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探偵の門
ある検事の自殺
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季節は初秋。ずいぶんと日も短くなったものだ。
久能は時の流れの速さにちょっとセンチになりながら、電気をつけた。
時刻は午後五時。いまだに睦美の姿はなく、連絡もない。
架純は自身の事務机にノートを広げ、シャープペンを走らせている。
「架純くん」
「なんですか?」
「もう五時だけど、ほんとに仕事はいいのかな?」
久能は『星の渦事件』とプリントされた分厚いファイルめくりながら、架純に尋ねた。
「いいんです、いいんです」
架純は近所の明日原高校に通う十七歳。今は試験期間のため、午後は早く帰れることから、学校が終わるなりここへきた。
そして手早くたまった事務仕事を片付けて、試験勉強に精を出しているというわけだ。
「それより、久能くん」
「なに?」
「これ、教えてほしいんですけど」
久能は立ち上がり、架純の手元を覗き込む。
「どれ?」
「これです。なんでこうなるんです?」
架純は指先で、分厚い参考書の一部を示す。
ああ、ベクトル。それも東大の過去問じゃないか。久能は唾を呑み込んだ。
「いや……、これは……」
久能は顎をさすり、「なるほど。ほうほう」と呟きながら解説に目を通す。
頭ではそれなりの理屈を、というよりも、もっともらしい屁理屈を必死に考えている。
「難しいですか?」
「ま、まあ、ちょっとね」
なんでこんな家庭教師みたいなことでピンチに陥らなけりゃならないんだ。俺は探偵になるためにここにきたんだ。久能は頭を掻きむしる。
こりゃ、どこぞの名探偵だな。架純はジトーとその様を眺めながら、ミルクを飲んだ。
『明日原市で発見された……』
つけっぱなしにしていたテレビから、聞き慣れたワードが聞こえてきて、二人の視線がそちらに向く。
『都内に住む結城三千人検事であることが……』
検事。
二人はそれを聞き、そっと視線を合わせた。
『警察は自殺とみて……』
「検事さんだったんですね」
「なんでまた」
「もしかして、睦美さん……」
架純は真剣な表情で、ミルクを飲む。
その言葉と同じ言葉を、久能は呑み込む。
「睦美さん、何時ごろ帰ってくるんでしょうね。久能くん、なにかいわれてないんですか?」
「いや、先に事務所に戻てくれとしか。あ、そういえば……」
思い出したように、久能ははたと立ち上がる。
「なにかいってたんですか?」
「猫探しの報告書、書いといてって」
「なんだ、そんなことですか」
架純は興味を失ったようにそういうと、パソコンの電源を入れた。
「俺、報告書、書いたことないんだよ」
「教えますから、ちゃっちゃっと終わらせて、勉強、教えてくださいよ」
「ま、まかせたまえ」
久能はビシリと親指を立てる。
それを見て、架純はニシシと笑う。
その時、事務所の電話が鳴った。
「でます」
そういうと、架純はテレビの電源を切り、受話器を取った。
「はい、こちら『朝霧探偵事務所』でございます」
架純の快活な声。
久能は手持ち無沙汰に、立ち上がるパソコンの画面と架純を交互に見る。
「あ、睦美さん。どうしたんですか? はい、はい、いますよ、今から報告書を、はい、はい」
相手は睦美のようだった。
いったいなにをはなしているんだ。久能は聞き耳をたてる。けれど睦美の声は聞こえない。
「わかりました。睦美さんも、気をつけてくださいね。はい、失礼します」
架純は受話器を置くと、「睦美さんから」と久能に報告。
「聞いてたよ」
「睦美さん、遅くなるそうです。だから、二人とも十時になったらあがってくれって」
「ああ、そうなの」
久能は空いた椅子に腰かけた。
「はい。それで、明日は十時までに出社してくれって」
「十時ね、わかった」
「あと、車でくるなら、トゥデイの隣に止めればいいって」
「オッケー」
架純はそれを伝えると、マウスをいじる。
「ささ、久能くん。報告書、終わらせて勉強しましょう」
嫌な宣言だ。こんなんでこの先、俺は探偵としてやっていけるのだろうか。久能は心のなかで息を吐いた。
久能は時の流れの速さにちょっとセンチになりながら、電気をつけた。
時刻は午後五時。いまだに睦美の姿はなく、連絡もない。
架純は自身の事務机にノートを広げ、シャープペンを走らせている。
「架純くん」
「なんですか?」
「もう五時だけど、ほんとに仕事はいいのかな?」
久能は『星の渦事件』とプリントされた分厚いファイルめくりながら、架純に尋ねた。
「いいんです、いいんです」
架純は近所の明日原高校に通う十七歳。今は試験期間のため、午後は早く帰れることから、学校が終わるなりここへきた。
そして手早くたまった事務仕事を片付けて、試験勉強に精を出しているというわけだ。
「それより、久能くん」
「なに?」
「これ、教えてほしいんですけど」
久能は立ち上がり、架純の手元を覗き込む。
「どれ?」
「これです。なんでこうなるんです?」
架純は指先で、分厚い参考書の一部を示す。
ああ、ベクトル。それも東大の過去問じゃないか。久能は唾を呑み込んだ。
「いや……、これは……」
久能は顎をさすり、「なるほど。ほうほう」と呟きながら解説に目を通す。
頭ではそれなりの理屈を、というよりも、もっともらしい屁理屈を必死に考えている。
「難しいですか?」
「ま、まあ、ちょっとね」
なんでこんな家庭教師みたいなことでピンチに陥らなけりゃならないんだ。俺は探偵になるためにここにきたんだ。久能は頭を掻きむしる。
こりゃ、どこぞの名探偵だな。架純はジトーとその様を眺めながら、ミルクを飲んだ。
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つけっぱなしにしていたテレビから、聞き慣れたワードが聞こえてきて、二人の視線がそちらに向く。
『都内に住む結城三千人検事であることが……』
検事。
二人はそれを聞き、そっと視線を合わせた。
『警察は自殺とみて……』
「検事さんだったんですね」
「なんでまた」
「もしかして、睦美さん……」
架純は真剣な表情で、ミルクを飲む。
その言葉と同じ言葉を、久能は呑み込む。
「睦美さん、何時ごろ帰ってくるんでしょうね。久能くん、なにかいわれてないんですか?」
「いや、先に事務所に戻てくれとしか。あ、そういえば……」
思い出したように、久能ははたと立ち上がる。
「なにかいってたんですか?」
「猫探しの報告書、書いといてって」
「なんだ、そんなことですか」
架純は興味を失ったようにそういうと、パソコンの電源を入れた。
「俺、報告書、書いたことないんだよ」
「教えますから、ちゃっちゃっと終わらせて、勉強、教えてくださいよ」
「ま、まかせたまえ」
久能はビシリと親指を立てる。
それを見て、架純はニシシと笑う。
その時、事務所の電話が鳴った。
「でます」
そういうと、架純はテレビの電源を切り、受話器を取った。
「はい、こちら『朝霧探偵事務所』でございます」
架純の快活な声。
久能は手持ち無沙汰に、立ち上がるパソコンの画面と架純を交互に見る。
「あ、睦美さん。どうしたんですか? はい、はい、いますよ、今から報告書を、はい、はい」
相手は睦美のようだった。
いったいなにをはなしているんだ。久能は聞き耳をたてる。けれど睦美の声は聞こえない。
「わかりました。睦美さんも、気をつけてくださいね。はい、失礼します」
架純は受話器を置くと、「睦美さんから」と久能に報告。
「聞いてたよ」
「睦美さん、遅くなるそうです。だから、二人とも十時になったらあがってくれって」
「ああ、そうなの」
久能は空いた椅子に腰かけた。
「はい。それで、明日は十時までに出社してくれって」
「十時ね、わかった」
「あと、車でくるなら、トゥデイの隣に止めればいいって」
「オッケー」
架純はそれを伝えると、マウスをいじる。
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