないから、破談になったら返さなきゃいけないかもなんだけど。多分そうはならないとか思ってるけどさ。
だからたんまりお金はあるはずだ。
そしてあの禿げは、ウェンティのお願いを嬉々として聞く筈なんだけど。
「欲しいものを少し買ってたら無くなってしまいましたわ」
「はい?」
「わたくしはちょっとドレスや宝石を買ったくらいですが……なんだか家中に壺が増えてまして。お父様ったら悪趣味なんですよね」
「はい?」
「お母様はお茶会ばかりしてるんですのよ!まああの異国から取り寄せた紅茶はなかなか美味しかったですけど」
「はい?」
はいはいはいはい、お馬鹿一家が出ました、はい!
お前らふざけんな、支度金どれだけあったと思ってんだ!私が財務管理してた頃なら百年は不自由なく生きれるわ!百年は大袈裟でも十年はいけるわ!
あああ、頭が痛い。
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