探偵の作法

水戸村肇

文字の大きさ
8 / 41
探偵の門

助手は女子高生

しおりを挟む
 久能は一人、事務所へと続く階段を上る。
 両手に飲み物やお菓子の詰まったビニール袋を持ち、その足取りは、疲労からかいくぶん重い。
 相変わらずの薄暗い廊下を抜けて、事務所の前で、睦美から渡された鍵を取り出した。
 時刻は午後三時四十分。めまぐるしい一日だ。そういえば、今日は何時までの勤務なのだろう。
 久能はぼんやりとそんなことを考えながら、鍵を差し込み右に回す。そしてノブを回すが、動かない。
 あれ、開けっ放しだったのか。いや、確かに出るときに鍵はかけたはず。
 もう一度、ノブを回そうとするが結果は同じ。ガチャガチャという音が、廊下に響く。
「はーい、少々お待ちをー」
 ドアの向こうから聞こえてきたのは、快活な女性の声とドタバタという足音だった。
 そして久能がそれに答える前に、ドアが勢いよく開き、制服姿の少女が姿を現した。
「どうもどうも」
 少女はペコリと頭を下げると、「どうぞこちらへ」と久能の背を押した。
「どうぞお掛けになってください。コーヒー、紅茶、緑茶、ほうじ茶、ミルク、どれにします?」
 ソファに腰かけた久能の顔に、少女はぐいと顔を近づけた。
「あ、じゃあ、ミルクで」
「わっかりました。少々お待ちを」
 少女はそういうと、小走りに給湯室へと姿を消した。午前と同じことが、午後にも起きているようだ。
 久能は手にしたビニール袋を床に置き、ふっと肩の力を抜く。まだ見慣れぬ事務所だけれど、妙に落ち着く。
「どぞどぞ、ミルクですよー」
 トレイに二つのグラスを載せた少女が、おたおたとこちらに戻ってきた。
「わたくし、こういう者でございます」
 少女はミルクの入ったカップを久能の前に置くと、制服のポケットから一枚の名刺を取り出して、両手で差し出す。
「あ、はぁ……」
 久能はその圧に押されながら、両手で名刺を受け取った。
『朝霧探偵事務所 助手 架純栞かすみしおり
 そこには、そうあった。
「……助手」
 久能は呟き、自信ありげに立つ少女を見上げた。
 どんぐりのような瞳に、丸い顔、サイドでまとめた黒髪がふわりと揺れる。どこかハムスターを連想させる少女だった。
「はい、探偵ではありません。あいにく、所長兼探偵は留守にしております」
 架純はソファに腰を下ろすと、グラスを手に取り、ミルクを飲んだ。
「ですが、お気になさらずに。依頼内容をおはなしください」
 架純はおごそかな表情で、それでいて鼻の下にはひげのようにミルクをつけて、久能を見る。
 そのまっすぐな視線にやられながら、久能は「ち、違います」と消え入りそうな声でいった。
「大丈夫です、安心してください。学生ですけど、守秘義務は厳守します」
 架純はグッと拳を握り、身を乗り出した。その瞳は、驚くほどに輝いている。
 架純栞。見たところ高校生のようだが、この娘が睦美のいっていた優秀な子なのか。
「さあ、さあさあ」
「あ、いや、本当に、依頼人じゃないんです」
 久能が困ったようにそういうと、「へ?」と架純は拳を下げた。
「ん? そういえばその顔、どこかで見覚えが……」
 架純はそういうと急いで事務机に駆け寄り、一枚の履歴書を手に取った。
「ふむふむ」
 履歴書と久能の顔を見比べながら、架純がうなる。
「うむうむ」
 架純は久能の前で腰を屈め、じっと顔をのぞき込んだ。
 けわしい顔で目を細める架純に向かい、「ど、どうも、久能連三郎と申します」と久能はいびつな笑みを作った。
「あ、いた」
 架純はそう久能の顔を指さして、「なんだ」と残念そうにソファに戻る。
「そうなら、早くいってくださいよー」
 架純はミルクを一気に飲み干すと、ほおを膨らませた。
 いおうとしたさ。久能はその言葉を呑み込んで、「いやあ、すいません」と頭を掻いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【完結】限界離婚

仲 奈華 (nakanaka)
ミステリー
もう限界だ。 「離婚してください」 丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。 丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。 丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。 広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。 出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。 平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。 信じていた家族の形が崩れていく。 倒されたのは誰のせい? 倒れた達磨は再び起き上がる。 丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。 丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。 丸田 京香…66歳。半年前に退職した。 丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。 丸田 鈴奈…33歳。 丸田 勇太…3歳。 丸田 文…82歳。専業主婦。 麗奈…広一が定期的に会っている女。 ※7月13日初回完結 ※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。 ※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。 2026年1月ジャンルを大衆文学→ミステリーに変更しています。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...